4 「犯人」
世の中には、いろいろな派閥がある。
チョコレート菓子で言えば、きのこの森派か、たけのこの林派か。だとか、パソコンで言えばナップル派か、ウィンナーズ派か。犬か猫のどっちが好きかなんていう話もある。
アリッサは、きのこ派であり、ナップル派であり、犬派である。
私は、たけのこ派であり、ウィンナーズ派であり、猫派である。
実は相性最悪の二人なんじゃないかと考えたことはあるけれど、互いにないものを補える関係というのも、理想の一つなのではないかと自分に言い聞かせたい。
夕方に帰ってきたアリッサは、友人に対する愚痴と私に対するイヤミを延々と語り続け、話し疲れたら二時間くらい風呂を占拠して半身浴なんぞをしてリラックスし、私にも風呂をすすめてきた。
私が数分で入浴を済ませて戻ると、アリッサは、今日もコーヒーを飲みながら、ビーズソファに腰を沈ませ、自分のナップルフォンを操作している。覗き込んでみたところ、何やらショッピングアプリを閲覧しているようだった。
買った記憶のない機械たち。私のもとには残っていない購入履歴。パソコンを知らないかのような賢くない買い物。
私は私のアリッサを信じたい。しかし、アリッサへの疑念は、急速に強まっていくのだった。
しかし、今日は機械が増えていない。そう考えると、やはり犯人は私なのだろうか。と、そう考えた時だった。インターホンが鳴り響き、ドアの向こうから私の名を呼んだ。
何だろうかと出てみると、宅配便だった。頼んだ記憶はない。茶色いダンボールを受け取ると、ずしりと重く、一体どんなものが入っているというのだろう。
「開けてみるか」
おそるおそる、私はガムテープを剥がした。中から出てきたのは、
「トースター?」
主にパン等を焼いて温めるために使われる機械である。
機械……。
パソコンではないが、これは機械だ。
しかも、トースターは、既に我が家にあるものだ。何年も使っていて、ひどく汚れてはいるけれど、まだまだ現役だ。
私は勢いよく立ち上がり、トースターを抱えながらアリッサを見下ろした。
「アリッサ、こんなものが送られてきたんだが」
すると、アリッサはびっくりしたようで、体を弾ませ、
「何で勝手に開けてるの?」
などとキレ気味に言ってきた。
「何でって……これはボブズ様あてだ。私の名前で届いたものなんだ、私が中身を確かめるのは普通のことだろう」
「ありえない! わたしに聞くのが普通でしょ」
どうしてアリッサが怒っているのか。ひょっとして何か後ろ暗いことがあるからではないか。
「アリッサ、正直に言ってくれ。これは誰の金で買ったんだ?」
「何? わたしを疑っているの? それはあんまりな話よ、ボブズ」
「いいから。誰の金で買ったトースターだ」
さすがのアリッサも、言いづらそうに目を逸らしながら、
「そんなの、あなたのお金よ」
つぶやくように、そう言った。
私は怒りを通り越して呆れてしまって、落胆の溜息を吐かざるをえない。
「だったら、まず私に一言断ってからというのが、筋というものだろう」
「でも……でも、二人で使うものなんだから良いでしょ。それに、あなたばっかり最近いろんなものを買って、羨ましくなったのよ」
本当にそうだろうか。近頃増えたナップルの色んなものは、本当に私が買ったのだろうか。実はアリッサが犯人なんじゃないだろうか。
「聞いてボブズ。仕方なかったの。ネットショッピングが最近お得なキャンペーンを始めて、毎月ポイントが入るの。でも、そのポイントは、たったの一ヶ月くらいでアッという間に消えちゃうやつなの。だから使わないとモッタイナイでしょ」
「アリッサ、君を縛らせてくれ」
「はあ?」
今度はアリッサが怒りを通り越して呆れたように声を出す。
しかし、だからといって今回はアリッサの思い通りにはさせてやらないことにした。
「なあ、アリッサ。これは、私が何かを買わなくても機械が増えたってことだよな。じゃあ誰を縛ればよかったんだ?」
「ありえない!」
私は抵抗するアリッサを無理矢理にベッドに繋いでしまった。一連の事件の容疑者として。私の頭は、寝不足でおかしくなっていたのかもしれない。
「やめて! やめてよボブズ!」
「静かにしろぉ!」
抵抗するアリッサに、やや無理矢理に手錠をかけた。アリッサは、しばらく怒りと呪いの混じったどす黒い言葉を撒き散らしていたが、やがておとなしくなり、ぐすんぐすんと泣き始めた。
「泣いたからと言って許されるものではないぞ」
とはいえ私は、アリッサほど鬼ではなかった。トイレに行きたいと言われば行かせるし、水を飲みたいと言われれば飲ましてやる。最低限の人権は守ってやる。ベッドに手錠で繋ぎ止めている時点で、そういう権利を踏みにじっている気がしないでもないが、アリッサは勝手に私の稼いだ金を使って買い物をしたのだ。トースターを勝手に買っただけでも、縛るに値する罪だろう。
罪に対する罰と、再発防止を目的とした緊縛ならば、人間の心情として許されるのではないか。
「よし。今日は、ぐっすり眠れそうだ」
昨晩寝ていない私だ。アリッサの隣で目を閉じると、あっという間に眠りに落ちた。
アリッサは近所の幼馴染みだ。
小学校時代、アリッサが馬鹿にされたからという理由で、貧弱な私は勇気を振り絞り、上級生に挑みかかったことがあった。
子どものころの、よくある、くだらない話。
夕焼けに染まる放課後、
「おい見ろよ! ボブズとドブスが一緒に帰ってるぞ」
などと、アリッサの男友達がふざけた声を上げながら追い抜いていった。
ドブスとは何事か。アリッサはドブスではない。そういう理由で私は怒ったのだ。
けれど、今になって思えば、その怒りってのは、誰のためだったのだろう。
アリッサのために怒ったのかと言われると、正直疑わしい。私は昔からアリッサのことが好きだったから、いつもアリッサの美術クラブの活動が終るのを待っていた。ドアに寄りかかりながらずっと待っていて、毎日のように一緒に帰ることが私の最大のよろこびだった。
なのに、アリッサと同い年の男たちは、アリッサに向かって「ドブス」などと言った。湧き立った。私の幸福に水を差されたのが許せなかった。
生まれて初めて上級生に殴りかかった。
――馬鹿な男どもにはやし立てられてアリッサが恥ずかしい思いをしたら、アリッサと一緒に帰れなくなるのではないか。ボブズという名前の私と一緒にいたら、アリッサがドブス扱いされ続けるんじゃないか。
――私が好きになったのは、アリッサという近所の可愛らしいお姉さんであって、ドブスではない。私が可愛くない女を好きになったと認めるわけにはいかないから、「ドブス」という呪われた言葉を撤回させたかった。
――アリッサを守れるくらいに強いんだってところを、アリッサに見せつけたかった。
たぶん、そういう理由だ。決してアリッサのためじゃない。私の初めての目上への反抗は、男たちの面と向かっての悪口が、私への侮辱だと受け取ったからこそ生まれたのだ。
私の渾身の一撃は回避され、「やんのかこら」とか「先に手を出したのはお前だぞ」だとか、「顔はやめとけ、ボディを狙うんだよ」などといった声が上がるなか、私は袋だたきにされた。
結局、ぼろぼろに負けて、夜空を見上げながら泣きわめき、抱きしめてくれるアリッサにすがりつくしかできなかった。
「悔しい。勝てなかった。悔しい」
「別に、わたしは気にしてないから、戦うことなんかなかったのに」
「でも……でも……」
「殴り合いで勝ったからって、わたしが可愛いっていう証明になるの?」
アリッサは冷静だったけれど、私は、悔しさと怒りでどうにかなりそうだった。
「だって、だって、アリッサはブスじゃないのに」
「はいはい、ありがとう」
あまり感謝のこもっていないアリッサの声。あの頃、私は見事に子ども扱いされていたのだ。
「それにね、ボブズ。かなわなかったからって、ボブズが悪いわけじゃないよ。相手は三人の上級生でしょ、どう考えても、ボブズが絶対に勝てない相手だったから、仕方ないよ」
優しげな慰めの言葉で、私はさらに傷ついた。それで一度はおさまった涙が、また流れ出した。
「ボブズ、そんなに泣かないで。強い力には、誰も逆らえないんだよ」
誰にも馬鹿にされない強い力が欲しいと心から思った。
そんな、至極くだらない昔話。
それにしても、やはり私は疲れているのだろうか。こんなセピア色の思い出を夢に見てしまうとは。
アリッサは私とは違い、手錠で動きを封じられながらもグッスリ眠ることができるようだった。どんな状況でも眠れる才能を持っている。つまり彼女は、野生動物感を失っていない人間なのだ。
私はアリッサよりも早く起きて、朝食の準備をする。ご機嫌とりも兼ねて、アリッサの好きなハムエッグでも作ってやることにしよう。
窓の外、見上げた空は青空で、実に清々しい気分に満たされた朝だったのだが……。
……ナップル製品が、増えていた。
テレビを付けようと思ってリモコンを手に取ると、普段とは違った重さだった。とても軽い。
手の中にあったのは見慣れないリモコンだった。小さくて、手のひらに収まる。そして、通常のテレビのリモコンよりもボタンが少ない。何のリモコンだろうかと恐ろしがりながら周囲を見渡すと、新聞紙を広げたサイズくらいのテレビの右下に、見慣れない物体があった。角が丸い、四角い箱。きらめくナップルマーク。
あの小さな形をしたパソコンもナップルは販売しているが、これは、同じような形だけれど、パソコンでは決してなかった。
テレビに繋ぐと、地デジやBS以外も見られるようになるという、その名も、ナップルTV。インターネット回線を使って放送される番組を、テレビの大画面で手軽に楽しめるという製品だ。
私は混乱した。
アリッサは縛ったはずだ。手錠の威力は私自身が体験している。とても抜け出せるような縛り方ではない。
両腕を見ると、またナップルウォッチが巻かれている。外して眠ったはずなのに。
だったら、これは、どういうことなのか?
「アリッサが犯人じゃない?」
私は混乱した。
もしもアリッサがナップル製品を勝手に注文しているんじゃないとしたら、その犯人は誰なんだ。誰かが我が家に侵入して、勝手に注文をして、何も盗らずに帰っていく、そういう行動を繰り返しているとでもいうのか。誰か私に恨みを持つ人間が、私の家に大量の宅配ピザを頼むかのごとく、私の家に機械を届けているとでもいうのか。
状況から考えたら、そんなわけはない。
そんなわけがないなら、一体、これは、どういうことなんだ?
私は、ナップルTVを慌ててテレビから外した。そして、リビングにあるテーブルの引き出しに隠した。小さなリモコンとともに。
「犯人は、私だったのか?」
私は両手の手のひらを見つめながら、呟くしかできなかった。
アリッサは、今日は昼まで眠る日らしい。放っておくと猫みたいに眠りまくる彼女は、横向きで、両手を胸の前に置き、体を丸め、安らかな寝顔を見せている。
私は、混乱を冷まし切ることができないままアルバイトに出かけた。混乱のあまり、両腕のナップルウォッチを外すことも忘れて出かけてしまって、電車の中で気づき、急いで外した。
外そうとする時に、大きく揺れて転倒しそうになり、中学生男子にぶつかった。舌打ちをされた。
私が一回り以上も年下の彼に向かって、腰を低くして謝罪すると、中学生は居心地が悪そうに距離を置いた。
車窓の向こうには、大勢の人間が行き交う新宿の街が見えてきた。
思えば、あの時、新宿のドドバシカメラでナップルウォッチなんてものをタダでもらわなければ、こんなことには、ならなかったんじゃないのか。
心の中は、「どうしよう、どうしよう」とただ焦るばかりで、解決策が何も見出せないというか、私が購入しているかもしれないということを必死に否定しようとして、し切れないという状態がずっと続いていたというか。
ぼーっとしながら歩き、辿り着いた職場には、誰もいない。
しばらく書籍の整理などの事務作業を行なっていたが、誰もこない。来る率が高いチャールトンも、今日は家庭教師のアルバイトだった。
大学の文系の研究室なんてのは、こんなものなのかもしれない。他の大学は知らないが、ここは来客がない時には一切ない。学生の学習の手助けをするのが仕事なのに、自分が予習する時間の方が長い日もあるくらいだ。
もちろん、大変な日には大変で、それなりに責任も重いけれど、時給の割には楽なアルバイトだった。
だけど、この日は、もっと忙しい方が良かった。例えば、ひっきりなしに客が来るコンビニのレジ打ちとか、自分以外が外国人の新人三人しかいない職場とか、そういうスーパーな逆境に置かれれば、答えの出ない考え事に悩まされる暇もないのだろうから。
結局、仕事も勉強も手に付かないまま、その日の業務を終えた私は、過去最大の後ろめたさを抱えながら、アリッサの待つ家に戻った。
「おかえりなさい、ボブズ」
アリッサが玄関を開けたら立っていたので、私はぎょっとしたのだが、彼女は怒っていなかった。どうやら、新たなナップル製品が増えてしまったことに気づいていないようだ。
テーブルには、エビチリやエビフライ、それからロールキャベツ、ラザニアなどが皿に並べられている。さらに、ワイングラスが二つ置かれていた。
珍しく、惣菜屋で買った食事を並べて私を待っていた。
「ボブズ、わたしね、反省しているの。ボブズに黙ってトースターを買ったのは、本当に謝るべきことだわ。だから、今日はわたしがボブズにご馳走することにしたの」
「アリッサ……別に、そんなのは構わないのに。私こそ機械を増やしてしまってすまないと思っている」
「そうね。じゃあ、お互い、そのことは今日までにして、もう酒に流しちゃいましょう」
アリッサは私に席につくよう指差し、グラスにワインを雑に注いだ。
「かんぱーい」
強めにグラスが触れ合い、耳障りな甲高い音が響く。
そういえば、今日は何も口にしていなかったから、腹が減っていた。
アリッサは、また一口ワインを飲み込むと、楽しそうに声を出す。耳や頬がすっかり赤くなってしまっていて、なんだか少女みたいで可愛らしかった。
「あのね、ボブズ。今日ね、電車に乗ってたら、はじめてボブズ以外で、両腕にナップルウォッチつけてる人を見たの」
「ああ、気持ちは分かるぞ。時計は左腕につけることが多いけど、それだと改札を通る時に不便だからな。たいてい、読み取り機は右側についているから、自然と右手用のナップルウォッチを買うことになる」
「そっか。わたしには全く理解できないけどさ、ボブズの他にも二個付け派がいるってなると、わたしが間違ってたのかなって、二つ目のナップルウォッチを買ったからって怒っちゃったのは良くなかったかなって思う」
「アリッサ、そんなことは……」
私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「そういえばさ、ボブズ。ナップルウォッチ二つ装着してた人のこと、どっかで見たことあるような気がするのよね」
「どんな人?」
「背は高かったな。髪はちょっとボサボサ。あと、眼鏡だった。白いワイシャツの胸ポケットに、ナップルフォンが入ってた。一本の吊革に両手で掴まりながら、おでこに二つのナップルウォッチを当てる姿勢になっててね、まるで何かに祈ってるみたいだった」
そのとき、何故かしばらく姿を見ていないホリイ先輩の姿が思い浮かんだのだが、眼鏡とかワイシャツといった誰にでも当てはまりそうな特徴から、それをホリイさんだと断定するのは無理だった。だいいち、ホリイさんは敬虔なカソリック教徒であってナップル教徒ではないはずだ。そう簡単に改宗するとは思えない。
「アリッサの見たその人は、敬虔なナップル信者なのかもしれない」
「なにそれ」
そう言って、アリッサは大笑いした。
私には、まったく笑えなかったけれど、彼女に合わせて笑顔を作った。
その後も、食事中ずっと、アリッサは、この数日の出来事を語ったり、昔一緒に行った旅行の楽しかった思い出などを楽しそうに語った。本当に楽しそうに。私は彼女の話に真剣に耳を傾け、相槌を打ったり、大学院生としての知識を活かして、彼女の話の中に出て来る物事についてのウンチクを披露したりした。
「わたしはね、近頃のボブズはちょっと変だと思うから、何とかマトモな人間になってほしいの。わたし、昔からボブズに救われてきたからね、今度こそ、わたしの番」
「たしかに、思い返してみると、いつもアリッサは私をこき使っていた。小学校のころから、帰り道に鞄を持たされていた」
私が言うと、アリッサはムッとした。はずれを引いたようだ。
私は他にアリッサを助けたエピソードが無いものかと脳内を検索する。
「アリッサが高校生になったころに、会うたびに缶コーヒーを奢らされていたことってわけでも……ない。ないよな。うん」
アリッサの眉間にシワが寄った。そろそろ当てないとまずい。
「それとも、アリッサが大変な時期に、話を聞いてあげてたことだろうか」
私が正解を引くと、アリッサはうふふと笑った。
よかった。
父親の工場にある使ってない区画をアリッサのアトリエがわりに使わせたことだとか、絵に集中したいとイライラするアリッサのために雑用などの身の回りの世話をさせられたことだとか、絵の取材旅行とやらに付き合わされ、旅費が足りなくなって私が財布を開き、その時の貸しを未だに返してもらってないことだとか、そういう余計なことを言わないで本当によかった。
「ボブズは、あの時、いつも励ましてくれてたよね。私の絵が好きだとも言ってくれた」
「今でもアリッサの絵は好きだ」
「ふぅん」
もちろん、アリッサ本人のことは、絵よりもずっと好きだ。心の底から好きなのだが、そんなのは酔っ払っていてもなかなか口に出せるものではない。まして、罪悪感めいた疑惑を抱えた今の状況では、口に出してはいけないような気がした。
アリッサが私に感謝しているというのは、アリッサの美大浪人時代の話。
当時、私は高校に通っていて、アリッサは浪人していた。アリッサは毎日のように夜になると絵画教室に通っていて、私はアリッサと放課後に待ち合わせして夜になるまでの数時間を一緒に過ごした。
喫茶店に行くことが多くて、いつも私が財布から千円札を出していたような気がする。
そんなアリッサが、ある日、珍しいことに、私に缶コーヒーを渡してきた。私は昔、コーヒーが苦手で、全然飲めなかったのだが、アリッサが喫茶店で真っ黒いコーヒーばかりを頼むので、密かに飲む練習をしていた。
私はアリッサに渡された缶コーヒーを一気飲みしてやった。
アリッサは、それを見て少しだけ驚いた顔をしてから、微笑み、かと思ったら俯き、最後にそのへんの虚空を眺めながら、
「ボブズ、付き合っちゃおっか」
それは、コンビニいこっか、みたいな軽い口調だった
私は、「急に何だよ」とか言って、はっきりとした答えを返さなかったけれど、アリッサとはずっと一緒に居ることになるんだろうなと思った。
以来、私は、アリッサのわがままを一身に浴び続けている。なんとも幸せなことだね。
ほろ酔いになって、いい気分のまま、今日も二人で一緒に眠る。
アリッサは私に安心と幸福感をくれる。だから私は一連のナップル製品購入の犯人を突き止め、今度は私がアリッサを安心させてやりたいと思うのだ。
「ねえボブズ、今日は手錠しないの? わたしを縛らないの?」
「ああ、やり方を変えることにした」
「そうなんだ」
私は眠る前に家の内外に監視カメラを仕掛けていた。家にある古いナップルフォンと、使わなくなったデジカメ、それからアリッサが眠らせていたナップルパッドを引っ張り出して設置した。
一つは、もしも私が夜中に動き出した時、その瞬間を捕らえられるように設置し、二つ目はリビングに、三つ目は玄関に置いて撮影を開始した。
暗闇にならないよう、いくつかの電気をつけっぱなしにして、アリッサにも内緒でセッティングする。
さらに私は、私しか知らない暗証番号でロックされたスーツケースにナップルウォッチを封印した。これで、もしも朝に私の腕に巻かれているようなことがあれば、私が開けてしまったということだ。
あとは眠って朝を待つ。たったそれだけで事の真相が明らかになるだろう。
翌朝、私の腕には、ナップルウォッチが巻かれていた。両腕に二つ、全く同じ時刻を表示している。
昨晩、草木も眠る時刻に、私はベッドから這い出した。そして、まず始めにやったのは、スーツケースの暗証番号を合わせることだった。
いとも簡単に口を開いたスーツケースは、ナップルウォッチ二つを吐き出し、丁寧に口を閉じられた。
監視カメラ映像の中の私はナップルウォッチを慣れた手つきで装着すると、続いてリビングに向かった。そこで、映像から私の姿が消えたので、画面を切り替える必要がある。
私はリビングに置いてあったデジタルカメラのところへ行き、録画を止め、再生した。動きが見られる時間帯にまでジャンプしたところ、リビングに私が現れた。私は他のものには目もくれず、机に放置されていたアリッサのナップルフォンを手に取ったのだ。そして、ひとしきり何かを操作したのち、これを元の場所に置いた。
続いて、映像の中の私はまた移動する。今度は玄関だ。私は玄関に設置したナップル製のタブレット、ナップルパッドの録画を止めて、確認する。
深夜二時くらいに扉を静かに開けて外に出て行く私がいた。絶望的な気持ちになりながら戻って来るところまで一時間ほど進めると、画面の中の私は手ぶらで帰ってきた。ナップル製品を買いに行ったわけではなかったのかと少しだけ安心した瞬間、画面の中の私はナップル純正の真っ白なイヤホンを取り出して耳に装着した。地獄に叩き落とされた気分だ。イヤホンの先には、ナップル製品でしか使われていない形状のコネクタが取り付けられていて、それがナップル専用のものだとわかる。最新型のナップルフォンのための特別製だが、私の家のどこにも最新ナップルフォンなどは無い。だから、これもまた、無駄な買い物ということになる。
この映像を見て、私はなんてこったと天を仰ぐしかなかった。
信じたくはなかった。でも、認めるしかない。
犯人は、私だ。
私は、どのような顔でアリッサに会えば良いのだろう。
無実のアリッサに疑いをかけ、縛ってしまったことを思い出し、背筋が凍るようだ。
「そうだ、アリッサの携帯を……」
私には、もう一つ確かめなくてはならないことがあった。
それは、購入経路だ。
増殖を続ける我が家のナップル製品たちは、一体どこから来たのか。
先ほど、画面の中の私は、アリッサの携帯を勝手にいじっていた。道理で私の携帯やパソコンを見ても証拠が見つからないはずだ。私の見立てが正しければ、犯人はアリッサの携帯から商品を注文していたはずだ。
私は無断でアリッサの携帯を開き、確認した。思った通り、そこには証拠めいたものが残っていた。
私の銀行口座から代金が引き落とされたという内容のメールが、メールボックスのゴミ箱に溜まっていた。
「ボブズ、何をしているの?」
「なっ、アリッサ……」
まずい。こんなはずではなかった。
こっそり確認して、こっそり元に戻して、こっそり解決するつもりだったのに、あっさりとアリッサに見つかってしまったではないか。
「なんでもない、なんでもないんだ」
私はアリッサの携帯を背中に隠し、必死に言い訳を考えようとした。けれど、
「ボブズは、わたしの携帯で何をやっていたの?」
だいぶ前から見られていたらしい。
「何も……」
「返して」
「アリッサ、違うんだ。私は君の携帯を何か悪いことに使っていたわけではないんだ」
「じゃあ、どうして後ろに隠しているの?」
「それは……」
「返して」
もう観念するしかない。
証拠隠滅にナップルフォンを叩き割るという選択肢も無くはない。そう思ったが、アリッサが使っているのはネットメールだ。別の端末からログインすれば証拠のゴミ箱の中身は見ることができる。
だが、待て、よく考えるんだ。ゴミ箱の中身が別の端末からアクセスできるなら、この場は何とか取り繕って、アリッサに携帯を返し、後日ゴミ箱の中身を消去すればいいじゃないか。
本来、隠蔽は恥ずべきことだ。したくないことだ。だけど、アリッサに愛想を尽かされることに比べたら、しばらく恥ずかしい日々を過ごす方がずっとマシだ!
私はアリッサに携帯を返した。頭の中で必死に言い訳を構築しながら。
しかし、アリッサはナップルフォンを受け取ると、すぐにホーム画面に戻し、「ボブズの探してるものなんて出てこないわよ」と言った。
どうやらアリッサは私がアリッサを疑って浮気調査をしているのだと勘違いしたようだ。私が残した犯罪的買い物に関連する一連のメールに気づくことなく、携帯を置いた。
ならば好都合、私はアリッサの思考に乗っかってやることで、この危機を回避しよう。
「信じらんない。いくら恋人って言ってもね、勝手に携帯見るとかありえないわ」
「すまない、アリッサ。心配だったんだ。大学生になったアリッサが、私以外の魅力的な誰かと出会って、そいつのものになってしまう夢を見たんだ。それで、本当に心配で」
「だからって、他人の携帯を見て良い理由にはならないでしょう!」
「悪かった、二度としないよ」
「だいたいね、ボブズ。そんなに心配しなくったって大丈夫よ。わたしの学校は、女子大だから、女の子しかいないわ」
大学の中ばかりが出会いの場所ではないだろうとは思ったけれど、余計なことは言わないようにしよう。
「ほんとに、二度とやらないでよね」
アリッサはそう言うと、携帯を抱えて寝室に戻っていった。どうやら私がヤキモチをやいたのが少し嬉しかったらしい。軽やかな足取りだった。
私は、彼女に殺されずに済んで安心したけれど、依然として心が重たかった。鉛の鎖でとらわれたかのようだった。




