妹の日記が官能的すぎる
俺には妹がいる。
妹と言っても義妹だが。
俺が五つの時だった。 物心つく前に母親を亡くし、親父と二人暮らしだった生活に突然家族が二人増えた。
再婚した親父の新しい伴侶、俺にとっては義母となる人と、義妹の架音だ。
しかし、この架音は妹と言っても同じ歳。 それも誕生日は俺の一日後というほとんど妹感の無い存在。 俺は一日年上というだけで一応 “兄” になり、架音は “妹” になった。
だから、例え架音が俺を呼び捨てで繋手と呼んでも抵抗は無かったと思う。 だが、架音はたった一日先に生まれた俺を『おにいちゃん』、とどこか嬉しそうに呼んだ。 いつも俺の後ろを付いてきて、少し大人しい性格のせいかやたらと “妹感” を醸し出してくる。
そんな暮らしが続き、俺はいつしか架音を俺がいないと危なっかしい、世話の焼ける可愛い妹として認識するようになっていった。 近所でも中神家の兄妹は本当に仲が良いと言われ、俺は名前の繋手そのままに、妹と手と手を繋いで成長してきた。
だが、俺達が中学に上がってしばらくした時、親父と義母はまた離婚という別れを選ぶ事になる。
当然義母は一人娘の架音を連れて行くだろう。 俺は妹との別れを覚悟した………のだが、何と架音は母親ではなく、親父と俺、中神家に残ると強く訴えたのだ。
その意志は折れず、架音は実の母親と別れ、俺達は三人家族となった。
流石にこれには驚いたが、成長しても変わらず俺を慕ってくれる可愛い妹と別れずに済み、正直俺は嬉しく思っていた。
今俺達は高校一年生になったが、架音は当然のように俺と同じ高校を選び、相変わらず付いてくる。 実の母親より俺達に付き、架音ならもう少し上も狙えた筈なのに俺と同じ高校を選ぶ。
周りから見ればちょっと異常に感じるかも知れないが、出会ってからずっと俺にべったりな妹に麻痺している俺は、こうなった事に違和感をあまり感じなかった。
俺が一つ年を取れば、次の日架音がそれに付いてくる。 ずっと俺に、俺がいないと妹はだめだから。
そんな可愛い妹が………なんだ、これ?
―――この日記はッ!!!
その日、偶々先に家に帰って来た俺は、ドアが開きっぱなしになっている妹の部屋を発見。 普段から架音は俺の部屋に来るが、俺が架音の部屋に入る事はあまり無い。
何の気なしに久し振りに入ってみたら、机の上にこれまた開きっぱなしのノートが置かれていた。
なんだろうと見てみると、どうやら “日記” のようだ。
妹とはいえ、人の日記を勝手に見るのは良くない。 だが、それには冒頭から引っ掛かる言葉が書かれていて、俺は日記だと気付いたのに読むのをやめられなくなってしまったのだ。
それが―――
『初体験だった。
みんな良いって言うから、私も……。』
ときたもんだ!
これ見てやめられるか!?
誰だみんなって! そんな不埒な友達とは絶交してしまえ……っ!
……はぁ、はぁ………お、落ち着け俺。
あの大人しく可憐な架音に限って間違いなんかある訳がない。 そうだ、きっと俺の早とちりだ。
何とか気を持ち直した俺は、再び恐怖の書に恐る恐る目をやった………ら―――
『最初唇に触れたそれは、甘酸っぱい味がした。』
「――カ、カカッ……!」
続きを目で見て、その内容を脳が理解した瞬間身体が痙攣した。 頭が真っ白になるとはこの事か。
『それ』………『それ』ってなんだ!? まさかアレじゃないよな!? 俺の可愛い妹、架音のく、唇にどこぞの馬の骨のくちび―――があぁぁぁッ……!! そ、想像したくもないッ!!
………うそだ、うそだろ架音……。
兄ちゃんだってまだなのに……俺を置いていっちゃうのか……?
―――いやまぁだだッ!!
まだそうと決まった訳じゃない!
きっと何かの間違いだ! 大体男のくせに甘酸っぱいだと? んな気色悪い奴いるか? 直前にのど飴でも舐めてたんか!? そのまま風邪悪化して滅びてしまえッ!
も、もうたくさんだ……やっぱり読むのはやめよう……これ以上は俺が人でいられる自信がない。
―――これ以上……?
「ま、まさかな……それはさすがに……」
怖いもの見たさ……とかじゃない。
ただ、 “ない” ――とは思っていても、どうしても気になってしまう……―――だってまだ続き書いてあんだもんっ!
なんか相手の名前とか書いてあったら、それがまた同じ学校の男だったら俺やっちゃうかも! いきさつとか事情とか聞く前にやっちゃうかもぉぉお!
だから見たくないっ! 俺の為にも、架音の為にも!
俺は人生踏み外して、架音は好きな男を失うって事になる………あ、やべぇ………俺、殺る前提になってるわ………。
ここまで危険だとわかっているのに、どうしても目はノートに、真相へと近付いて行ってしまう。 その結果―――
『私は初めてだったから、この順番で良かったのかわからなかったけれど、リードしてくれたから』
―――俺は崩れ落ちた……。
刹那意識は失くなり、全身から力が抜け、何なら魂まで抜けた気分で気付けば床にキッスしている始末。
「ハハハっ……これで兄ちゃんも追いついたぞー……だってキスしたからー」
―――って言うてる場合かッ!!
架音は更にその先まで……っ!
大人の階段をもう棒高跳びしてるんだぞ!?
「……なんで、なんでだ架音ー……リードするのは俺の、兄ちゃんの役目じゃなかったのかー………」
顔面を床に押し潰したまま、力無くお役御免の兄は力尽きた。
このまま窒息死してやろうかと思ったが、生き汚い俺は横を向いて空気を取り込んでしまう。 すると、倒れた時一緒に落ちてきたのだろう、絶望の書が屍を蹴るように視界に映る。
「……てめぇ、上等じゃねーか……」
ここまで来たら怖いものなんかない。 寧ろ恐怖は怒りに変わり、寝転がりながら俺はそいつと対決してやろうとページを開く。
『硬く、黒い棒を口に含むと』
「はぁぁあ!? しょっぱなからやるか普通!? これがホントの “棒高跳び” ―――とか言うかボケぇ!!!」
『こんなこと、本当にいいのかな? と、ふと罪悪感に駆られる自分と葛藤してしまう』
「今お兄ちゃんは脳が浮遊感でふ〜わふわだよ架音〜葛藤っつーかカットカットーこんなの俺の脳内で放送出来ませーん」
想像以上に強烈な文面に、俺の脳は “ピー” という危険信号を発しながらレッド◯ルいる。
―――次の言葉を読むまでは………
『どうして、来てしまったのだろう。 今更になって自分の意志の弱さに、後悔という言葉が浮かんでくる』
「………なんだよ、そんな事、言うなよ……だったら……―――だったらなんでお兄ちゃんに助けてって言わねぇんだよッ!!」
後悔してないなら、せめて幸せな気持ちだったなら良かった………良くはねぇけど………。
頼む……逃げてくれ!
お願いだから最後までは見逃してくれ! 俺の、俺の大事な妹なんだ!!
もう何もかも許す、お前が同じ学校の奴だろうがなんだろうが……知り合いだったら殴るぐらいはするが………だから―――
『それでも衝動は止まらず、欲望がついに殻を破る。 すると、甘い蜜はやっぱり中にあって、それが溢れてくるのが自分でわかる。 もう無理、もう動かないで。 そう願っても、脆弱な理性は覚えた悦びに、大波に襲われる小舟が如くあっさりと呑み込まれてしまった。 結局、白く、蕩み掛かったそれは、私の体内に――』
―――俺は、ノートを投げ捨てた―――
五つの時、初めて会った内気そうな女の子。
もじもじしながら俺を『おにいちゃん』と呼んだその子は、その日から俺の妹になった。
あれは、四人家族になって初めての俺の誕生日。 バースデーケーキのプレートには、俺と架音の名前が入っていた。
架音の誕生日は明日、俺はなんだかそれが嫌で、両親に来年からは架音の誕生日にまとめてやってくれと言った。 すると、あいつは困ったような顔して―――
『わたしは、これでいい。 おにいちゃんのたんじょうびをさきにしないと、おにいちゃんっていえないから』
―――完全にやられた。
いじらしく頬を染める架音の顔を見て、俺はガキながらに愛おしさで一杯になった。
その言葉は、バースデーケーキの生クリームより甘く、胸に蕩ける甘言となって――――って俺まで日記に影響されてるなッ……!!
と、とにかくだ……俺なりにずっと大事にして、愛情持って接してきたつもりだ。
もちろん今でも大事な妹。 もし架音が傷ついているなら、俺はどれだけ時間を掛けても、あいつが嫌になるくらい傍に居て、一緒に傷と向き合っていく覚悟がある。
あるけど、でもぉ―――
「……あれ? ……なんだ? 天井が、見えねぇ……見えねぇよ………架音…………」
仰向けに転がり、情けないみぞれ混じりの声を出していた時―――
「おにいちゃん、なにやってるの?」
「――っ!?」
鼓膜に響いた声の主は、この止めどなく溢れる涙の原因。 俺は慌ててそいつを袖で拭って立ち上がり、不思議そうな顔をしている架音を力一杯抱きしめた。
「お、おにいちゃん……?」
「ずっと……傍にいるから………お前の痛みは………俺の痛みなんだ………」
そうだ。
何があっても、お前は俺の―――
「……本当? ずっと、傍にいてくれる?」
「当たり前だ。 もし……万が一………子供が出来ても……俺が、一緒に育ててやる………お前も、その子も絶対に幸せにする……!」
―――俺の大事な家族だ……っ!
「……うん。 わかった」
「ああ、安心しろ」
素直な、俺にもたれ掛かるような愛らしい声を確認してから、ゆっくりと力を抜き離れた。
そして、架音の華奢な両肩を持ち、俺達兄妹は血よりも強いと信じる瞳で見つめ合う。
柔らかく、幸せそうに微笑む妹の顔を見ていると、何があってもこの笑顔を守ろうと決心が固まっていく。
まだ何かを守るような力は無いかも知れない。 でも、俺は何にしがみついてでも―――
「でも、なんで急にそんなこと言うの?」
ああ、そうだよな。
まだ謝ってなかった。
「………ごめん。 悪気はなかったんだけど、見ちゃったんだ、日記……」
許してくれ。
良くない事だけど、それを知ったからこそ俺は痛みを分かち合えるんだ。
架音、お前を絶対一人で泣かせはしない……!
「日記?」
「だから、は、初体験……のやつ」
口に出すのも躊躇われる……架音にはまだ真新しい傷の筈だから……。
思い出させたくはない、だが共に乗り越える為には……! 拳を握り、肩を震わせる俺に、架音は言った―――
「ああ、デザートビュッフェに行ったやつだ」
―――――は?
「デザート……って……?」
「友達がね、みんな良いって言うから」
そんなこと………言ってたね……――いや、でもっ!
「だ、だってほら、唇に……甘酸っぱい……」
「最初ショートケーキ食べたから」
…………イチゴ!?
「じゃあ、リードしてくれたのは……」
「初めてで目移りしちゃって、友達が色々教えてくれたの」
そ、そんなバカな………だ、だって―――
「硬く黒い棒は……」
「ポ◯キー」
「罪悪感が……!」
「いっぱい取ってきちゃって」
「後悔はぁぁっ!?」
「だって―――太っちゃう………」
………………太っちゃう……だって。
……じゃあ何か? 俺は妹の初デザートビュッフェに涙した勘違い野郎だってのか……?
―――そ、そんな訳ねぇ……!!
「欲望が殻を破って甘い蜜が中から溢れて……っ! も、もう無理、動かな――
( 頑張れ俺っ! 言い切れぇぇえ!! )
んで覚えた悦びに理性の小舟が大波にガァーって……! それで、それで………白く蕩み掛かったのが……お前の身体に――――はどーなるんだッ!?」
何もないのが一番なのに、既に引き返せなくなった半狂乱の俺は、声を荒げ架音に詰め寄った。
そして、その答えは―――
「………シュークリーム」
「………しゅー、くりうむ?」
何だろう。 何か特殊は金属か何かかな?
「うん、シュークリーム。 何個も食べちゃだめって思っても、止まらなくって……」
違うね、うん。
シュークリームは、きっと甘いやつです。
「……架音」
「なぁに?」
「兄ちゃんちょっと部屋に戻るから、しばらく耳塞いでてな」
「え? ……うん」
俺は妹の部屋を出て、そのドアをきっちりと閉めた。
そして自室に入り、ベッドに潜ると布団を掴んで亀になる。
そして―――
「―――文章表現おかしいだろぉがぁぁあああッ!! なぁにを無駄に艶かしい言葉使っとんじゃあああああッ!!!」
―――大好きな妹に、ここまで怒りの矛先を向けたのはこれが初めてだった―――
こんなの、絶対間違ってる……!
これ、絶対変なの俺じゃないってぇぇぇ…………
隣の部屋から絶叫が聴こえた後、架音はベッドに腰を下ろし眉尻を下げる。
「ごめんね、おにいちゃん……。 でも、約束だよ……」
―――ずっと傍で、一緒に子供を育てて、幸せにしてね―――
薄っすらと微笑む義妹。
幸せを噛みしめるように我が身を抱きしめ、恍惚の表情を浮かべている。
隣では未だ呻きを上げシーツを濡らす繋手。
だが、これはほんの始まりに過ぎない。
架音の官能の書は、これからも綴られていくのだから――――。
読了ありがとうございます^ ^
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