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壱話 桜

 そこに佇むは人ならざる獣人。

 しかし彼はこの世界の命運を一手に担う勇者であった。

 彼は幾多の試練を越え、ついに世界の破滅を目論む魔王の眼前へと迫っていた。

 目の前の重厚な扉に手をかけ、ゆっくりと開け放つ。


「よくぞ此処ココまで辿り着いたな、世界の守り手よ」

「よく言ってくれるぜ、テメェが世界を壊そうとしなきゃ俺は一般人だったてのによ」

「何を言うか、貴様が守り手として名を挙げたことで、人ならざる者が不当な扱いは受けなくなったであろう?」

「……まあ、そうだけどよ」

「だがな、守り手よ。我が倒されれば人々はまた人ならざる者に牙を剥くぞ?」

「……はっ、そんな訳ないだろ!」

「いや、貴様にも心当たりがあるのだろう? そこで、どうだ? 我と取引をせぬか」

「なに? 俺がそんな馬鹿みたいな話に乗るわけないだろうが」

「いや、貴様は必ず乗る。その証拠に、『アルジサマ』」

「……はい?」

「だから『アルジサマ』だ」

「いや、だからそれの意味が――」


  主  様  (あるじさま) !  !  ! 」



 そこで夢から目を覚ます。

 目の前には桜が満開に咲いたかの様な髪を腰まで伸ばした美少女が、自分の鼻すれすれにいた。

 そして自分を起こすために体を揺らしているその腕には、龍の因子をはっきりと感じさせる鱗がびっしりと生えていた。


「もうお昼ですよ、早く起きて下さい」


 桜――目の前の少女――は呆れた様子で俺を見ていた。

 それもそうだろう。

 確か昨日は桜の忠告を無視して、深夜を過ぎても深酒をしたのだから。

 ああ、思い出したら頭が痛くなってきた。

 今日は確か仕事は無かったはず。

 ならばもう少し寝たいと思うのは、人としてのさがだろう。


「もう、ほら手を貸しますから起きて下さい」


 そう言いながら桜は右手を首裏へ、左手を俺の手に添えてきた。

 その手は冷たくも、人としての温もりを確かに感じるものであった。

 ……だから桜を引っ張り倒したのも仕方ないよね?


「わひゃ?! あ、主様?! ななな何を?!」


 桜は想定外だったからか、いとも容易く体勢を崩し、ぴったりと体同士がくっつく形となった。

 いきなりの状況の変化だったからか、桜は顔を真っ赤に染めてしまった。


「ある、あるじひゃま?! い、いけません、こんな昼間からなんて……」


 なにかわたわたと話していたが、その絶妙な冷たさが心地よく、俺をどんどんと睡魔が支配していった。

 主様あるじさまと聞こえたから、きっと俺を起こそうとしているのだろうが、如何せん抵抗がすくないので俺はまた直ぐに夢の中へと戻っていってしまった。


「あ、あの、本当に昼間から、その、私を……だ、だいて――」

「ぐぅ……ぐぅ……うん、まだのむぞー」

「……」


 バ ッ シ ー ー ー ー ン ! ! ! !


「いっっってぇえぇえええぇえ!!!」



 ●●●



「なあ、悪かったって。何したか分らんけどさ、機嫌直してくれって」


 しかし桜はプイっと顔を背けてしまう。

 桜は何故だか朝からずっとこうなのだ。

 どれくらいかと言うと、朝から頬をぶっ叩かれるくらいだ。


「なあ、なんか欲しいのがあれば買うから、それで機嫌直してくれないか?」

「……主様はそうやって、誰にでも物で機嫌を取るんですね」

「うっ……」


 とても痛いところを突かれてしまった。

 いや、小さい頃から桜を見ているからその癖で……なんて言えば更なる反感を買ってしまうだろう。

 そんなことをしてしまう程、俺は馬鹿じゃない。

 馬鹿じゃないが、今回の原因だけは分からない。


「……すまん。別にそういう訳で言ったんじゃなかったんだ。ほんとに桜の機嫌を損ねるような事をした覚えがないんだ。もし何か気に障るようなことが俺にあるなら、言ってくれ」


 分からなければ、素直に聞けばいい。

 これは俺の人生で学んだ教訓の一つだ。

 それと謝罪の時は、しっかりと目を見ると良いという事も。


「~~~っ!」


 桜は顔を逸らし、少し溜め息をついた。


「はぁ、もう良いです。……その代わり、今日の料理当番を手伝って下さいね」


 ほーらね、俺の教訓通りだ。

 ただまぁ、次からはもっと周りに気を付けるとしよう。

 こうしてまた、俺の教訓に『周りに気を付けないと、嫌われるかもしれない』というのが追加された。


「ほらっ、行きますよ! 主様あるじさま!」

「はいよ、お姫様」

「ちょっ、その変な呼び方はやめて下さい!」


 桜は先程とは一転、笑顔を輝かせて叫ぶ。

 それを見て、教訓どうのこうのを置いて、この笑顔を失うのは嫌だな、と思った。


 ――ああ、それと。

 これから始まるのは、人外達の日常を中心とする、不思議な縁が織り成す心温まる物語、かもしれない。

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