町に行こう!
人狼のお母さんについて行くと、既に食卓には朝食が並べられていた。促されるまま席に着くと、男の子が嬉しそうに私の隣の席に座った。
……可愛いなあ。
「ねえ、お姉ちゃん!」
元気な声で話しかけてくるその男の子。名前を読んであげられないのは残念だけれど、無邪気な子供はなんとも可愛らしいものだ。
「なあに?」
「今日、一緒に町に行かない?」
町。私はこれでも伯爵令嬢だったので、メイドや護衛の兵士なしで町に出たことはない。
「だ、大丈夫かなあ……?」
なんだか少し不安だ。護衛もいないし、もしかしたら伯爵令嬢としても私を知っている人もいるかもしれない。事情を聞かれたりしたら、私は泣いてしまうかもしれない。
「いいと思いますよ。」
後ろから人狼のお母さんが声をかけてくる。
「最初は誰でも怖いものですよ。」
そう言って、彼女はふふふと笑った。
確かに、そうだと思う。でも、やっぱり不安なのは変わらなかった。
「行こうよ、お姉ちゃん。」
……行ってみる、べきだろうか?
「大丈夫、僕が守るよ!」
人狼は通常の人間よりも、獣人よりも、はるかに力が強い。この子がそう言うのなら、きっと守れる自信があるのだろう。
「わかった。行きましょう。その代わり、私を守ってね?騎士さん。」
私がにっこり笑ってそう言うと、男の子も嬉しそうにヘヘヘと笑った。
「そういえば、まだお名前をお伺いしていませんでしたよね?」
いつまでも男の子、や、母親と呼ぶのはたとえ心の中でもなんだか申し訳ない気持ちになる。ここまで仲良くなったなら、名前くらい聞いておくべきだろう。そう思って尋ねたのに。
「あらあら。」
そう言って親子は笑った。何かおかしなことを言ってしまったのだろうか?
「私たちに名前はありませんよ。私たち人狼は、名前をつけてもらった人に忠誠を誓うんです。」
……え、知らなかった。王子の婚約者として、それなりの教育は受けてきたつもりなんだけどな。
「知らなくてもおかしなことではありませんよ。……私たちは、身を潜めて暮らしていますから。」
そう言う彼女の笑顔がどこか寂しくて。その言葉は、私の心に突き刺さった。
「じゃあ、行ってきまーす。」
人狼の男の子と手をつなぎながら扉の前に立つ。
「カトレアさん、一ついいですか?」
町に行こうとした私たちを引き留め、私の耳元に顔を近づけてくる。
「はい、なんでしょう?」
人狼の母親は、小声で言った。
「外では私たちのことを人狼と呼ばないでくださいね。目立ちますので。」
私は、ああ、なんだ、そんなことかと思いながらうなずいた。
「はい。いいですよ。」
私がそういうと、彼女は安心したように笑った。
その笑顔には、いったいどんな意味があったのだろうか?なぜ人狼と知られてはいけないのだろうか?愛される存在なのに。私は疑問を抱えながらも、男の子に連れられ町に向かった。