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ナップルジャンキーズ  作者: 黒十二色
第二章 ナップルジャンキーズ
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4 「ナップルジャンキーズ」

 多くの人々が混乱の中で、隕石の衝突でも津波が来ない山岳部に避難していった。チャールトンも、つい先ほど家族と一緒に長野県に避難した。「そいではボブズさん、頑張ってくだせぇ」という言葉を残して、チャリに乗る背中が遠ざかっていった。アリッサも、今頃どこかに避難しているんだろうか。電話の返事がないから心配だ。

 さあ、私は一人、誰もいない町の、誰もいない廃工場で、ロケットを飛ばす。

 地上の発電所からの電気がストップしてしまったが、人工衛星からの無線電気の供給は未だに続いている。

 だから、多くの人間たちがいなくなった寂しい町でも、衣食住には困らない状況だ。暖房だって普通に使える。インターネットも使えるから情報に遅れをとることもない。

 私は自分の背丈よりも大きく育ってきたロケットを外に出した。もはや私の手には十トンくらいの物体なら空中を浮遊させる技術があるから、建物の四階まで届くような大きなものでも簡単に動かせる。あとは野外での作業、残すところは最終調整を残すのみだ。

 ロケットの下面には、四角い板が大量に付いている。一見すると、古い太陽光発電のパネルのようだが、実際はナップルスケボとナップルスケートの端末をぎっしりと敷き詰めたものだった。

 中心部に設置したナップルカプセルの中には、元は人が入れるスペースがあった。今ではそこに、ぎっしりと爆発物が積まれている。ナップルスーツ等の薬剤を作り出す機能を使って生み出されたものだ。爆発のエネルギーを一箇所に集めることで急坂を駆け上がって空に飛び出す推進力を得る。これは燃料でもあるが、隕石を内側から爆破するための爆弾の役割も兼ねている。

 私は、発射の直前、もう一度アリッサに電話をした。

 彼女は出なかった。

 ナップルウォッチを巻いた両手で慎重に動かしていく。地上十五センチをゆったりと浮遊しながら、急坂の下に着いた。車体が細長いので、何度か塀や生垣にぶつけたが、ナップル製品は丈夫なのだ。特に悪影響は無い。私はナップルロケットを信じている。

 隕石の位置は計算通り、坂の向こうに見えている。

 雲ひとつない青空に、浮かぶ岩の塊。表面は赤く燃え上がり、太陽よりも遥かに大きく見える。ごつごつしていて、肉眼でクレーターが確認できるほど接近していた。ネットニュースでは、すでに大気圏内に突入したという。

 この後、私の音速を超えたロケットが空を切り裂いて、一筋の飛行機雲ができる予定だ。

 隕石の影響か、思ったより風があるけど、改造ナップルOSが自動で何とかしてくれる。

 私は一つ、唾を飲んだ。

 大きく深呼吸をした。

 風に吹かれながら天を仰ぎ、魂を込めて発進の合図を送る。

 私は右手をゆっくりと持ち上げた。

 純正ナップルウォッチに搭載された機能、ナップルタクトのジェスチャーで、上から下に、勢いよく、振り下ろす!

「いけ! ナップル純正ロケット!」

 ロケットは急に飛び上がったりしなかった。ふわっとした発進。

 そのまま、ふわふわ空中を浮きながら、ゆっくり移動する。加速していく。初めは歩くくらいのスピード。それが自転車くらいになり、車くらいの速度になり、爆発音とともに一度目の加速を見せた。坂の中腹に差し掛かる頃には新幹線くらいのスピードになった。爆発の振動とともに、あっという間に遠ざかっていく。

 私は、ロケットの背中を追いかけた。自分の足で走って追いかけた。火薬の匂いのする坂道を駆け上がり、坂の頂上から離陸したのを目視して、止まった。

 ナップル純正ロケットは爆音と爆煙を数度にわたって撒き散らし、濁った色の格好悪い雲を作りながら天空に躍り出た。

 ロケットは力強く爆発を繰り返し、回転しながら赤い炎の尾を引いて、隕石に向かって一直線。音を置き去りにして、小さくなっていった。

 あとは、プログラム通りに、自動で隕石に向かって飛んでいく。

 私は胸ポケットから眼鏡型端末、ナップルグラスを取り出した。灰色の煙の中で、ナップル純正メガネを装着する。すぐさま録画ボタンを押すのも忘れなかった。そして、はるか遠くの隕石に焦点を合わせ、スーパーズームをかける。百倍以上のズームでも、高精細の映像をうつしだす。砂埃や霧の向こう側を見る高性能ノイズキャンセル機能があるから、煙なんぞものともせず、青空を切り裂く白いロケットと、赤黒い隕石の姿をとらえた。

 順調だ。まっすぐ隕石に向かって飛んでいる。ロケットが爆発のたびに加速していく。

 全ては、この時のため。

 私が一年も経たずにナップルジャンキーになり、借金まみれ。恋人も仕事も失ったのは、今、この時のためだ。

「当たれ!」

 私は人生で一番大きな声で叫んだ。

 ロケットは、隕石に直撃した。

 冬晴れの空に、静寂が訪れる。

 ロケットは予定通り、高速で隕石に突き刺さった。あとは隕石内部で爆発してくれれば、隕石は粉々に――。

 そう思った。

 そう、思ったのだが。

「なんてこった」

 ロケットは確かに隕石に接触した。そして、激しく爆発もした。巨大な爆炎が見えたから、それは確かだ。ナップルグラスの故障を疑いたくなったけれど、起きたことは現実だ。隕石は私のナップル純正ロケットの一撃を受けても健在だった。もとの形を保ったまま、落下を続けている。

 信じられないことに、私のロケットは隕石に刺さったが、そのまま隕石を貫き、貫き切った後、見事な爆発を見せた。浮き上がるために使っていたナップルスケボなどを組み合わせた板は岩に突き刺さる時に外れ、落下した。太平洋上に落ちていく。隕石には、小さな穴があいただけだ。

 失敗するなんて考えていなかった。貫通突破するなんてありえない。二発目は用意していない。

「くそぉ!」

 思わず叫ばずにはいられない。

「何でだ!」

 誰も答えてはくれない。

 ――私は、世界を救えなかった。

 とぼとぼと、坂の頂上まで歩く。

 世界の終わりを、少しでも高い場所で見届けようと思った。

 青い空、灰色の煙、黒い岩の塊。

 隕石が落ちたら、どうなるだろう。少なくとも、海抜ゼロメートル以下にあるこの場所は水に沈む。生まれ育った地元の町は壊滅した上で水没してしまうだろう。

 私は思わず俯いた。

 しかし、不意に、声がした。

「ボブズ」

 背中の方から、親しかった女性の声。

「アリッサ?」

 まさかと思いながら振り返ると、アリッサが優しく微笑んでいた。夢じゃない。幻じゃない。そこにいる。ストレスやショックが見せる幻かと何度も疑ったけれど、それにしてはリアルすぎる。ナップルの新技術が終末に向けて本物と同等の「大事な人」を再現する機能でも開発したのかと思ったけれど、この息づかい、この声、この匂い、この表情、本物のアリッサを感じる。

 私はアリッサに手を伸ばした。確かめたかったのだろうか、それともただ触れたかったのだろうか。たぶん後者だけれど、前者だと言い聞かせて、確かめるんだ、と言い訳のように自分に言い聞かせながら彼女の頭に手を伸ばした。

 私はアリッサの髪に触れた。アリッサは私の手をいつものように払いのけた。

「何すんの」

 本物のアリッサの反応だった。私はアリッサの髪に触るのが大好きで、だからこそアリッサは、無意味に触られるのを嫌がった。滅多に触らせてくれなかった。

「アリッサ、なんだな」

「他の誰に見えるって言うのよ」

 今日もアリッサは不機嫌そうだ。

「アリッサ、避難しなかったのか?」

「あなたが、隕石を壊してくれるって言うから、それを信じたの」

「そうか」

 だけど、アリッサ。ダメだった。無理だった。もう少しだった。失敗した。ロケットは標的まで届いたけど、うまくいかなかった。何と言えばいいのかわからない。

 私はただ、悲しいのか嬉しいのか自分でもわからず、謎の涙を流しながらアリッサから目をそむけた。

「ボブズ、泣かないで。あなたは悪くない」

「泣いてなどいない」

 私が強がると、アリッサは、呆れたように笑った。

「こんな世界の終わりに、強がることないのに」

 それもそうだと思うけれど、もう打つ手はないけれど、ぼろぼろに敗北して泣かされてしまったわけだけど、好きな女の子の前で、つい格好つけたくなるのは、幼なじみのアリッサならわかるだろう?

 強がりを言おうとして声を出そうと思ったが、声が出てくれなかった。

 アリッサは、年上らしく優しく微笑みながら、私だけに向かって語りかけてくる。

「ボブズ、わたしね、あなたから連絡をもらったとき、正直、『何言ってんだこのジャンキー』って思った。それでね、『アホなことやってないで、避難しなさい』って言いに、あなたのお父さんの工場に行ったの」

「工場に?」

「うん」アリッサは頷いた。「そしたら、そこであなたは必死に作業していたの。こーんなに大きなロケットを前に、真剣な顔で、真夜中に動き出した時と同じように、目の下に深いクマを作ってた」

「見ていたのか」

「うん。それで、ボブズを信じることにした。あなたが機械いじりを始めたのは、このためだったんだなって確信した」

「アリッサの気配に気づくことができないとは、私の勘も鈍ったものだな」

「あなたの勘が鋭かったためしが無いでしょう」

 そう言って、アリッサは笑った。

 これから起こる災害の痛みなんて、微塵も感じさせなくなるような、私のためだけの笑顔だった。

 私は思わず、アリッサを抱きしめた。

「すまない、アリッサ。君のために世界を救えなかった」

 その時だ。何かが日光を遮った。隕石かと思ったけれど、違う。一瞬で太陽の光は復活した。猛スピードで何かが空を横切って行ったのだ。

 顔を上げて空を見てみれば、細長いシルエット。真っ白に輝く機体で、四角い大きな板をくっつけている。断続的に爆発を繰り返しながら、隕石に向かって飛んでいく。

「あれは……そんな、まさか」

「どうしたのボブズ」

「あれは、純正ナップルロケットだ」

 ロケットは、あっという間に隕石に接触した。貫通して爆発した。私の失敗と同じように。

 私は何とも言いようの無い複雑な心境になったが、しかし、すぐにまた新しいロケットが頭上を過ぎていくのを見て、何か奇跡めいたものが起きているのを感じた。

「何が起きているんだ」

 もちろんアリッサは、何も知らないから答えてくれない。

 私はロケットを一つしか作っていないはずだ。それなのに、もう、ついさっき頭の上を過ぎて行ったので三機目だ。

 私が眠っている間に、私の中のシゴッツスピリットが私の身体を乗っ取って作っていたとでもいうのだろうか。その可能性は無くはないと思ったけれど、すぐにその想像が、目の前の現実によって否定された。

 無数の白いロケットたちが、輝きとともに一点に集結していく。

 四方八方から、煙を撒き散らしながら激突し、噴煙が上がっていく。

 ナップルグラスで拡大した映像に、くっきり映っている。画面を爆発と炎と煙が覆い尽くす。

 空に敷き詰められた白銀のロケットたちが、赤黒い隕石に波状攻撃を仕掛けている。これは、決して大げさな表現じゃあない。本当に空を埋め尽くしているのだ。

 私は、一人ではなかった。私一人が選ばれたわけではなかった。私と同じように、シゴッツの魂を持った無数の人間たちが居たってことだ。

 そのとき、私はハッとした。三、四年くらい前にいなくなったハリイ先輩のことを思い出したのだ。もしかしたら彼も、私と同じようなナップルジャンキー仲間だったのではなかったか。私は先輩と同じような道を歩かされていただけだったとしたら……そういう人間が、実はたくさん居たんだとしたら……。

 無数のロケットに貫かれ、ついに隕石はバラバラになった。そうして分かれた隕石の破片たちにも、ロケットが突っ込んでいき、落ちてもほぼ害がなくなるレベルにまで粉々にされた。あれだけ巨大だったものが完全に勢いを殺され、どれが本体なのかわからなくなって、まるで最初から何もなかったかのように、青い空と白い雲だけになった。

 行き場をなくした残りのナップルロケットたちは、すべて海上の空で自爆して、人間に危害を加えることはなかった。さすが平和と安全を重視するナップル製品だ。私は、こんな安全に気を配ったプログラムを適用した記憶がないのだが、きっと私が眠っている間に、シゴッツがやったのかもしれない。

 結局、私は一人では何もできなかった。

 ああ、私は最後まで、操られていたのだ。

 落胆の中で、私のナップル漬けの日々は終わった。

「ボブズ、これで、元に戻ってくれるんだよね」

 彼女の期待を込めた囁きに、私はナップルグラスを外し、彼女の問いに答える。

「そうだな、アリッサ。危険は無くなったから、少しずつ元に戻るさ」

「少しずつって……すぐにやめてくれるんじゃないの?」

「それはできないな。段階的に依存を少なくしていくしかない。ジャンキーってのは、そういうもんだ」

 私が冗談っぽく言ったら、アリッサは私を力いっぱい突き飛ばし、鬼の形相で言うのだ。

「何それ! ありえない! まだ懲りてないわけ?」

 年上のアリッサは怒り狂っている。

「懲りないのも、ジャンキーの特徴の一つなんだ」

「バカ!」

 アリッサは勢いよく背を向けると、肩をいからせながら歩いていく。

 ふと、二十歩くらい坂を下ったところで立ち止まり、彼女は振り返った。

「さっさと帰ろうよ、ボブズ」

 私は彼女に駆け寄った。そして、自分の足で、しっかりと坂を下った。




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