チグリジア
カタン、とドアの方から音がする。振り返ると、ドアは微かに開いていて、その隙間から誰かが覗いていた。この国の王様、お父様だ。
「今、いいかい?」
ドアの隙間からお父様がそう話しかけてきた。その返事として、私は唇に人差し指を当てながら
「今、2人が眠っているので、静かにお願いします。」
と、2人がもう寝てしまったことを伝えると、お父様は頷きながら、忍足で私の前にあった椅子に腰掛けた。
「……リジアのもとへ、行ったのかい?」
お父様はため息をつきながら私に尋ねた。ため息をついているということは、私たちのことを心配してくれていたのだろうか?
「はい。行きました。」
そう答えると、お父様は頭を抱え込んでしまった。
「あの子は生まれつきどこかがおかしかった。生まれた瞬間からあの子は何度もチグリジアと繰り返した。それがあの子の名前となった。本人は気にいっているようだが……私にはチグリジアとリジアが繰り返す意味がわからないのだ。」
チグリジア。確かそんな花があったような気がする。確か、この世界にもあったはずだ。
「あの子は、あの子は……
狂っている。」
なにが彼女を狂わせたのか。それは誰にもわからない。彼女は、生まれた時から狂っていたから。
「分からない、わからないのだ。それでも、愛しい娘のために……愛しい娘を守らずにはいられない。」
心の底から悩んでいるのだろう、お父様は。可愛い娘は、どこかおかしい。可愛い娘は、隷属魔法の使い手を操っている。リジアの裏に、なにがあるのかは、誰にもわからない。
「頼みがあるんだ。」
そう言って顔を上げたお父様の顔は、何かを決心したような目で、私を見ていた。
「マリーを連れて、逃げてほしい。リジアに見つからない、どこか、遠くへ。」
「え……。」
王様の目に、迷いはない。けれど、私は迷っていた。逃げる途中で捕まったら。私は、この子のことを守ってあげられるだろうか?
「一晩、考えてくれ。」
お父様はそういうと、部屋を後にした。
その夜は、近くにいたメイドや執事に手伝ってもらい、2人をそれぞれの部屋のベッドまで運んだ後、私も与えられた自分のベッドに横になった。
「どうしよう。」
もし、護衛をつけてもらえたとしても、それでも不安だ。
「あ、そうだ。」