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第五話 竜馬出版

 次女の麗香は、帰宅するなり、母・実里に言った。

「お夕飯の後、お話があります。」

 いつになく厳しい表情の麗香に気圧される様に、実里は「はい、わかりました。」となぜか敬語になっている。


 父以外の家族全員が揃う中、気まずい夕食が始まった。

 何も知らない四女の百合は、「お母さまの作らはるレンズ豆のサラダ、ほんまに美味しいわ。もっとしょっちゅう作ってくれはったらいいのに」と、相好をくずす。


 百合は甘酸っぱい食べ物が好きで、マリネや紅白なますなどにも目がない。

 まだ小学校に上がる前、母が家族全員分として作った、玉ねぎとスモークサーモンのマリネを、百合がつまみ食いして、一人でぺろりと全部平らげたのだが、お腹を壊して大騒ぎになった。

「百合ちゃんはほんまに、甘酸っぱいものが好きやねえ」と、母の実里は笑顔になる。


 だが、次女・麗香と三女・桜子の表情は硬いままで、長女・美都子が不思議そうに、二人に視線を向ける。

「二人とも今日は様子が変やねえ。なんや言いたいことあるんやったら、言ってみよし」

 長女・美都子が促すも、桜子はちらちらと、姉の麗香を見るばかりで、何も言おうとしない。

 麗香は「話はお食事が終わったらします」と、けんもほろろに言い放つと、黙々と食事を続ける。


「なんや空気悪いわあ」

 長女・美都子が呟くと、母の実里は思案顔になる。

 ずっと空気が重いまま食事を終え、食後のコーヒーや紅茶を母・実里が運び終えると、次女。麗香がおもむろに言った。

「お母さま、座って下さい。お話があります。」

 麗香の言葉に実里はうなずくと、無言で椅子に腰をおろし、麗香の次の言葉を待った。


「桜子ちゃん、ノートパソコン持ってきて、お母さまにアレ見せて差し上げて。」

 麗香の指示に、桜子は無言で立ち上がると、リビングの隅に置かれたノートパソコンを持ってきて、テーブルに乗せて、麗香の言うアレのページを開くと、母・実里に見せる。


 実里はインスタグラムのその写真を見ると、平然と「ああ、その話やったの。何かと思ったわ」とこともなげに言った。


「お母さま、私は何も、こういうところに行った事を咎めてるんやないの。こういう写真を撮られるうかつさに、言いたいことがあるの。桜子ちゃんも私も、大学院で恥をかきました。ちょっと配慮に欠けてはるわ。」


 麗香の言葉に、桜子以外の家族がノートパソコンの画面を見るため集まってくる。

 長女・美都子が「お母さまでもこういうとこ行かはるんやね。なんや安心したわ。ねえ、たっちゃん、あんたもそう思うやろ?」

 本田家の長男で、同志社の四回生、二十二歳の高峰たかみねに話を振ると、「別にええんちゃう。犯罪犯したわけちゃうねんし」と醒めた反応が返る。


「でもこれ、いいね一万件超えてるし、晒し物状態や」

 次男で十四歳の中学二年生の朝日あさひがつぶやく。

 ダンスが好きでユーチューブに動画を投稿していて、自分のチャンネルを持っていて、家族の中では一番インターネットに詳しい朝日の言葉に、母・実里は初めて不安そうに言った。

「まずかったやろか……。」


「なんでまた、歌舞伎町のホストクラブなんか行かはったん?京都にかてホストクラブはあるやろ」

 朝日の問いに実里は「私、本だそう思うねん。この竜馬さんが竜馬出版いうのやってはって、出版コンサルティングいうのしてはって、八十万払ろうたら本が出せるいう事やったから、詳しゅう話聞きに行ったの」と答えた。


「ホストがやってる出版社やなんて大丈夫なん?ていのいい自費出版とちゃうの?」

 麗香の疑問はもっともだと思い、実里は丁寧に説明する。

「私も最初そう思うたから色々調べたんやけど、ちゃんと商業出版で、アマゾンとか実店舗型の書店でも売ってもらえるみたい」


 ずっと黙って聞いていた四女の百合が「そういうことなら、私お母さまを応援するわ」と、明るい笑顔で言うと、風向きが変わった。

 子供達は口々に「そうやね」「お母さまがそうしたいんやったら、家族で応援しよう」という話で落ち着いた。


 百合が期待に満ちた顔で「それでどんな本出さはるの?」というので、実里は書斎からノートパソコンを持ってきて、書きかけの原稿を家族に見せる。


 百合は「私これいいと思うわ。美貌の没落華族の御曹司が、東京帝大主席卒業の切れ者青年を誘惑して支配しようとして、逆に罠にかかったのは、没落華族の御曹司だったっていうの素敵やないの」

「そうやねえ、没落華族の御曹司が、調教されて可愛くなっちゃうのええわ。お母さまがこういうの書かはるの意外やったけど、悪くないと思うわ」と美都子が応じる。


 百合と美都子以外の家族は黙ってしまった。

 三女の桜子が言葉を選んで言った。

「お母さまこれ、ボーイズラブっていうんやないの?」

「え?ボーイズラブとちゃう。耽美小説や」

 実里はきょとんとした顔で言った。


「よう書けてはるけど、これ濡れ場もあるし。なあ?」

 男性陣は顔を赤くして黙り込み、麗香と桜子が言葉を選んで、母を説得にかかる。

 本を出すのは考え直してと。


 結局、母を応援する派、中立派、反対派に分かれて揉めに揉めた。

 しょっぱなから、波乱の幕開けだった。


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