参話 鮨
「オヤジ、今からも鮨は食えるかい?」
「おう、食えるぞ」
少し無愛想な店のオヤジから帰ってきた返事は嬉しいものであった。
隣に座る桜と言えば、初鰹を買った事と好物の鮨とで普段なら全く見ない様な少女らしい様子だった。
普段からもっとその調子で俺は良いと思うんだけどなぁ。
『私がしっかりしないと!』とよく言うが、そんなに俺って駄目そうに見えるかな……?
なんかちょっと悲しくなってきたなぁ。
「わ、私から頼んで宜しいでしょうか?」
「おう、頼め頼め。今日くらいは好きな物をぱぁーっと食べな」
「~~っ! ありがとうございます!!」
そう言うと桜は、キラキラした目でお品書に目を移す。
アレもいい、コレもいい……と言った声が聞こえるが、全部買え、と言うのは野暮だろう。
俺が好きなものを選べといったんだ、後は桜次第だからな。
「あのっ! 私は鰹と蛸と穴子をお願いします! あ、あと小鰭!!」
「あいよ」
そう一言返事すると、オヤジは黙々と鮨を握り始めた。
にしても四貫も頼むとは……
大の大人でさえ二貫食えば腹が膨れるというのに……
「オヤジ、俺は鮪一つ」
「……」
……あれ?
鮪って書いてあるよな……?
「……お前さん、分かってるじゃないか」
急な無言に思わずたじろぐでいると、オヤジは少し笑みをこぼし俺に向けてそう言い放った。
俺はそれがどんな意味かすぐに理解した。
鮪は身がくどいのがあまり好まれないらしく、よく捨てられるそうだ。
しかし俺はその少しくどい身を酢と山葵を混ぜた醤油で食べるのが好きなのだ。
その事も踏まえると、オヤジの言葉は同士を見つけ、どうしようもない喜びから来た言葉だろう。
俺もその事を嬉しく思い、力強く頷き返す。
ここに来てやはり良かった、心からそう思えたのであった。
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「……ふぅ、もうお腹いっぱいです」
「そりゃ良かった」
追加で三貫も頼んだ時は耳を疑ったけどな。
ただ満足そうで何より。
「けど桜。そんなに食って初鰹は食えるのか?」
「はいっ! 初鰹は別腹ですから!」
そう、なのか……?
しかしその顔は何故か自身に満ち満ちており、否定する方がおかしいような気さえしてくる。
まあ桜がそれで良いなら良いけど。
「んじゃ、さっさと帰って初鰹を別腹に収めますかね」
「はいっ!」
そうして軽快に帰路へとつく二人。
しかし、二人はまだ知る由もない。
この後に、悩ましきあの問題が起こることを――