寄り道と来客2
長らく間があいてしまいました。m(__)m
蝙蝠。
夕暮れと共にどこからかやってきて、集団で空を飛び交うやつ。
病気か寄生虫かなんかあるので、とにかく触ると危険。
それが私、草加瑞希の蝙蝠という動物に対するイメージだ。
その蝙蝠が、それこそ何百匹という数が、私を中心につむじ風のように飛び交っている。
私の髪は彼らの羽が作る風でかき乱され、時折何かが身体のあちらこちらに当たる感触が……
あり得ない今の状況に、意識を保つのは限界、卒倒寸前だ。
私の意識を繋ぎ止めていたものは、腕に抱えた至宝の存在と、私を置いて逃げた悪魔どもに対する怒り。
「……絶対に、あんたたちには、もうあげないからなーっ!!!」
怒りの叫びとともに、この窮地を脱すべく戦う覚悟をきめた。
◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇
――なんだ、どうなっているのだ?
彼女は困惑していた。
彼女は、今まさに瑞希を取り囲んでいた蝙蝠たちを率いるものだ。
闇夜を好む彼ら蝙蝠の中でも、遠い先祖が魔に連なる一族。
他のものたちより強い魔力を宿し、その毛並みは完全に空が闇に包まれるほんの一瞬みられる、黒に近い濃い青紫色をしており、艶やかな美しさを持っていた。数多の同胞のなかでも一際目立つ個体である。
彼女は、産まれて今まで感じたことのない、膨大な魔力をもつ上位種の存在を感知し、一族を連れやってきたのだが……
その相手である人の姿をした少女は、いくら呼び掛けても答えてくれない。むしろ、全くこちらの声に気づいていないようなのである。
彼女は魔力に意思を乗せて相手に伝える、という方法を使っていたので、魔力を持つもの同志、意志疎通ができないはずがないのに、である。
――おかしい。これではまるで只の人間じゃないか。
逡巡していると、それまで固まっていたような少女が、突然ヒトの言葉を叫んだ。
同胞共々、突然のことに驚いている隙に、その少女はなにやら筒のようなものを取り出し、同胞たちに吹き付けたのである!
◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇
「人間の叡知を思い知ったか!!」
変なスイッチが入った私は、虫除けスプレー片手に、メロンパンを抱き抱えながら無双していた。
顔を狙って吹き付けたので目に染みて堪らないのであろう、蝙蝠たちはパタリ、パタリと墜落していく。
気分は害獣駆除業者である。
私を取り囲む蝙蝠たちは、大部分が逃げたが、何割かが怒っているのか向かってくる。そいつらを「うおりゃー!」などと奇声をあげつつスプレー攻撃で調子に乗っているところ、
「痛っ?!」
突然見えない何かに手に持っていたスプレーを弾かれる。
そして、目の前には艶やかな濃い青紫のベロアワンピースを身につけたクール系美女。
――めっさ睨まれてる…
「よくも、同胞を傷つけてくれたな」
凛とした、よくとおる高めの声が、彼女の怒りをひしひしと伝えてくる。氷のような冷たさが突き刺さる。
めっちゃ怒ってる……
少し考え、彼女が怒っている理由に気がつく。
「…動物愛護団体のかた?」
それならば怒っているのも説明がつく。
しかし、結果のみをみたら動物虐待だろうが、私は蝙蝠に囲まれるという人生であり得ない恐怖を味わっているのだ。
正当な行為であることを説明しなくてはならない。
説明してみるが、…何故だ。彼女の美しい顔が更に怒りに満ちていくのだが。まじ分かんない。めっちゃ怖いこの人。
変な汗をだらだらかきはじめたところで、場違いなゲラゲラ、とさも面白いものを見た、という楽しそうな笑い声が割って入る。
「ヒヒッヒヒッ、お、お主は、ホンットに変な奴だな、ッ、ヒヒッ」
「でたな、この裏切りものっ!!」
いつのまにやら、私の足下まで戻ってきたきんちゃん。外見詐欺悪魔はのらりくらり歩いて来ている。
……こいつら、今度からブルータスって呼んでやろうか。
「ヒヒッ、あ~笑ったぁ。
とりあえず、こいつじゃ話にはならんぞ、分かったろ、小動物。」
きんちゃんは怖い美女に話しかけた。
そちらに目をうつして、ギョッと私は目を向いてしまった。
彼女は土下座しているのだ。
そんな彼女にきんちゃんは尊大な態度で続ける。
「まあ、そんな畏まるな。面倒だから無視しようと思ったが……よかったな、こいつ捕まえて。面白かったから話だけ聞いてやる。」
「……ありがたきお言葉にございます。」
女性の背後には先程まで飛び交っていた蝙蝠たちが、同じように地に伏している。
……嫌な予感しかしない。