もう一度翼を
「綺麗······」
私は派遣されてきた神様を見て、思わず呟いていた。
足まで届く美しいウェーブ掛かった金髪。純白の羽に、純白の服。そして全てを包み込むオーラ。
神々しいとはよく言うけど、その意味がよく分かりました。
「あら?テミス久しぶりね」
「久しぶり。ニケ」
テミスさんがその喚ばれた神様と親しげに話している。だけどそれ以上に、その喚ばれた神様の名前に、私は心当たりがあった。
「ニケって、もしかして勝利の女神ニケ?」
歴史の教科書に書いてあった彫像、サモトラケのニケ。あれは顔が落ちているが目の前の神様は、間違えなくその彫像に似ていたのだ。
「よく勉強してるじゃないか。その通り。彼女はギリシア神話に登場する勝利の女神ニケ」
「やっぱり!でもなんでテミスさんと仲がいいの?」
「なんでもなにも、テミスもギリシア神話に登場する女神だからな」
ここまでくると信じない方が難しい。やはりゲブさんとテミスさんは間違えなく神様だ。
なにより私と神藤が話しを進めてる間も、テミスさんとニケは、楽しそう話していたのだから。
「さて。とりあえず仮契約は終了だ。後はキミ次第。もう一度言っておくが、本当に神様の力を使ってまで、走って勝ちたいのか考えるんだな」
「茜、頑張って」
「茜ちゃん、ファイトだよ!」
「茜さん、自分を信じて下さい」
「はい!」
「では3日後にまた会おう」
私は皆に見送られ、その場を後にしました。ちゃんと見つめなくちゃ。私自身を。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その翌日から、私は練習に参加しました。最初は半信半疑だったけど、足の痛みも無く、すんなりと自己ベストが出たんです。
これでまた走れる。そう思いました。だけど私に向けられた視線は、とても冷ややかなモノだったんです。
(どうして?私が居れば、全国だって狙えるのに。······私が居れば······きっと······!)
(······本当にそう?神様の力を使い皆の努力を潰してまで、私は走りたかったの?)
(そんなの全国に行ければ関係無い!)
(本当に?貴女は努力した?才能だけで走り、それが潰れたら今度は神様に甘えてる)
(甘えてない!私は······!私は······!)
(ほら。言い返せない。神藤が言った通りじゃない)
(黙って!私の邪魔をしないで!)
頭の中で思考がぐちゃぐちゃになって、まるで天使と悪魔の囁きが聞こえる。私はいったい、どうすればいいの?そんな自己嫌悪に落ちそうになった後
「茜ちゃん、こんにちは」
グランドに芹華さんの声が響いたのです。その姿を見た瞬間、私の瞳に涙が溢れてしまいました。
「わわっ、茜ちゃん大丈夫!?」
芹華さんは私を心配しつつ、グランドの隅に連れて行ってくれました。一頻り泣いた後、私は芹華さんに謝ったのです。
「ごめんなさい、芹華さん」
「ううん、落ち着いたのなら良かった」
その全てを包み込む笑顔に、私はとても癒されました。神様じゃないと言われていたけど、今の私には神様そのもののようでした。
「でもどうしてここに?それにどうやって入ったんですか?」
「茜ちゃんが心配だったから、受付の方にお願いして入れてもらいました」
くすくすとどこか悪戯っぽく笑った後、優しく私の頭を撫でてくれました。その行動に気恥しい気持ちになりましたが、とても安心感を感じたのです。
「でも来て良かった。茜ちゃん、潰れそうになってたから」
「こう言うの、友達とかに相談しにくいし」
「それもそうだよね。う~ん······ねっ、茜ちゃん。茜の意味って知ってる?あっ、意味じゃなくて花言葉」
「花言葉ですか?いえ、知りません」
茜の花言葉?そんなの気にした事なかった。でも芹華さんが教えてくれるなら、きっといい花言葉なんだろな。
だけどその花言葉は、私の想像していたものとは違う言葉でした。
「茜の花言葉は、私を思って、媚び、誹謗、傷、不信なんです」
「えっ?」
茜って、そんな花言葉なの?だけど、今の私にピッタリかも······。
「あっ、その顔は、私にピッタリだな~、って顔だね」
「芹華さんも心が見えるの?」
「心なんて見えないよ~。茜ちゃんの顔を見ればすぐ分かったよ」
そんなに顔に出てたの······?私、それだけ芹華さんを信頼してるのかな?でも確かに、芹華さんなら信頼してもいいと思ってしまう。そんな魅力にあふれてる。
「確かに花言葉はこんなだけど、茜にはもう一つ意味があるの」
「もう一つ?」
「茜の根で茜根」
「茜の根?」
「茜色ってよく言うでしょ?あれは茜の根の色、つまり茜根からきてるの」
「そうなんですね?」
芹華さん、美人な上に色々知ってて凄いな。憧れちゃう。
「つまり何が言いたいかと言うとね、根っ子、心が大事って事なの。それが茜に隠された意味」
「芹華さん······」
「なんて♪偉そうに言ってるけど、本当は司さんの受け売り」
芹華さんはどこか悪戯っ子のような笑顔で、そう教えてくれました。あの人、私が帰った後にそんな事を教えてたんだ。
私が居る時に教えてくれてもいいのに。やっぱりあの人は好きになれない。
「茜ちゃん、走りたいから走る。それじゃダメ?」
「走りたいから走る······」
「周りの目なんか気にせず走ればいいよ。いつかまた、周りが茜色に染まるように」
あの人と違って、やっぱり芹華さんは優しいな。芹華さんの言葉一つ一つが、私の邪の心を無くしてくれる。
だけどなんで芹華さんは、あんな人の所に居るんだろ?今度時間がある時に聞いてみよう。
「私、走ります。大会の事とか気にせず、走りたいから走ります!」
「うん、その意気だよ!」
私は練習が終わると神藤のもとに行き、神様の派遣中止をお願いしました。
神藤はどこか嬉しそうな顔をして、神様の派遣を止めてくれました。
「仮契約で良かったな」
っと言って。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その翌日からの練習は、足の痛みは出るし、タイムは伸び悩みました。だけどそれでいいんです。今は何も考えず、走る事を楽しめば。
忘れてたなこの感覚······。初めは走る事が大好きで陸上に入ったのに、いつの頃から未来のエースなんて言われて図に乗って······。
だから神様は私に試練を与えた。そして私はその試練から逃げ出した。でも大丈夫。今ならその試練も乗り越えられる!
「そうだ!今度の部内選考会、芹華さん達にも見に来てもらをう」
今出来る私の全てを見てもらって、もう大丈夫って伝えないと。よし!そうと決まれば、もっと練習を頑張ろ!
私は気持ちを新たにし、練習に取り組みました。そして部内選考会当日を迎えたのです。