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ーーコンコン。
元気に良く扉を叩く音が聞こえた。
またか、とげんなりしてしまうが、その気持ちを隠して僕は「どうぞ」と声をかける。
「失礼します!ジョシュア様!」
バンッ!と勢いよく扉が開いた。
それと共に一人の令嬢が入ってきて、僕はため息が出そうになるのを堪えた。
後ろから「いけません!アメリア様!」とその令嬢を止める声が聞こえてきた。
(何で入る前に止められないんだ。いつもいつも……)
その様子を見ていると、今度こそ僕はため息を吐いてしまった。
それを見て何を思ったのか令嬢ーーアメリア・コンラッドはにこにこと嬉しそうに笑った。
「見て下さいジョシュア様!池のカエルが卵を産んだんですよ!」
そして、差し出した手に乗っているヌメヌメとした物体を僕に見せてくる。ただただ気持ち悪くて僕は意識が遠ざかるのを感じた。
(そりゃあ、止められないわけだよなーー)
この何もかも規格外の彼女、アメリア・コンラッドは、大変不本意なことに僕の婚約者である。
ーーーー
僕はジョシュア・デ・フォスタリア。アンスール王国の第4王子だ。
第4という数字で分かるだろうが、王族としての僕に価値はほとんど無い。
順当に行けば第1王子は王に、第2王子が大臣、第3王子は騎士団長になるだろう。
兄弟仲も良く、兄たちは皆健康で優秀だから、予備としての出番がくることはないだろうと思われていた。
そのため昔から、将来王になる第1王子を支えるために、各々が自分の得意分野を伸ばしてきた。
その結果、文武に分かれて支えることが出来るのではないだろうか。
ーーさて、では第4王子の僕は?
僕はといえば、無能にも程があった。
何せ、生まれた時からいつ死ぬか分からないと言われて育ったのだから。
そう、僕は生まれつき体が弱かった。
王族としては致命的な程に。
いつ死ぬとも知れぬ僕は常にベッドにいた。
調子が良くても少し動くと直ぐに熱を出すのだ。普通だったらとっくに死んでしまっていただろう。
しかし、王族に生まれてきたものだから手厚い治療を受けられて、なかなか死なずに生き残ってしまった。
とても恵まれていることではあるのだが……だからといって僕が必要になる日は来ないという事実がいつも辛かった。
10歳になる頃には、少し動いたくらいでは熱が出なくなった。
相変わらず体は弱くてベッドにいることが多かったが、まだ生きているならばこれからも生きられるかもしれないと、思われたらしい。
僕は婚約者を設けることになった。
「はじめましてジョシュアでんか!アメリアです!」
僕の婚約者になったアメリアは、とても可愛らしい少女だった。
2歳年下の彼女は、ふわふわとしたストロベリーブロンドの髪に、まん丸とした琥珀色の瞳をしていた。笑うと出る笑窪が幼さも相まって非常に愛らしい。
伯爵家出身で、王族と婚約するには身分が少し低いが、いつ死ぬともしれない僕の相手になりたがる令嬢が他にはいなかったのだろう。
(こんなに可愛い子が僕の婚約者になってくれるなんて……!)
可愛らしいカーテシーを披露する彼女を見て、胸が高鳴ったのを覚えている。
しかし、まさかその直後にその胸が凍りつくことになるだろうとは思いもしなかった。
「ジョシュアでんか!プレゼントです!」
そう可愛らしく笑うアメリア。
僕のためにわざわざプレゼントを持ってきてくれたのかと嬉しくなって、受け取ろうと手を伸ばす。
「何かな?ありがーー」
「かたつむりですよ!お花についてるのを見つけたんです。とってもかわいいでしょう?」
アメリアが差し出した手に持っていたのは、ヌメヌメとした光を放つ軟体のーー僕にはそこからの記憶がない。
ーーーーーー
アメリアはその可愛らしい見た目とは裏腹に、とんでもない少女だった。
領地が野山に囲まれているためか、野山を駆け回り、木に登り、虫を捕まえるなど。控えめに言っても野生児だ。
令嬢らしからぬ行動が多く、伯爵も手を焼いていたと後から聞いた。
当然婚約者が出来るはずもない。
見合いの段階でボロが出てしまい、必ず破談になってしまうのだとか。
僕らのように温室でぬくぬくと育った令息たちに、アメリアは強烈過ぎたのだということが想像に難くない。
そこに僕との縁談が舞い込んできて、一も二もなく了承したのだろう。
その決断は正しいと思う。
たとえアメリアがどんな令嬢だとしても、僕は拒否できないし、伯爵としても嫁に行けなさそうな娘を嫁に出せる。もし万が一結婚前に僕が死んでしまっても、王家から補償が出るだろう。
僕としても婚約者として受け入れるしかないのだけれど……。
(正直、来る度に何か持ってくるのは勘弁してほしいなぁ……)
アメリアは婚約してから週に一回、お茶会という名目で僕の元へ来る。
親交を図るのが目的だが、アメリアはその度にとんでもないものを持ってきた。
「ジョシュアでんか!へびです!かわいいでしょ?」
「ジョシュアさま!かわいいクモがいたんです!」
「ジョシュア様、このトカゲ色が変わるんですよ!すごく素敵でしょう!」
(何が素敵なのか全く分からない……)
アメリアはいくつになっても変わらなかった。
いつだって元気いっぱいにとんでもない物を手土産に持ってくる。
気絶せずに彼女とお茶会の最後まで会話を交わせたことは、この3年で両手で数えられるくらいしかない。
(しかし何だって彼女はゲテモノばかり持ってくるんだ?)
可愛いというなら他にも犬とか猫とか……もっといろいろあるだろうに。
「ーージョシュア様はトカゲは嫌いですか?」
僕が13歳、アメリアが11歳のある日のこと。
いつも元気いっぱいなアメリアが珍しくしょんぼりしているものだから、僕は驚いてしまった。
話を聞いてみると、遂に伯爵に怒られたらしい。
むしろ何で今まで何も言われなかったんだと遠い目をしてしまう。
だが、これはチャンスだ。
「そうだね。僕はトカゲよりは犬や猫の方がーー」
そこまで言ってから、アメリアの様子が目に入った。
何だか今にも泣きそうじゃないか?
「ーートカゲ、可愛いと思う。うん」
気が付けば、微塵も思っていないことが口からついて出ていた。
後悔しても後の祭りだ。アメリアは大喜びで、発言を撤回する間も与えず帰ってしまった。
きっと王子が喜んでいるからと父親を説得するのだろう。
本当、何を血迷ったんだ僕は。
(ーーただ、いつも笑顔の君が悲しそうな顔をしてるところなんて見たくなかっただけなんだ)
短編の予定だったのですが、ちょっと長くなったので中編にします。
ちょっと変な設定ですが、楽しんで頂けると嬉しいです。