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捌話 百足幼女

 ――その百足幼女の着物の裾から除くのは、わさわさと細かな足が蠢く百足であった。

 一瞬は動揺するもののそれは表に出さず、さも気にしていないという風を装う。


 悪いが俺はこういうハッタリで生きてきたんでね、ちょっとやそっとで動揺を外には出さないさ。

 しかし......百足の蟲人むしびとか、色々な種族を見てきたつもりだが、初めて見るな。

 まあそんな事より安否確認だな。


「よう、大丈夫だったか? つっても、あんなのに絡まれた後だ。大丈夫じゃないよな」


 ゆっくりと警戒させないように声をかける。

 しかし......反応が無いな。

 別に聞こえてない訳では無さそうなんだがなぁ。


「うん? まさか喋れなかったり……?」


 とある可能性に行き着き、思わず声に出してしまう。

 獣人や蟲人と言った『亜人』と呼ばれる者達は奇形や変異体も多く、そう言った者達の殆ど長く生きれず、また生きれたとしても多くの障害を抱えてる事が多いのだ。

 そう思い、思わず近づいてしまう。


「おい、だいじょ――」

「ひぃやぁああ!!」


 すると突然叫びだし、脇をすり抜けて走り去ってしまった。

 そんな叫ばれる様な事はしてないつもりなんだがなぁ……

 もしかしたら大きいおっさんに急に話しかけられて驚いたかな?

 なんて自分で言っておいてなんだが、少し悲しくなってきたな……


 なんて言ってる場合じゃないな。

 さっさとあの子を保護しないとな。

 あの娘が表通りに出て行ったら、亜人が多くいる流石の江戸でも大騒ぎだろうしな。

 なんて言ってるそばから悲鳴がちらほらと。

 はいはい、今行きますよっと。


 今さっき来たばかりの細い通路を戻っていくと、そこには案の定人混みが出来上がっていた。

 人混みは通路を囲むように半円で、その中央には先程の百足幼女がうずくまっている。

 それどころか「ヒック、ヒック……エグッ、あう……」と見ていられない程に泣きじゃくっているようだ。

 周りから何かを言われたのだろうか、それとも大衆の視線の恐怖に耐えられなかったのか。

 どちらかは分からないが、現状のままでは良くない事は確かだな。


「はいはい、散った散った。万屋の関係者だから気にしない気にしない」


 百足幼女を庇うように前に出ながら、適当にいつも使う嘘をつく。

 まあ嘘と言ってもこれは万屋が真実を隠したい時に使う常套句なのだが。

 そもそも万屋に居る奴は大抵、百足幼女の様な変な奴ばかりだからな、あながち嘘と言い切れないな。

 なんにせよ、江戸の人々はその言葉を聞いてゆっくりと散っていくのであった。


 たぶん『まーた万屋か』『次はどんな厄介事に首を突っ込んでるんだか』とか思ってるんだろうなー。

 別に好きでやってる訳じゃないんだけどなー。

 と言っても万屋が少々お節介なのは否定しないがな。

 うん、だから今から面倒に首を突っ込んでお節介を焼くのも仕方の無い事だ。

 なんて自分に言い聞かせながら、未だに蹲って泣いている百足幼女にゆっくりと、今度は細心の注意を払って声をかけていく。


「もう大丈夫だ、俺以外には誰もいねぇよ。ほら、顔を上げてみな」


 ゆっくり、ゆーっくりと近づき、肩に手を置いてみる。

 ビクリ、と体を大きく揺らしたが、どうやら逃げ出したりはしないようだ。

 一安心し、軽く周りを見渡す。

 先程の人々が気を使ってくれたのか、辺りに人通りはほぼ無く、万屋まで静かに帰れそうであった。

 ここから更に裏道も使えば、人目は殆ど避けられるだろう。


「歩けるよな? ちょっと行った先に俺の家が――」


 いない。

 何がいないって、そりゃ一つしかない。

 百足幼女だ。


「おおーい?!」


 慌てて辺りを探すと、全力で走る百足幼女の姿が。

 てか百足幼女には悪いが、足がワサワサと気持ち悪いな?!

 全力疾走だからか、それはもう尋常ではないワサワサ具合だった。

 じゃなくてだな。


「うおーい! 待て待て待てって!!」


 こちらも負けじと全力で走って百足幼女を捕まえようとする。

 俺はあまり運動は出来ないほうだが、幼女に負けるほどではない。

 距離はあっという間に無くなり、すぐに捕まえる事が出来た。

 ……出来たのだが、少しだけ、というより結構息が上がってしまっていた。

 幼女相手に息が上がるとは、もうそんな歳になってしまったのだろうか……


 なんて自分の運動不足を棚に上げながら、ガッチリと捕まえた百足幼女と向き直る。

 その瞳は恐怖に染まってはいたが、僅かに何か期待の眼差しをも感じた。

 どちらも俺の直感だからあまり当てには出来ないが、これでも何も感じないよりかはマシだろう。


「いきなり色々あって怖かったよな、だけど少しだけ俺に付いて来てくれ。いや、話を聞いてくれるだけでも良いから」


 今度は両肩に手を乗せ、目を見ながら話しかける。

 百足幼女は最初は逃げようとジタバタと暴れたり、顔をブンブン振り回したりと忙しかったが、逃げられないと悟ったからか、遂には大人しくなった。


 ……大人しくなった、のだが、今度は目を強く瞑り顔を伏せてしまった。

 正直、ここまで抵抗されるとは思っていなかったから驚きである。

 その諦めない根性、俺は嫌いじゃないよ。


 だがここで大人を舐めてもらっては困る。

 悪いが我慢比べには負ける要素が無いんでね。

 特に俺なんかは、無駄に力も時間もあるからな。

 そう、なぜならば。

 俺はデカい図体を生かさず毎日を適当に過ごしてる暇人だからな!!

 ……うーん、改めて言うと悲しいな。

 本日何回目かの悲しみを噛み締めながら、幼女のささやかな抵抗、我慢比べが始まったのであった。



 ●●●●●



「あーもう、良い加減に目を開けてくれよ!」


 我慢比べに負けたのは、俺だった。

 いや、簡単に諦めた訳じゃないよ?

 ただ想像以上に目の前の百足幼女は根気があるようで、辺りの人通りが戻ってきてしまたのだ。

 流石にその状態で悠長に待ってはいられず、少し声を荒げてしまったのだ。


「ほら、目を開けないと勝手に連れて行っちまうぞ」


 少し脅かすように声をかけるが、それでも反応はない。

 というか、これは……

 ゆっくりと顔を近づけてくと、可愛らしい寝息がすーすーと聞こえてきた。


「って寝てんのかよ!!!」


 あまりにも静かに寝るものだから、全く気付かなかった。

 というか立ったまま寝てるよな?

 恐るべし、百足幼女。


 しかし何時までも寝ていられると困るのだ。

 ……仕方ない、本当は合意の上で万屋まで連れて行きたかったんだが、こうなると少し強引にでも連れていくしかないな。


 俺は寝ている百足幼女の百足部分をどうにか丸めて抱き上げてみる。

 よほど疲れていたのか、元からなのかは知らないが、俺がどうやって百足部分を丸めようかと悪戦苦闘している間も全くの反応が無かった。


 しかしまあ、幼女を抱き上げて万屋に帰ったらなんと言われる事やら。

 考えただけでも少し憂鬱になってしまう。

 まあそん時のことはそん時に考えればいいさ。


 ――そう気持ちを切り替えながら、ふとした疑問を口にする。


「この子の名前、なんて言うんだろう……」


 百足幼女と勝手に呼んでたが、言い辛かったんだよね――


 なんて今更だな、と苦笑しつつ万屋へと帰路につくのであった。

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