玖話 夢宇
お久しぶりです。生きてます。
桜が目の前に座る幼女の髪を梳き、最後に簪を挿す。
元はボサボサだった幼女の髪は、艶やかに後ろへと流れ、前髪にかかる癖毛も上手く流れに組み込まれていた。
その出来栄えは本職ですら唸るほどだろう。
「はい、綺麗になりましたよ」
「わぁ……」
「ふふ、夢宇ちゃんに気に入って貰えてなによりです。良かったらその簪、あげますよ」
「えっ、良いの?!」
「はい、勿論です」
桜が夢宇と呼んだのは、もちろん目の前に座る幼女にである。
そう、あの憎ったらしい......じゃなくて俺といい勝負をしてくれた子だ。
今では桜が上手いこと宥め、すかっり安心しきっている様子だ。
まあ今の状態になるまでに凄い苦労したのだが。
主に桜が。
......うん、お察しの通り俺は何もしていないよ。
まあ今回は俺が出たら余計に面倒臭そうってのもあるのだが。
分かってる、桜の負担が凄いって事だろ?
労うとも、そりゃちゃんと労うとも!!
「ありがとな、桜。ほれ、お茶だ」
「ありがとうございます、主様」
「ほれガキ、お茶だ」
「べー」
なにがべーだよ、べぇー!!
夢宇は幸い俺に対して苦手意識は持たなかったようだが、どうも俺の事を同格に見ているようなのだ。
確かに同等の争いだったけどさ……
しかしこれは非常に不味い流れだとは思う。
何せ大人の沽券が関わっているのだ。
あまり舐められていると、他の子供達までにも舐められる可能性が……
『うっせー、おっさんの言う事なんか聞くかよ!』
『働いてないなら遊ぼうよ!』
『一緒に寝よーよー』
うん、一緒に寝るー!
じゃなくてだな!!
いや、これは本当に不味い。
何が不味いかって、よくよく自分を見つめ返してみると大人の沽券が一切見られないのだ。
……少しだけ、自分の怠惰な生活を正そうと思った瞬間だった。
ま、まぁ、その事は置いておいて。
少し話を戻して夢宇について聞いてみるとしよう。
今ならば少しくらいは話してくれるだろう。
「で、なんであんな場所にいたんだ?」
「うっ……それは、その……」
「その?」
「江戸なら、受け入れられるかなって……でも、人の目が、怖くて……」
「やっぱそんなとこか、そうだろうと思ったよー」
俺が少し意地悪気に呆れると、夢宇は不満なのか少しムッとむくれた表情で睨んできた。
やはりその表情に大人を敬う気持ちは感じれないが、その方が年相応で愛らしくも思う。
どうやらだいぶ心を開いてくれたみたいだな。
ならば少し、意地悪をやめて真面目に話すとしよう。
「まぁまぁ落ち着け。お前みたいに特異な見た目……変わった見た目の奴が安心できる土地を求めて江戸に来ることは少なくないんだ。ただ江戸の住民はじゃじゃ馬根性が逞しくてな、見慣れない種族がいるとついジロジロ見ちまうんだよ。んで、お前みたいに視線に耐え切れずに路地裏に逃げるのも多いのさ」
夢宇みたいに事件に巻き込まれる希少種族は多く、その殆どが同じような理由なのだ。
だから夢宇からしたら一大事だろうが、俺達からしたら、なんだまたか、という様な思いなのだ。
「それに江戸ならちゃんと受け入れてくれるさ。現に万屋に居る奴等の大半は、夢宇みたいに外から来た奴ばっかだしな」
「そう、なんですか?」
「ええ、私もそうやって主様に救われた一人なんですよ」
「えっ!? 桜お姉ちゃんも!?」
桜お姉ちゃんって、いつの間にお姉ちゃんになったのやら。
まあ本人が満更でもなさそうな顔だから良いけどよ。
「ま、そう言うこったな。それでこれからどうする? なんか当ては……って言ってもないだろしなぁ」
「はい……」
「……それじゃあ万屋で面倒見たらどうです?」
「うーん、まあそうなるか」
「はい、今更働かない食い扶持が一人増えても問題ないですからね」
……働かない食い扶持、それ即ち俺の事だろう。
うん、耳が痛い!!
そんな事を言われたら受け入れるしかないじゃないか……
まあ言われなくても受け入れるけどさ。
「むしろ夢宇ちゃんの方がお手伝い出来て誰かさんよりも優秀かもしれませんね」
「ぐへぇ……」
なんて事を言うのか。
これは言葉の刃による虐めではないかね?!
でも反論できる材料なんて一つもない正論なんだけどね!!
……やっべ、ついに子供と同格じゃなくて完全に敗北を期してしまった。
ちょっと悲しすぎる……
「ささ、夢宇ちゃんは私と一緒に服を身に行きましょうねー」
「はーい」
そして桜と夢宇は楽しそうに奥の倉庫へと消えてしまった。
……しかし、まあ。
昨日とは打って変わってあの表情だ。
きっと江戸の奴等ともすぐに馴染めるだろう。
その事を考えると自然と笑みが零れ、愉快な気持ちになってくる。
――こうして、万屋 狐の尾に愉快で可愛らしい新たな仲間が増えたのであった。
「だからなんで夢宇よりも起きるのが遅いんですか!!」
「ひえっ」
――万屋の主が怒られる要因が一つ増えたが、それもまたご愛嬌。