第七話 本田実里、本気出す。
「私、出版社を作る事にしました。それから、宣伝も兼ねて竜馬出版から株の本出そうと思います。読んでくれはる読者さん全員に、月収三百万を達成してもらいます。」
朝食の席、母・実里がきっぱりと宣言する。
「美都子から、実里さんが本を出すとは聞いていたけど、出版社まで……。あなたのしはることやから、間違いはないと思うけど、手助けは必要なら、いつでも言って欲しいわ」
父・徳仁の言葉に実里は笑顔になる。
「ありがとう。その時はお願いします」
ぺこりと頭を下げる実里に、徳仁は鷹揚にうなずいて、父の鶴の一声に、子供たちは六者六様の表情を浮かべる。
「母を応援する派」の長女・美都子と四女・百合は、笑顔にガッツポーズで喜びを表現する。
「反対派」の次女・麗香と三女・桜子は、諦めたようにため息をついた。
「中立派」の長男・高峰と次男・朝日は、嵐が過ぎ去った事にほっとしていた。
それからの実里は、精力的に動き始めた。
出版社を作るので、腕利きの編集者を探しており、お給料は今の二倍出し、夏冬のボーナスも弾む。退職金も出すし、終身雇用で安心して働いてもらえると、SNSで募集をかけた。
それと同時進行で、歌舞伎町のホストクラブ・トゥルーラブに竜馬をたずねると、「私の株の本出してもらえませんか。」と、弾んだ声で言った。
竜馬は笑顔で「わかりました。今後は西新宿の当社オフィスでお話し伺います。」と言うと、出版ビジネス専用の名刺を実里に渡す。
「オフィスでは敏腕編集者が、実里さんの本をお手伝いします。安心してお任せください」
竜馬は力強く言った。
「わかりました。お世話になります。」
実里はぺこりと頭を下げた。
早速、西新宿の竜馬出版オフィスで、編集者の長野に引き合わされる。
「本田さんの担当をさせて頂きます。長野です。」
三十代くらいの人当たりの柔らかい男性で、実里はほっとする。
「緊張されてました?ちょっと深呼吸して、落ち着きましょうね」
長野がにこにことそう言って、ソファーに座る様勧めてくるので、実里はそれに従った。
「本田さんは、株のデイトレードで月収三百万円との事ですが、本当に誰でも三百万稼げるんですか?」
長野の問いに実里は、「はい。どなたでも三百万円稼げます。」と、実里は力強く言い切る。
「ではモニターの方に、その投資法をレクチャーしていただき、その結果を本にするというのはいかがでしょう?」
長野の提案に、実里は笑顔で頷いた。
「面白いですね。ぜひやらせて下さい。」
こうして、竜馬出版のアルバイトの子や、長野の知人など、三名のモニターが集まった。
三人とも株はずぶの素人と聞き、証券口座を開設するところからスタートし、実里はモニター達に株のチャートの見方や取引を、いちから細やかに数週間がかりで教えた。
そして、証券会社が主催している株のバーチャル取引サイトで、教えたことをどの程度実践できるか試した。
モニター達がほぼ理解したのを確認し終えると実里は、「バーチャルではなく、本物の証券会社のサイトで、やってみましょう。」と宣言した。
モニター達は顔を上気させて、一様に興奮していた。
長野が潜り込ませた、株経験者を除いて。
実里の力量を推し量るため、株経験者に実里の投資法を査定させていた。
スパイは「株の世界ではまあまあと言うところです。一ヶ月で一億円超えも珍しくない世界ですから。でも独学でこれならたいしたものです」と、長野に耳打ちする。
「だったら充分売り物になりそうですね。」
長野は冷徹に呟いた。