漆話 出会い
お久しぶりです(小声)
――そこは私の知らないことで溢れてました。
見た事ない建物や嗅いだ事のない匂い、そして平然と歩いてる人外達。
しかしそこでも私は異形過ぎるらしく、好奇の目を向けられました。
慣れたと思っていましたが、見知らぬ土地だからか少しその視線が気になり、いつもの癖で人気のない裏路地に入りました。
それが、出会いの始まりでした――
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「ひゃはっ!早く持ってるもん全部出せよ!」
「そうだぜ、テメーの身体に価値は無えからな。反抗するなら殺すぜ?」
「うぐっ、ひぐっ、うぇっく、あぁ……」
裏路地に入ってすぐに腕を引っ張られ、気がつくと怖い男の人二人に絡まれてました。
二人は小刀を見せつけながら、金銭を要求してきました。
そして私の身体に価値は無いから殺すとも脅してきました。
私は怖くて怖くて泣くしかありませんでした。
私にはお金も無いし、本当に身体に価値がないので、死ぬしかない事が分かってたから。
「おい、泣いてばかりじゃ分からんぞ? 出せよ。……それとも、死ぬか」
「ひぃ、や、うぁあ」
その時でした。
ジャリジャリと音がしたかと思うと、獣人の大きな人が近づいてきました。
その獣人さんはこの人達の仲間じゃないのか、不機嫌そうな顔をしていました。
「テメエ等、なあにやってんだ?」
「あぁ? テメーこそ誰だよ、おっさん。それとも俺達とやるってか? あひゃひゃ、そんな訳ねーよな!」
その獣人さんは近づいてくると更に不機嫌そうに顔を顰め、そう言い放ちました。
ずっと笑ってる方の男はその獣人さんに向かい、気味の悪い笑い声をまた上げ始めました。
もう一人の男はチラリとその獣人さんを見ただけで、すぐに視線を戻してきたので、その間に逃げることは残念ながら出来ませんでしたが。
「別に俺は戦わねーよ。ただ同心を連れてきただけだしな」
その獣人さんがニヤリと笑うと、獣人さんの後ろからわらわらと男の人達が現れました。
その人達の服装は統一されていて、一目で国の役人という事が分かりました。
「ちっ、逃げるぞっ!!」
「逃がすな! 追えー、追えー!!」
男の人達は走り去ってしまいました。
私の危機は脱したし、何かされた訳でもないので良いのですが……
何故か獣人の男の人だけは彼等を追わず、ここに残りましたが。
彼等を追わずに良いのでしょうか……?
「よう、大丈夫だったか? つっても、あんなのに絡まれた後だ。大丈夫じゃないよな」
誰に話しかけているのでしょうか?
ここには私を除き他に誰も居ませんが……
まさか私に? いえ、そんな訳――
「うん? まさか喋れなかったり……?」
私が不思議に思っていると、獣人さんはゆっくりと動き始めました。
最初はどこかへ行くのかと気楽に見ていましたが、段々とこちらに近づいてきました。
……え? 近づいてきた? 私に?
「おい、だいじょ――」
「ひぃやぁああ!!」
先程の男の人達が走っていった方向とは真逆、獣人さんの脇を全力で走っていきました。
少し後ろを振り返ると、獣人さんはポカーンとした表情を浮かべ、追ってくる様子はありませんでした。
……でも、助けてくれたのに逃げても良かったのでしょうか?
そんな風に少し考えはしましたが、如何せん私は普段は人に忌み嫌われ虐げられる存在です。
きっと私に話しかけたのも何かの間違いか、仕方なくに違いません。
……ですが、ですがもし次会うことがあるなら、しっかりとお礼を言いたいです。
言えるのなら、ですが……。
――そう、思っていたはずなのに。まさかその後すぐに会うことになるとは。
なによりも、その人と不思議な運命を共に歩み続けるとは誰も、思ってもみないでしょう――
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その日俺は仕事の帰りで、少し寄り道をして屋台の串肉を食べていた。
「てめぇ、今日も固ぇじゃねーかこの肉。何時になったら柔らかくすんだよ?」
「すんません、なかなか上手くいかなくて……」
「ま、前の石みたいな固さから考えたら柔らかくなったけどな」
「ありがとうございやす、いやぁ、ここまでも長ったんですけどね」
「ま、そうそう上手くいかないわな。ただなんか欲しいのがあれば気軽に依頼してくれや」
「お安くして下さいよ?」
「はっはっは、そいつはどうかな」
他愛もない日常の会話。
それは今がなんら変化が無いと同時に平和である事を物語っている。
目の前の店主である青年と話していると、ふと隣の会話が聞こえてきた。
どうやら、この江戸に見慣れない種族が来たらしい。
「なあ店主、お前は見たか? その見慣れない種族」
「いや、見てないな。ああでも俺が聞いた噂じゃ、路地裏に入ったとかなんとか」
路地裏か……
確か、あそこは良くない奴等の溜まり場なってるよな。
見慣れない種族がそんな所に入っていったら、面倒事になりやしねえか?
しかし心配だな。
人外が多いからと珍しい種族が江戸に来る奴は多い。
だがあまり人と触れ合う事が無かったために、江戸の人の多さに尻込みし、路地裏に逃げてそこに居る盗賊やらに襲われてしまう事例を幾つも知っているのだ。
……仕方ない、話を聞いたからには少し様子を見に行くか。
奉行所の同心も少し連れて行くか、何かあると面倒臭いしな。
無駄になっても何かあるよりかはマシだろう。
あれだ、備えあれば憂いなしの理論だ。
「店主、俺はもう行くわ」
「あいよ、また変なのに首でも突っ込むのか?」
「それが俺の生き様らしいからな」
適当に金を置いて、「次回分だからな」と一言断りを入れる。
すると分かった分かったと何度も頷かれる。
このやりとりはもう幾度となく繰り返し、もはや日常の一部になってしまった。
「丁度良い所に来たな」
「えっ? ああ、狐の旦那」
屋台から少し歩いたところに、運良く顔見知りの同心達が見回りをしていた。
正直なところ若干頼りないが、ここは彼等で妥協しよう。
「……いま俺達で妥協すれば良いや、って考えただろう?」
「い、いや? なんの事だか。それよりもだな――」
図星を華麗に誤魔化しつつ、事情を説明する。
まぁ、噂が広まってるらしいので彼等も流石に知っているだろうが。
……知ってるよね?
「あー、その件か。手伝っても良いんだが、如何せん目撃情報がまばらでな……」
「俺なら見つけられるけど?」
「ですよね、やっぱ無理……え?」
「……お前、俺が獣人ってこと完全に忘れてるよな?」
良いんだけどさ。
それだけ獣人が浸透してるとも言えるし。
ただちょっとだけ、ほんのちょっとだけ悲しいかな……
などと少し会話を交えつつ、嗅ぎ慣れない匂いがないか注意しながら歩いていく。
流石に初日じゃ見つからないかと諦めかけた時、近くの裏路地から僅かに腐葉土の様な匂いと何者かの声が聞こえてきた。
まさかとは思うが……
そう思い裏路地へと入っていく。
するとそこには幼気な幼女と、いかにもな悪党。
この幼女が噂の種族の子だろう。
んで案の定絡まれていると。
……というか、そんな幼い子から何を奪おうと言うのか。
「テメエ等、なあにやってんだ?」
出来るだけ低く、威厳を出すように声をかける。
しかし全くもって効いて無いようだ。
まあ悪党からしたら一般人が話しかけてきたとしか思ってないだろうからな。
まあそう言う事もよくあるから同心達を連れてきたんだが。
「ちっ、にげるぞっ!!」
悪党と同心達は裏路地の奥へと走り去って行く。
俺はその場に残り、幼女へと向き直る。
しかし、そこで衝撃的な物を見てしまう。
――彼女の下半身が、不気味に蠢く百足だったのだ。