困惑
それから3日後。私は、『神様派遣会社』へと向かいました。乙葉達にも相談したけど
「きっと詐欺だよ」
と、私を止めたんです。
そう思うのが普通だよね。だけど、どうしても気になったんです。だって私はあの現場を誰よりも近くで見ていたんだから。
「えっと······ここだよね?」
名刺に書かれている住所を頼りにその場所まで来たのはいいけど、そこは古びた廃ビルでした。
「······よしっ!」
最初は入るのに戸惑いましたが、私は意を決して中に入ったのです。目的はただ一つ。あの人達が何者か知るために。
「いらっしゃいませ」
「茜、待ってた」
「Zzz······」
「司さん、茜ちゃんが来ましたよ」
『神様派遣会社』と書かれた看板のある部屋へ入ると、そこにはショッピングモールに居た男性と女の子、そして褐色の肌で赤髪の男性と、とても綺麗な女性が居ました。
「んぁ?あぁ······ゲブ任した······Zzz······」
「司!まったくこの人は」
「茜、コッチに」
「お茶、淹れますね」
私は女の子に誘われるまま、その空間には不釣り合いなソファーへ移動し座った。
その他にも最新式の家電品、高級そうなコップ、そして寝ている男性以外の服装等々、上げればキリがない程に、不釣り合いなモノで溢れかえっていたのです。
「さて。色々と聞きたい事があると思いますが、まずは自己紹介から。私はゲブと申します」
「テミス」
「月島 芹華です。っで、そこで寝ているのが神藤 司さん」
「私は如月 茜です」
「よろしくお願いします茜さん。ではまず何が聞きたいですか?」
「貴方達はいったい何者?」
ゲブと言う人の問いに、私は一番知りたい事を聞きました。元々それを聞く事が目的だったし。
その問いにゲブさんは少し考えた後、若干曖昧な答えをくれました。、
「そうですね······。人ならずモノ、っと言った所でしょうか?あっ、芹華は普通の人ですよ」
人ならずモノって事は、人じゃないんだよね?まさか去り際に、神藤とか言う人の言った
「君は神様を信じるかい?」
って言葉と関係が?
「ご名答」
「えっ?」
「こらテミス。思考を読むんじゃありません」
「最初に読んだのは神藤」
何?思考を読むって?思考って事は考えている事だよね。つまり、この人達には私の考えが筒抜けって事?
「私達、人の思考や内面が見えるんですよ」
「こら芹華も。せっかく人が普通って紹介したのに」
「芹華は普通」
「普通だよねテミスちゃん」
「普通の人は人の考えなんて読めないですよ」
「神だから」
「私は千里眼で」
さっきから普通の普通じゃないのって。私から見れば全員普通じゃないんだけど。それに神ってワードが聞こえたけど、聞き間違いじゃないよね?
「ふぁ~······あっ?まだ話し終わってなかったの?」
私が思考を巡らせていると、芹華さんが紹介していた神藤さんがソファーから起きた。もしかしてこの人も神様なの?
「悪いが僕は神様じゃない。ついでに彼女、芹華もね」
「私の考えを読めるの?」
「普段は読まないようにしている。読んでしまえばそれだけで息苦しくなる。だけどキミの声は強すぎて、否が応でも読めてしまった」
「まさかあの時、私の名前を知っていたのも何かを読んだから?」
「あぁ、名前はキミの内面だ。ゲブ、資料」
神藤さんがそう言うと、ゲブさんが戸棚から何かの資料を取り出し渡した。いったい何の資料なの?
「如月 茜、14歳。私立光陽大附属中学校に通い、陸上部に所属。100mの中学生記録を保持し、未来の女子日本代表エースとして期待される。しかし、去年の秋大会で足を負傷。それ以降、スランプに陥る」
「ちょっ!?そんなのどうやって!?」
「ゲブとテミスにかかれば朝飯前だよ。因みにスリーサイズは、上から72ーー」
「ーーわっ!わっ!」
何なのよこの人!人の個人情報を······って!
「それ、個人情報保護違反だよね!」
「悪いが俺達にそんな法律は通用しない」
「神だから」
「神様ですからね」
「······本当に神様なの?」
私は半信半疑で聞いた。だってそう簡単に神様のどうのこうのって、信用出来る筈ないでしょ。
「茜ちゃんは、テミスちゃんが窃盗犯を吹き飛ばしたのを間近で見てるんだよね?」
「はい······」
「それが証拠。こんな小さくて可愛い女の子が、大の大人、それも男性を吹き飛ばせると思う?」
「それは······」
「それに茜ちゃん以外は、司さんが窃盗犯を吹き飛ばしたように見えてるんだよ」
「えっ?」
確かにこの女の子は小さいけど、私以外は見えてなかったなんて。でも思い返してみれば、確か周りの人はテミスさんじゃなく神藤さんを見ていたような。
「だから神藤が声をかけた」
「私達の仕事は、困っている人に神様を派遣する事」
「それがこの、『神様派遣会社』です」
神様を派遣してくれる?そんな事が出来るの?それなら······。私が言葉を発する前に、神藤さんがその言葉を遮ってきた。
「悪いが断る」
「まだ何も言ってないでしょ!?」
「神様を派遣してほしいんだろ?」
「だってそれが仕事って言ったじゃない!それに私が困ってるから声をかけたって」
「そう、仕事だ。困っていようが仕事に変わりない。つまりどう言う事か分かるか?」
「······お金?」
「そうだ」
神藤さん·······ううん!神藤は悪い顔を浮かべて言ってきた。コイツ······私の足元を見てる。メッチャ、ムカつく!
「神藤、意地悪してる」
「司、困っている様子だから声をかけたんじゃないですか?」
「司さん、茜ちゃんを助けてあげて」
神藤以外の三人はとても優しいな。それに比べてこの人!
「優しくなくて結構。慈善事業でやってるわけじゃないんでね」
「······あぁ~······司、そう言う事ですか」
ゲブさんは何か察したのか、呆れたような、でもどこか納得したような声で呟いた。そして予想だにしていなかった事を言ってきた。
「すみません茜さん。今回の依頼はお受け出来ないかもしれません」
「どうして?やっぱりお金?」
「いえ。お金に関しては、司の意地悪です」
「だったら······」
「ですがそれに準ずる対価、茜さんの場合は······走る事ですね」
「その走る事が出来ないから、神様の派遣をお願いしたいのに·······」
「茜さん。貴女······本当に走れないんですか? いえ、違いますね。貴女、本当に走りたいんですか?」
「えっ?」
それってどう言う事?私が走りたくないって思ってるって事?そんな事無い。だってこんなにも、練習したいと思ってるのに。
「なら何故、練習をしない?」
「だって、怪我してるし······」
「それは言い訳だ。怪我してどの位経つ?痛みは出るだろうが、練習出来ないレベルじゃない筈だ」
「それは······」
「練習しない理由、そして走れない理由。それは、これ以上挫折を知りたくないからだ」
「!?」
挫折を……これ以上知りたくない?つまり、心のどこかでストップをかけてる。そう言う事なの?
「そうだ。さっきも言ったように、俺達はキミの考えや内面が見える。どんなに言い訳しようが、その部分までは誤魔化せない」
「っ······」
「ユウェナリスの風詩詩集に、こんな言葉がある。健やかな身体に健やかな魂が願われるべきだと。今のキミにはそれが無い」
「だって······!!」
「キミは逃げてるだけだ。挫折からね」
逃げてるだけ。確かにそうかもしれない。私は走る事で、皆に認めてもらえた。それが無くなった今、心のどこかで走りたくないって思っても不思議じゃない。
「ふぅ······さてと。お説教モード終わり」
「えっ?」
「三日間の仮契約をしてやる。それで決めるといい。神様の力を使ってまで、走りたいかどうかをね」
「······」
私は神藤が出した仮契約書を受け取り、数分悩んだ後サインをしました。私自身、どうしたいか知りたかったから。
そしてサインを終えると同時に、その場の空気が一変したのです。