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ナップルジャンキーズ  作者: 黒十二色
第二章 ナップルジャンキーズ
9/11

3 「純正ナップルロケット」

 目が覚めた時、周囲は薄暗かった。私は椅子に括り付けられたままだった。少し霞んでいるものの、眠る直前の風景と同じだ。作戦の第一段階の成功は確認されたことを意味する。私はシゴッツに身体を預けながらも、ロケットを触らせないことに成功した。

 私はチャールトンを呼ぼうとした。しかし、かすれて声が出ない。

 水が飲みたい、トイレにも行きたい、今は何日の何時だろうか。

「あ、そうだ」

 私は目の前にあったパソコンのエンターキーを押した。

 画面がすぐに光を放ち始めた。右上を見ると、時刻が表示されている。十四時二十五分。昼下がりだ。どうやら天気は曇りのようで、昼間にしてはかなり薄暗い。小さな窓から入ってくる光は少なかった。

 日付を確認すると、もう二月になっていた。

「なに? 二日間も眠っていたってことか?」

 だんだんとスッキリしてきた頭で、今できることを考える。

「時間がない。安全装置の解除は……」

 これができないと、ロケットが隕石を避けてしまうし、そもそも離陸に必要なスピードを得られない。しかし、

「ダメか」

 シゴッツが私の眠っている間に、解除作業をしてくれるかと淡い期待を抱いていたが、そんなことはしてくれなかった。

 それから三時間以上が経ち、チャールトンが私のところに来たのは、十七時のことだった。私は、なんとか飢えと渇きに耐え、人間の尊厳も守り抜いていたのだが、拘束が解かれるなり、チャールトンを突き飛ばして叫びながらトイレに駆け込むことになった。

 人間は、我慢を続けると、まともじゃなくなるらしい。

 きっとアリッサも、私の行動に我慢し続けて、おかしくなりそうになったから出て行ったのだろう。

 だけど、アリッサの我慢の日々だって、あと少しで終わる。

 私は、このロケットを飛ばしたら、シゴッツの魂からも解放されて、自由の身になる。そうしたら、私はもう一度アリッサと過ごした家に戻って、アリッサとやり直すんだ。そのために親戚に無理を言って、西東京の家をそのままにしてある。

 いつまでもいつまでも幸せに暮らすために。

 この物語は、ハッピーエンドに向かうのだ。

「ボブズさん。大丈夫っすか?」

「ああ、平気だ。安全装置は、自分の力でなんとかしないといけないようだがな」

「そうですね、うちも確認してみましたが、さっぱりわからない文字が羅列されていて、理解不能でした」

「何? ファイルを開けたのか? 改変していないだろうな」

「もちろん。うちは常識人だからね」

 毎日、冬も夏も同じ服を着ている人間が言っても説得力があまり無かったが、基本的に思慮深く、ボランティア精神に溢れ、指示以外の余計なことをし過ぎない慎重な性格だからこそ、私は彼を信用して呼び出したのだ。私は彼を信じることにした。

「なんとかして、このナップルの複雑で厳重なプログラムを改変しなければならんのだが、どうも順調にいかなかったのは寝不足のせいではないらしい。それなりに、ナップル製品に詳しいつもりだったんだが……さすがはナップルだ。安全を保つための機能については、他の箇所以上に改変を拒むようになっている」

「それなんですけどね、ボブズさん」

「なんだ、チャールトン。何か考えがあるなら言ってみろ」

「うちは、どうしてプログラムの改変にこだわるのか、そこが不思議でならないんですよね」

「どういうことだ」

「すでにガードが固いプログラムがあって、そのガードを崩す手段がないわけです。だったら、それはもう諦めた方がいい。うちはゲームが好きだからゲームっぽい喩えをすると、なんていうか、最強の盾に、『どうのつるぎ』で挑むみたいなもんです。ここは改変に執着せずに、イチから作ればいいんじゃないっすかね」

 驚いた。目からウロコだ。そんな発想はなかった。

 チャールトンは、私と違ってナップルへのこだわりが全くないらしい。

 言われてみれば確かに、幾重にも張り巡らされたプロテクトを破るよりかは、何もないところから自分自身で構築する方が完成の確率が高い気がしてきた。

 でも、出来るのか?

 ナップルの技術の粋を結集した制御ソフトと同等のものを、自分の力で作るなんてこと。それも、一週間足らずで。

「だが、やってみるしかないようだ」



 私は頭を抱えながら一からプログラムを組んでいく。しかし、全く上手くいかない。私は選ばれた者のはずだ。それでも、不可能はあるらしい。諦めるわけにはいかないから、頭と指を必死に動かそうとするけれど、うまく動いてくれなかった。

 打ち込んでは全てを消し、打ち込んでは全てを消し、どっかの河原で石を積むたびに崩されるのを繰り返しているようだ。

 十五時間くらいぶっ通しで試行錯誤してみたものの、安全装置を外すどころかナップルフォンは浮き上がりもしなかった。

 沈黙を続ける私が休憩をとるために部屋を出た時に、チャールトンが私に声を掛けた。

「ボブズさん。こんなん見つけましたよ」

 チャールトンが見せてきたのは、ナップルブックエアーのディスプレイだった。ブラウザ画面に自動翻訳された文が記されていて、そこでナップルOSの改造版がダウンロードできることを示していた。

「これは、大丈夫なのか?」

「ナップルの規約としてはアウトみたいですね」

「そんなことはわかっている。問題は、安全なファイルかどうかだ」

「それはダウンロードしてみないことには、わからないっすね。実は、このファイル8GBあるんですけど、間もなく落とせやす」

 チャールトンは、そう言いながら、ダウンロードを完了し、躊躇なく新たに現れたアイコンをダブルクリックした。

「まあ、安全装置を外したソフトなんだから、安全じゃないのは当然ですよね」

 チャールトンは迷いなくインストール作業を行う。私が言っているのは、ファイルにシステムを破壊するファイルが埋め込まれたりしていないかということだ。ナップルのOSは基本的に安全だと言われているが、新種のウイルス的なものが入っていないとも限らない。同じネットワークに接続している全てのナップル製品が動かなくなったら、ロケットの開発どころではなくなってしまう。

 そして、私の懸念は、現実のものになった。

 ナップルブックエアーの天板にあるナップルマークが赤く光った。

「あれ、動かない」

 チャールトンのナップルブックエアーを覗き込むと、白いテキストボックスが次々と現れては消えていき画面上を埋め尽くしていた。プログラムが一斉に書き換えられていっている感じだ。まるでナップルブックエアーが乗っ取られてしまったかのようだった。私は慌ててナップルブックエアーを強制シャットダウンしようとした。しかし、電源ボタンを押しても消えない。完全な操作不能に陥った。

 それでも私は冷静だった。

これが、どういう症状のものなのかは不明だ。でも、システムに何らかの影響を及ぼすものだということは一瞬で判断できた。私はルーターの電源を落とし、他の端末も全てパワーオフにした。

「危ないところだった」

 と私は言ったが、チャールトンは、

「うちには、そんなに危険ファイルにはみえませんでしたがね……」

「それはどうかな。用心に越したことはないだろう」

「それもそうっすね」

彼のナップルブックエアーのみをネットワークから隔離して確認したところ、ウイルスやスパイウェアの類は見つからず、また、ネットワークを監視しても怪しい動きがない。危機が去ったのか、あるいは、最初から実は危険など無かったのかもしれない。わからないが、ともかく、完全なナップルOSと見比べることで、ナップルOSの一部が書き換えられているのを確認できたのは大きかった。ファイルの異同を比較するアプリによって、分散して配置された安全装置プログラムコードを突き止めることができたのだから。

「この部分、色が変わってるな」

「これが、安全装置部分なんすか?」

「どうやらそのようだ。やってみよう」

 私は、ナップルスケボに改造した違法OSを入れてみて、マシンの挙動を確認した。結果、今までよりも二倍以上重たいものを持ち上げられるようになり、三倍の速度で移動できるようになった。どれだけ速度が出てもブレーキや自動衝突防止機能が働かなくなり、ロケット完成への障害を一つ減らすことができた。

 チャールトンのお手柄である。一瞬、取り返しのつかない事態になったかと思ったが、結果的に、インターネットの海の中から安全装置を外したファイルを拾えたのが決め手になった。

 ただ、本当にこの8GBの違法ファイルに悪意は無いのか疑わしかったので、この怪しいファイルに同梱されていた英語の説明文を見てみたのだが、この作者は発売時から長い時間をかけて、ナップルスケボのリミッターを外した場合の最高速度を知るためだけにリミッターを解除したらしい。そのために、ナップル社にもハッキングを仕掛けたと自慢げに書かれていた。「くれぐれもこの改造OSを悪用するな」とも書いてあったが、それは責任逃れのためのアピールに過ぎないだろう。全くいかれているという他なく、規約違反も甚だしくて憤ろしいが、隕石が落ちてこようとしている今、この名前もわからないナップルジャンキーの悪行が助かる。

 たわけている私は、この犯罪的改造の恩恵を受けて、ついに安全装置を外すことに成功した。これにより重大違反の片棒を担いでしまったわけで、つまりは、ナップルに対する裏切り行為だ。あまりに罪深く、深く恥ずべき悪行だ。

 それでも、今はナップルを裏切ってでも、私はロケットを完成させて隕石を粉々にしなくてはならない。

 安全装置問題が解決して、次に取り掛かったのは火薬作りだ。

 火薬は、ナップルの薬剤を処方する機能を改造して作り出す。ナップルの製薬機能には危険物の大量生産はできないという制約がある。いわば、これも安全装置だ。でも、インターネットの海に落ちていた改造OSは、この安全装置も外されていた。これで危険な薬物がつくり放題。私の権限で逮捕したいほどの最低な行為だ。本当に世の中には悪い奴がいるものだ、だけど今は緊急時。人類存続のために最大限利用させてもらおう。

 しかし、多少寝不足なだけで健康な私が何度も薬剤のもとを取りに行っては、怪しまれるのではないか。そう思った私は、チャールトンに薬を取りに行かせることにした。

 チャールトンは見るからに不健康だ。

 不健康が緑がかったコートを着て歩いてるようなもんだ。

 夜になると多少元気になるが、昼間の彼は、いつもふらふらしていて、いつ倒れてもおかしくないくらいの綱渡り状態なのだった。

 それでも、現状、ナップルショップは昼間しか開いていないのだから彼になんとかしてもらうしかない。私は、少しでも怪しまれないようなプランを彼に提示した。

「チャールトン。これは重要な作戦だ。心して臨めよ」

「えっと、うちが行くんすか? ボブズさんが自分で行けば良いんじゃ……」

「何を言っている。私だと健康すぎてダメだ。それに、一度改造ナップルパッドを持ち込んだ人間としてマークされているかもしれない。だから、チャールトン。君の力が必要なんだ」

「まあ、別に行ってもいいですけど」

「よっしゃ、決まりだ」

 私は親指を立て、ナップルパッドにショップの店内図を表示した。ナップルペンを手にとって、彼に見せながら書き込み、首尾を説明する。

「いいか、チャールトン。新宿ナップルショップ内部の見取り図はこれだ。店員の配置は、まんべんなくあるが、ナップルパッドがあるエリア、それから今の状況を鑑みるに、ナップルシェルターがあるエリアに人員が集中するはずだ。ナップルの薬剤の自動販売装置は、ショップの最深部、ナップルの付属品や今や売れなくなってしまって店の隅に追いやられた先代ナップルフォンの横にある。薬剤をナップルウォッチ二つに満タンに入れたら戻ってこい。それを何度も繰り返すんだ」

「わかりやした」

 無茶な要求を、快諾してくれた。

 彼のおかげで、私のロケット製作は順調だ。

 私の采配通りに事が運んだ。チャールトンは、痩せ細っていて、非常に病的な姿をしている。だから、おそらくナップルショップに「薬のもと」を何度取りに行こうが怪しまれることはなかった。

 隕石が迫っている状況だから、もしかしたら人々は他人のことを気にしている余裕が無いのかもしれない。

 私とチャールトンはロケットに必要な要素を次々に集めていった。時々行き詰まることはあるけれども、作業は順調だった。まるで、人智を超えた何かの力に守られ、こっそり手助けされているかのように。

 私が、ただ一つ気がかりだったのは、やはりナップルを裏切っているということだ。ひどく後ろめたい気持ちでいっぱいになる。

「ボブズさん、うちはコンビニへ行こうと思うんですけど、一緒に行きます? 気分転換に外に出てみるのも良いと思いますよ」

 私が思い悩んでいるのを見て取って、チャールトンが散歩に誘ってくれた。まだ外が明るいにもかかわらず、チャールトンからこのような誘いがあるとは驚きだ。

「夜の眷属である君がそんなことを言うとは思わなかったよ」

 外に出ると、あまりの明るさに目がくらみ、よろめいた。

 私の横で、チャールトンも激しくよろめいた。

 彼はなんとか体制を整えると、メガネを外して、目をこすった。

「それにしてもチャールトン、その格好は、冬は寒そうだな。夏は暑そうだし」

 ここに来てから数日間も、いつもの緑がかった春用のコートで毎日を過ごしている。

「これはうちのユニホームですからね」

「そのようだな」

 外に出た時くらい、隕石のことを忘れて、くだらない会話を繰り広げていたいものだった。

 でも、空を見たら、青空に巨大な岩の塊が浮いていた。ごつごつした形で、月と同じくらいのサイズで、もしもアレが落ちたら、どうなるのだろう。

 これから戦う強大な敵を見て、ゾッとするしかなかった。

 隕石が地球に落ちるまで、あと五日に迫っていた。



 ここ最近のテレビは、予想される被害の話や、避難する場所についての情報ばかりを流すようになった。正直まったくつまらない番組ばかりになったが、無理もない。これが正しいことだってのは、私にも理解できる。

 落下予想地点は太平洋で、落ちるコースまで丁寧に解説してくれる。それによって発生する津波や衝撃波が想像を絶する規模になることを毎日のように告げている。

 この世界規模の大災害を止めたら、ボブズという名が永遠に刻まれることだろう。私が死んだあとに銅像が建てられて、酸性雨に溶かされたり、いかれた学生に落書きされたりするんだろう。

 私は人類の命を守るとともに、人類のテクノロジーも守り抜く。アリッサのために。未来の全ての子供達のために。

 夜になって、私は一人で廃工場を出た。

「チャールトン、ちょっと留守番を頼む」

「あい、わかりやした」

 チャールトンは、視線をオンラインゲーム画面に釘付けにしながら生返事をした。

 ギギギと音のなる重たい鉄扉をこじ開けて外に出た。街灯と月明かりが、アスファルトに引かれた白線を照らしていた。私の目には、この道が、もはやロケットのための滑走路にしか見えない。

 見上げると、隕石が満月よりも大きくなっているのが見えた。いよいよ抜き差しならない状況だ。

 私は携帯を取り出し、アリッサに電話をした。

 もしかしたら、後押しが欲しかったのかもしれない。実は、ロケットが隕石落下の当日までに完成するかどうかギリギリだ。ろくにテストをする暇もなくて、ぶっつけ本番になると思う。

 強く言葉にして誰かに宣言して、逃げたくなる自分に鞭を入れたい。その誰かがアリッサだったら、きっと私は、宇宙で一番、誰よりも頑張れる男になる。

 電話を耳に当てる時代は終わった。電話をするには、今やナップルウォッチだけで十分だ。しかも、音を拾う精度や耳元に飛ばす機能も格段に上がっているため、一度電話アプリを起動すれば、特に何の操作をしなくても、話すことができる。

 三回コール音が鳴った。五回、八回、十二回。繋がらない。

 これまでも、何度かけても出なかった。隕石が近づいている今なら、出て行った彼女の声が聴けるかと思ったけれど、そんなにうまい話はなかった。

『こちらは、留守番電話サービスです。ピーっという音の後に、メッセージをお願いします』

 それでも、伝えたい。伝えなきゃいけない。

 隕石に怯えているかもしれないアリッサに、大丈夫だよって言ってやりたい。

 私は空を見上げながら、彼女の留守電にメッセージを吹き込む。

「アリッサ、私だ。ボブズだ。本当なら、こんな大変な時に、君と一緒に居たかった。でも、私には大事な仕事があるから、今すぐ君のところへ行きたいけれど、それはできない。もう機械を買わないってアリッサと約束した。その約束を守れなかった私だ、こんなことを言える立場じゃないってのは、わかってる。だけど、アリッサ、一つだけ、君に伝えたいことがあるんだ」

 私は急な坂道を自分の足で登りながら、アリッサへのメッセージを吹き込み続ける。

 ふと、頭上を見上げると、一筋の薄紫の光の紐が見えた。不思議な現象だ。オーロラ色の帯が上空に弧を描いている。とはいえ、オーロラのようにカーテン状に揺らめいているわけではない。水に浮かんだ糸のように揺らいでいる。

 私は見とれて、足を止めた。

 最高に神秘的な現象を目の当たりにして、私の心は震えていた。思わず涙が出た。これは、多分、いわゆる瑞兆ってやつだ。めでたいことが起こる時に現れるグッドな気象現象に違いない。

「アリッサ、もしも、今、このメッセージを聴いていたら、頭の上を見るんだ、アリッサ。あるのは隕石だけじゃない。この世のものとは思えない、言葉にならない綺麗さだ。この風景を、町のみんなが避難も仕事も中断して見上げるであろうこの風景を、アリッサ、君と分かち合いたかった」

 私は、再び歩き出す。ゆっくりと、一歩一歩、アスファルトを踏みしめる。この辺りでは、空に一番近い場所、坂の頂上を目指して行く。

 車道の白線に飛び乗って、落ちないように、はみ出さないように、ふらふらと。子供の頃、アリッサと一緒に笑いながら歩いた道を、今は一人で歩いて行く。昔は足が短くて届かなかった距離の線の切れ目も、軽いジャンプで届くようになっていた。

「愛しているよ、アリッサ。私は、隕石が落ちる日に、君のためにロケットを飛ばす。私が作ったロケットだ。私のロケットで、隕石を打ち砕く。私の手で地球を救ってみせる」

 こうしている間にも、隕石は近づいている。

地球と月との間に割り込んで、月を完全に隠してしまった。 

「アリッサ、どうか見ていてくれ。そして安心して待っていてくれ。今度こそ約束する。地球を救ったら、すぐに元の私に戻って、君のところへ迎えに行くから」

 私はポケットから二台のナップルフォンを取り出した。ナップルフォンを地面に置いて、足を乗せると、二つの端末は、ふわりと空中に浮き上がった。

 安全装置を外したナップルスケートで、誰もいない町の坂を高速で滑り降りて行く。爽快で、恐怖を通り越して気持ち良くなるような猛スピードだ。きっと人類がこのスリルを手に入れたら、残念ながら二度と手放せないことだろう。



 夢を見た。

「ボブズ、ボブズ」

 語りかける声には、覚えがあった。

 男の声は、魅力的で、人を惹きつける力強さがあった。

 私は、むかし初めて彼を見たとき、彼の大げさな身振りや、宣伝っぽい言葉選びに、不快感を覚えた。私は彼が嫌いだった。

 新しい端末が発売されるたびに出てきて、なんだか大げさな宣伝をかまして皆から喝采を浴びるのが、気持ち悪いとさえ思っていた。

 今は尊敬している。あの頃の私は、子供だった。わかっていなかった。真実を見ようとしていなかった。

「ボブズ」

 私の名を呼び続ける男の名はシゴッツ。紆余曲折の果てにナップルを育て上げた伝説の男だ。

 真っ白な壁を背景に、光をまとったシゴッツの姿が浮かび上がっている。

「ボブズ」

「な、何でしょうか」

 彼の呼びかけに、私はようやく応答したが、彼の目を見て話せなかった。

 丸い眼鏡の奥の澄んだ瞳が、今の私には眩しすぎる。

「どうした、ボブズ。そんなにかしこまって」

「シゴッツ、すみません。私は、規約違反を犯しました。ナップル製品を分解し、しかも、それどころか、ひどいことに、安全装置を取り去る魔改造までしてしまいました」

 シゴッツは、自分の口ひげに触りながら、少し考え込んだ顔をした後、納得したように深くうなづいた。

 夢の中の私は、何とか彼に許してもらおうと、必死に謝罪を繰り返す。

「本当に、申し訳ない気持ちです。度重なるナップルへの裏切りで、私はあなたに合わせる顔がない」

 しかし、シゴッツはそんな私に笑顔を向けてきた。

「ボブズ、謝ることはない。君は正しい道を歩んでいるんだ。確かに、君のロケットはナップルの規約違反に当たる。でも、そのロケットに搭載されているものは何だ。それはボブズ、君が吹き込んだナップルの精神だ。人々の生活を守り、あらゆる技術を飲み込んだ上で発想を変え、人類の新しい道を豪快に切り開いていく精神は、まさにナップルの理念そのものだ」

「シゴッツ……」

 そして私の肩はシゴッツに掴まれる。

 勇気付けるように、揺すられる。

「ボブズ、よくきけ」

「は、はい」

「君のロケットはナップル純正品だ」

「純正品?」

「ああ、ナップルロケットと名付けよう」

 私が目をさますと、目の前にロケットがあった。

 どうやら、ロケットから伸びるコードを掴んだまま眠ってしまったらしい。

「シゴッツ、ありがとう」

 ほどなくして、私はナップル純正のナップルロケットを組み立て終えた。




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