第一話 本田家の美人お嬢様
京都の上流階級では、本田家の美人お嬢様と聞いて、誰を思い浮かべるかで、歳がバレるとういうジョークが、まことしやかに語られる。
母の実里の名をあげる人は五十代以上、次女で京大の大学院で助教をしている、二十九歳の麗香の名をあげる人は三十代以上、三女で京大の大学院修士課程1年、二十三歳の桜子の名をあげる人は十代以上と言った具合だ。
公の場での話題の時、今年三十歳になった長女の美都子や、まだ高校生で十七歳の子供の四女の百合の名前は通常あがらない。
特に長女の美都子の場合、容色が劣っているからではなく、公の場で口の端にのぼせずらい事情があるのだ。
京都の良家の子女の中には、時折、舞妓になりたがる娘がおり、ご多分にもれず美都子もそうだった。
通常こういうケースの場合、舞妓になっても芸妓に襟替えする前に、良家の青年とお見合い結婚するのが常だった。
だが、美都子は舞妓時代に有名プロ野球選手と浮名を流し、週刊誌沙汰になってしまったのだ。
その上、舞妓のみで引退せず、襟替えして芸妓になり、旦那と呼ばれるパトロンの世話になっていた。
旦那は名の知られた作家で、これまた週刊誌沙汰になったが、先日、別れたという話だ。
京都の花街のお茶屋や料亭で、密やかに美都子の源氏名である「美乃」の噂話に花が咲く。
「美乃は例の作家先生と別れたんやてなあ。何とか旦那になりたいもんやな」
本気半分冗談半分に、酔客が口火を切ると、我も我もと口々に美乃の名があがる。
「でも高こうつきまっせ。腐っても鯛。本田さんとこのお嬢様やしなあ」
「そこがええんやないか。高こうつく女に溺れてみるのも男の本懐いうもんや」
本田家の長女の美都子こと、美乃は京都の上流階級の男性にとってそういう存在なのだ。
女子供の前では口の端にのぼらないのには、そういう裏事情があった。
もうひとつ、内内に語られる噂があった。
そのことを口にするとき、誰もが一瞬躊躇い、声を潜める。
「美乃は洛北の明星はんとこの巫女さんもしてはって、秘密の祭りで女の神さんを身ぃに降ろさはって、信者と交わるとか交わらへんとか」
「それほんまなんやろか?」
そこで沈黙が満ちる。
それ以上は誰も踏み込まず、話題をそらす。
本田家を巡る噂話の定番だった。
真偽のほどはさだかではないが、そういう噂がたつほど、美都子こと美乃は、神秘的で妖艶Hな美女だった。
男なら誰もが溺れて身を滅ぼしたいと願う運命の女なのだ。