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ナップルジャンキーズ  作者: 黒十二色
第一章 ナップルジャンキー
5/11

5 「抵抗」

 絶対に買わない。

 私はもう、絶対に買わない。アリッサのためにも、私の貯金のためにも、絶対にナップル製品を無駄に買ったりしない。私はしっかりと心に誓った。

 アリッサに怪しまれないように、自分で自分を縛ることもしない。

 私が選んだ対処法は、夜に眠らないことだった。

 栄養ドリンク、紅茶やコーヒー、自分の頬をつねる用の洗濯バサミやダブルクリップ、徹夜に必要と思われるものを全て用意して、ベッドに絶対に入らないことにした。

 アリッサからは不審がられたが、論文の提出期限が近いのだ、などと嘘をこいて、自分で自分を見張る毎日に突入した。

 思い返してみれば、十代の頃は、徹夜なんて楽勝だったな。

 もうそんなに若くない私には、徹夜はとてもこたえるけれど、ナップル製品が増える謎を解いて、平穏な日々に戻るまで、私の戦いは続くのだ。

 やがて数日して、アリッサの不審そうな目は、純粋に私を心配する目になっていった。しきりに私に対して、「眠ったら?」「眠った方がいいよ」「やばいよ」「死ぬよ」「本当に大丈夫?」「一緒に寝よう?」などと言ってくる。だが眠れない。休めない。こいつはアリッサの顔をした悪魔の化身か何かだから騙されてはいけない。私はそう自分に言い聞かせて、連続ギネス徹夜記録みたいなものに挑む人間か、超越者を目指す修行僧のように血走った目を開き続けた。

 とはいえ、全く眠らないというのは人間である以上無理な話なので、通勤通学の電車の中、それから授業やバイトの合間に睡眠をとる。快眠というわけにはいかないが、一日に三時間くらいは眠ることができた。

 休日でずっと家にいる時が最も苦痛なので、日曜日も学校に出る日々が多くなった。そういう意味で幸いだったのは、六月に祝日がほとんど無かったことだ。同時に休日をアリッサと一緒に過ごすことが少なくなってしまったが、謎を解くまでの辛抱だと自分に言い聞かせて、必死に、必死に耐え続けた。

 私は驚異の精神力で粘りを見せ、自宅では一切の居眠りもしなかった。

 考えるに、危険なのは、ナップルウォッチだ。

 先日、監視録画していた動画の中で、ベッドから這い出て動き出した私は、何よりも先にナップルウォッチが入ったスーツケースに向かった。そして手慣れた手つきで腕に巻きつけていた。

 要するに、自宅のナップルウォッチと遠い場所で眠れば危険度は低いのではないかというのが、今の私の仮説なのだった。

 私が寝不足の期間中、仕事を手伝ってくれたのは、いつも同じ服を着ているチャールトンだった。私の仕事は、大学生に勉強のやり方を教えてやるのが役割の一つなのだが、その部分は、優秀なチャールトンにも出来ることだった。さすがに事務作業は高度な個人情報を扱うので誰にも任せるわけにはいかないけれど、チャールトンのボランティアともいうべき手助けは非常に助かった。

 チャールトンが言うには、

「うちは遊んでるだけっすから」

 だとか、

「金をもらってやる仕事は、真の仕事とは呼べない。よく覚えておけ、報酬をもらった途端に、うちは瞬く間にやる気をなくすぞ」

 とか言って、遊びながら手伝ってくれた。

 ところで、研究室には何人か常連がいて、その中には、勉強する部屋のはずなのに息抜きや遊びに使うチャールトンのような輩がいるのだが、もう一人、スティッキーという人物も、その同類に当たる。

 彼は、大学三年であり、一浪しているから二十二歳なのだが、もう三十歳くらいかっていうくらいに老けて見える。かつて、大学に入る前に社会に出て、普通にブラック企業で働いていたというから、多分、その仕事のストレスで老けたのだろう。

 ある日、私が研究室を開けると、スティッキーとチャールトンが続けざまに入って来た。

 チャールトンは、自分の携帯端末について、スティッキーに相談していた。

「うちが新しいゲームをインストールしようと思ったら、この端末には対応していないって出たんだよね。それに、いつもやってるゲームでもスペックが足りないらしくて、ちょっとカクカクしちゃってるんだよね」

「へえ、そうなんすか。ボクの携帯だと、あんまり、そういう話って聞かないっすね。そう、ナップルフォン7プラスならね」

「ううむ、じゃあ機種変更するとしたら、ナップルフォンの方がいいのか」

 チャールトンは、そう言って、携帯のゲーム画面に目を落とした。

「さあ、ナップルフォン以外知らないっすけど、ナップルフォンは、まじ良いっすよ。辞書アプリ充実してますし。ナップルフォンはめっちゃ快適っす」

 そりゃあそうだろう。スティッキーの持っているのは、ナップルフォンでも最新機種だ。出来ないことなんて何も無いくらいに快適で、その便利さと言ったら、ほとんど魔法と言っても差し支えないのだから。

 しかし、最新機種であるならば、ナップル以外の端末でも同じように快適なものだ。私の携帯だって快適そのものだ。つまり、逆に言うと、たとえナップルであっても古い機種は対応するアプリが少なくなって、自然とダウンロードできないゲームが出てくるということである。これは、私が先日復活させようとした化石のようなあの物体、半球に画面がくっついた置物デスクトップを使えるようにしようとして痛感したことだ。時間が過ぎれば、サポートも切れるというもの。次々に新しい技術が生み出され、昨日の最新を時代遅れにしてゆく。そういう落ち着かない世界に、私たちは生きているのだ。

 さて、チャールトンが自分の携帯を凝視し始め、ゲームの世界に完全に旅立ったところで、スティッキーが私に話しかけて来た。

「そういえばボブズさん、聞いてくださいよぉ」

「どうかしたのか、スティッキー」

「ボクが前の職場でもらったサーヘスが、こうなっちゃいました」

 スティッキーが取り出した十インチのタブレットは、画面に激しいヒビが何本も入っていた。

「おぉ、こいつはひどいね」

「そうなんすよ。知り合いに喫茶店で落とされて」

 ひどくバッキバキだった。

 彼の所持するサーヘス2プロは、ウィンナーズのOSが入っている高性能タブレットである。小さな黒い板に全てを詰め込みましたという感じで、タッチパネルを搭載し、圧倒的な処理速度で仕事をこなすことができる。特筆すべきは、あの薄い板に音を立てるものがほとんど入っていないからこその静音性。まるでそこに機械がないみたいに静かなのだ。スティッキーの持っているサーヘス2は五年くらい前の古い機種だが、それでもそんじょそこらの低価格パソコンでは太刀打ちできない性能を持っている。

 ナップル製品でサーヘスに対抗しうるものは、同じような特徴を持つナップルパッドだが、仕事に使うというのなら、サーヘスの方がやりやすい。なぜなら周囲とのデータのやり取りのしやすさから考えれば、ウィンナーズが入っているサーヘスの方が良い。ナップルは独自路線を歩む傾向が強いため、現在の日本において業務で使うには向かない。けれど、ナップル製品の画面の精細さと色の鮮やかさは、絵を描いたり写真や動画を鑑賞する時に世界最高の力を発揮する。

 問題は、どちらも高価であるということだ。

 特にサーヘスの場合だと、最新で最高のものは、四十万円以上する。中古パソコンが何台買えるだろうね。その点、ナップルパッドプロは高くても十万ほどと安い。

 十万円で安いというのは金銭感覚が狂ってしまっているような気がしないでもないが、サーヘスと比べると手が出しやすいのは確かだ。

 もっとも、これはサーヘスが全部入りなのに対して、ナップルパッドがタブレットとしての機能に限定特化して設計されているからだから、単純に比較することはできないのが実情だ。実を言うと、サーヘスと同じ価格帯で勝負しているものは他にあって、それが、かの有名なナップルブックプロという商品である。こちらは画面の美しさや、操作のしやすさなどにこだわっているため、非常にハイスペックなのだ。これで画面がタッチパネルで同じ価格だったらナップルブックも悪くないと思うのだが、しかし、画面にタッチパネル機能がないのは、ナップルパッドとナップルブックプロ双方に魅力を持たせるためなのではないかと思う。

 スティッキーは、知り合いとやらにサーヘスを直してもらう約束をしていることを語り、その後、なんてことはない世間話に入っていった。

 アメリカの大統領がトランプになったヤバイだとか、有名な人が暗殺されたヤバイだとか、有名な企業の経営が傾いてヤバイことだとか、自分たちでは到底どうしようもない大きなことを話した後、それぞれが授業や論文の準備を始めたので、やっと研究室らしいくそ真面目な空間が広がっていった。

 私は、そんなタイミングで、どうやら眠りについたらしい。意識を失った。



 気がつけば、私は新宿のドドバシカメラ近くの路上にいた。時刻は午後一時半。一時間の昼休み中だった。

 右手に重みを感じて、見てみると、青い紙袋があった。青と白で「高く買える、安く売れる」といったことが大きく書かれていて、この紙袋の故郷が大手の中古パソコンショップであることがわかる。袋の中の箱には、ゴシック体のローマ字で「Napple book air」という字が書いてあるのが見える。「air」の部分だけ細字になっている。この箱の文字が正しければ、ノートパソコンを買っちまったということだ。

 ああ、やってしまったと私は思った。

 だけど今、私の両腕にはナップルウォッチは付いていない。ならば何故、この現象が起こってしまったのか。ナップルウォッチさえ装備しなければ、狂ったようにナップル製品を買い漁ることは無いと思っていたのに、何なんだこれは。

「一体、いくらしたんだ」

 呟き、確認を試みる。ナップルブックエアーは、ナップルブックプロとは違って安価なものの、新品だったら安くても十万円近い商品だ。

 財布にはレシートは無く、代わりに、銀行からの引き落とし金額が書かれた紙が出てきた。貯金から三万五千円が引かれた証明書。この金額なら中古製品だろう。引き出された時刻は午後の一時二十五分。ついさっきだ。知らない間に大金をおろして、ナップルブックエアーを買ってしまった。

 私は心を暗黒に包まれながらも、状況を把握しようとする。

 異常はすぐに見つかった。携帯を取り出すと、自分のじゃなかった。

「なんだこれ、スティッキーのじゃあないか」

 私が本来持っているはずの真新しい携帯端末は、ナップル製じゃなかった。でも、手の中にあるのは、あろうことか後輩のナップルフォンだ。

 もう、ナップルウォッチなんか無くても、仕事中のわずかな休み時間でも、私はナップル収集をしてしまう体になってしまったらしい。

「とにかく、研究室に帰らないと」

 何が起きたのかを把握するために、急いで帰ることにした。

 歩き出そうとした瞬間、外国人に呼び止められた。東洋系で、どうも英語圏の人では無いようで、かえって聞き取りやすかったのだが、

「エクスキューズミー、ドゥユーノウ、スターボックス?」

 いきなり喫茶店のスターボックスの場所をたずねられたのは、ナップルブックエアーを所持している特殊効果か何かなのだろうか。

 スタボの場所を調べることは、大した手間じゃない。けれど、この時の私は急いでいたし、いくら人助けとはいえ、他人の携帯を勝手に使って道案内するなど正義に反すると思ったから、「ソーリー、アイドンノウ」と返した。外国人は「オーケー、オーケー、センキュー」といって離れていった。

 私は、地下鉄に乗り込んで、妙な焦りを抱えながら、学校へと戻った。

「ボブズさん、どうしたんすか、急に」

 研究室に着くなり、そう話しかけてきたのはスティッキーだった。

「どうしたんだろうな。よくわからん」

「どこに行ってたんですか」

「新宿にいた」

「それ、ゾフマップの袋ですよね。フィギュアとか、ゲームとか、中古パソコンとか売ってる。何か買ったんすか?」

「……スティッキー、私は一体、何をしたんだ」

 するとスティッキーは、不思議そうに首をかしげたのち、私の一時間くらい前の行動について、語ってくれた。

「えっとですねぇ、ボブズさんが、ボクにナップルフォンを貸してくれって言ってきたんですよ。何でですかって聞いたら、悪いようにはしないって言って、ボクはボブズさんのことを信用してるので、貸したんですけど、ボブズさんは借りるなりダッシュで外に出て行っちゃったんですよね。お礼も言われなかったので、ちょっとショックでした」

「そうか、それは申し訳なかった」

「それで、何を買ってきたんですか?」

「ナップルブックエアーだ」

「えぇっ、それやばいんじゃないっすか。高いんじゃ……」

「三万五千円だったようだ」

「へえ、意外と安いっすね」

「中古だからな」

 スティッキーと、そんな会話を繰り広げていたところ、チャールトンがナップルブックエアーに興味を示した。箱を開けていいかどうかの許可を求めてこちらを見ている。

 私は、ナップルブックエアーを買ってしまったものの、そこまで思い入れがあるわけではなく、むしろ憎しみに近い感情を抱くくらいだし、まして中古。自分で開封したいというこだわりは全く無かった。

「開けていいぞ、チャールトン」

「いいんすか、じゃあ」

 チャールトンは箱を開けて中から驚きの薄さのノートパソコンを取り出した。厚さ僅か一センチほどだ。画面サイズは大学ノートのサイズよりも一回りか二回りくらい大きいもので、アルミの輝きが高級感を放っていた。

 起動すると、「ジャーン」という大音量の音色とともに画面が立ち上がり、ゴツゴツした岩山の背景が表示された。どうやらすでに初期設定などは済んでいるようだ。

 ナップルブックエアーは起動している時に、天板のナップルマークが光る仕様になっている。パソコン背面で月光のように微かに輝くナップルマークは、とても優しく感じられた。

 美しいフォルムのアルミボディは、野性的でありながら包み込むような優しさと未来感を感じさせる。肌触りも滑らかで、しっとりと冷たい感触だった。

 私は、なぜこれを買ってしまったのだろう。確かに新たなパソコンの購入は検討していた。けれど、それはウィンナーズ搭載パソコンであって、ナップルブックなど眼中になかった。なのに、どうしてここにナップルブックエアーがあるのだろう。

 意識のない状態で高級品を買い求めてしまうなんて、こんな恐ろしい話があるだろうか。

 私は一体何のために、ナップル製品を収集させられているんだろう。



 だが、ナップルブックエアーを使ってみた感想を言えば、とても使い心地が良かったと言う他ない。

 ナップルブックの素晴らしさは、操作にストレスを感じないことだろう。まるで自分のために設計されたマシンなのではないかという錯覚すら覚えるほどの使いやすさだ。しかも、機体もOSも常に進化し続けていて、使い手の快適な操作性を徹底的に追求して編み出され続ける。新製品が出るたびに新しい操作法を与えられ、ユーザーの胸に感動を湧き起こさせる。

 一つ例を挙げるならば、ナップルブックシリーズのキーボード手前に設置されたタッチパッド。こいつはトラックパッドという特別な名称なのだが、この操作性と精度が比べようもないほど素晴らしい。感知すべき指を感知し、感知すべきでないものを感知しない。誤操作を当たり前のように予防する。二本指以上で正確なの操作に対応し、ページのスクロールや、アプリの切り替えや、一瞬でのデスクトップ表示など、様々な状況に応えてくれ、思いのまま動かせる。タブレットであるナップルパッドと名称こそ似ているものの、ナップルパッドとは違って画面を触る必要がないので、画面が手脂で汚れない。タブレットとは違った良さが魅力である。これさえあればゲームでもしない限りマウスなんかいらない。

 ここでナップルと比較して、ウィンナーズの欠点を敢えて挙げるならば、多くのウィンナーズ搭載機が、マウスを使うことに甘えてタッチパッドの精度をさほど重視していないということ。ウィンナーズ搭載PCで文字を打ち込んでいると、うっかりタッチパッドに触れてしまい、誤操作でカーソルが変なところに吹っ飛んでいく。ウィンナーズ搭載機でも設定をいじればこの問題は何とかなることも多いし、改善されている機種もある。複数の指での操作に変更する設定も可能だけれども、ナップルは設定を変える必要もなく質の高い操作性を与えてくれるのだ。パッドでの操作という意味ではナップルの圧勝だろう。ウィンナーズのものでもナップルに近づけた操作感のタッチパッドを出している台湾の企業などもあるにはあるが、ウィンナーズ搭載機の中でもほんの一握りであるし、細かいことを言うようだが、スクロールの際の画像の動きのなめらかさは、ナップルには遠く及ばない。

 それともう一つ、ナップルのパソコンを使ってみて、私が衝撃を受けたことがある。それは、ライブ変換という機能である。文字を打ち込み終わった時にはもう、変換がされている。

 実はウィンナーズでも別途でソフトを入れれば似た機能を搭載できなくはないらしいのだが、高価だし、ナップルブックのようなライブ感は無い。

 あえて難を言えば、ナップルのライブ変換は日常の文章を打つ分には非の打ち所がない正確さを持っているのだが、専門用語などが混じる学術論文を書こうとする時には、途端にお馬鹿になってしまうことだ。いちいち辞書登録をして予測変換を育て上げて行かねばならず、これは膨大な時間を費やさねばならないので、論文用途だったら、いっそライブ変換機能をオフにしてしまった方が良いだろう。

 さらにナップルウォッチの利点を言えば、実はウィンナーズを標準搭載した機体の中にナップルのOSを入れることはできないのだが、逆にナップルの機体の中に、ウィンナーズOSを入れることは可能なのだ。導入の際にはナップルの本体とは別にウィンナーズOSを別途用意しなければならないが、ナップルとウィンナーズの両方の環境を合法的に一つのパソコンに同居させることができるのは、現在のところナップルのパソコンだけなのである。

 手のひらをグルリと返すようではあるが、しかし、何よりもナップル製品の操作性は褒めなくてはならない。ほとんどマジックと言わされざるを得ない。

 ところで、突然だが、ここまではナップルが誇るノートパソコンの話をしていたが、続いてタブレットの話に移ろう。

 ナップルパッドの最上位版は、別売りの専用のペンが使えるモデルであり、ほぼ十三インチの高精細ディスプレイと高性能タッチパネルが付いている。タブレットとしては巨大なものだが、こちらも快適そのものである。特に、ペン入力が素晴らしい。筆圧感知機能が搭載されていて、絵を描く人間にとっては非常に細かい入力が可能だ。ペンは、やや高価すぎると思うけれども、その紙に描くような質感には、テクノロジーはここまで来たかと感動させられる。アリッサが現在持っているのは、ナップルパッドでも第三世代のものであって、かなり古い。だから、このナップルパッドプロをペン付きで持って帰ったら、美大生のアリッサのことだ、きっと喜ぶだろう。

 どうして急に最上位版のナップルパッドプロの話を始めたかと言うと、どうやら帰りの電車で眠った時に、また知らぬ間に買ってしまったらしい。

 しかも、今度は新品で。十万円くらい使って。

 ひどすぎる。

 悪い買い物ではないけれど、何で今買わねばならないのか。

 もういい加減にしてほしい。

 地下鉄の車窓に映る自分に向かって、心の中で、わめく。

 一体誰なんだ!

 私の中にいるんだろう?

 私を操ってナップル製品を買い漁っているんだろう?

 出てこい!

 正々堂々と私と話せ!

 しかし、私の中から別の誰かが出てくることはなかった。

 ため息だけが、漏れた。




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