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逃げろデュオニス

 王は戦慄した。

 目の前に迫り来る青年の悪鬼羅刹のような暴れぶりと、その凶悪な威圧感を前に息をすることすらつらかった。

 メロスと名乗るこの青年が、王の間にやって来たのはほんの数刻まえであった。

 この青年が何をしていた者かこのディオニスには分からなかった。出で立ちからこのあたりに住んでいる者では無い事は確かであろうが、平民が許可もなく王の目の前に来たのである。


 有無を言わさず処刑し、それで終わる。只それだけの事である。


 確かにそう思っていたのだ。


 だが、青年に一番近く、最初取り押さえようとした兵が拳一つで空中に舞う瞬間をみるまでは、そう思っていたのだ。


 そのあとは一瞬であった。殴り、蹴り、迫りくる鉄の刃をいなしてメロスはその鋼鉄のような肉体で兵士たちを塵芥のように屠っていく。そして、周りの大臣たちをも吹き飛ばしていくのだ。

 まさに悪鬼羅刹の如き猛攻である。その様を呆然と見つめる事しかディオニスにはできず。

 気がつけば自身の目と鼻のへと迫ってきたのだ。

 

 今まで鉄仮面のような表情で反逆者を処刑していたディオニスも、この惨状には顔を青ざめた。

 

 男の手が自身の体をつかむ寸前、恐怖に駆られたディオニスは勢いよく走りだした。思考より早く体が動いた結果である。

 玉座を飛び出し、倒れた兵士を乗り越え、大臣を盾にし、一目散に城を飛び出した。

 

王の悲鳴が昨日まで沈黙していた城内に響き渡る。


 ディオニスは必死に逃げる中、脳内では久しぶりに大きな声を出したな、と冷静に考えている事に驚いていた。

 何てことはない、現実逃避に近い何かである。

 いつの間にか宝石で装飾した靴は脱げ、町の石畳を裸足で駆けていく。

 すれる足が痛いが、止まれば後ろに迫る悪魔のような男に屠られる。

 ディオニスは、無事に戻った時歩道の整備をすることを誓いつつ、必死に町の中を駆けずり回った。


 路地の裏手に回り、体中に血を巡らそうと激しく動く心臓を抑えながら、行き止まりにある一軒家に入る。

 中では二人の石工が仕事をしていた。


「おお、王様。そんなに息を切らして、一体どうしたというのです?」


 弟子であろう若い石工の方が、心配そうに私のもとに寄ってくる。

 ああ、あの恐ろしい男に追われた後では、こんな地味な男でさえ聖人に見えてしまう。


「あぁ、助けてくれないだろうか。なんとも恐ろしい男に追われているのだ」

「恐ろしい男でございますか?」

「そうだ、メロスとかいう、鬼のような男だ」


 男は青ざめた。それはもう、身体中の血がなくなったのではないかという位に。


「なんじゃ、何か知っておるのか」


 男は口ごもる。


 あの男が今も追いかけているという焦りから、石工を揺さぶりながら、きつく問い詰める。

 すると、震えながらこう答えた。


「メロスは人を殺します。いや、きっと、ただ殺される方がましでしょう」


「なんと、殺される方がましとは、メロスは乱心しておるのか!?」


「いいえ、普段は平凡な羊飼いでございます。ただ……」


そこで言葉を切り、しどろもどろになりながら石工はこう続けた。


「最近、妹が結婚することがショックだったらしく……」


「まて、それとワシが狙われることになんの関係があるのじゃ!!」


「いや、その、そんなにその結婚が嫌なのならば、王様に止めてもらうのはどうかと提案したら、本気にしてしまいまして……」


「お前のせいではないか!?」


無事であったら、この石工を処そう。そうディオニスは硬く決意した。


「なにぶん単純な男なものでして……あ、すいませんこれメロスがおいていった荷物です。言った途端に荷物も持たずに出ていってしまった物で、すいませんがあったら渡して頂けますでしょうか」


「お前大概にしろよ!?」


 石工の傍若無人さに怒りを表していると、突如後ろから轟音と共に壁が崩れる。


「……」


 その目は赤く輝き、口から噴煙の如く息が吹き出ている。裸である上半身は赤黒く染まり、筋肉は異常なまでに隆起していた。


「ああ、あなた様は怒り狂ったか。それではうんと怒り狂うがいい。ひょっとしたら、打ち倒せなくもないかもしれない。うんと怒るがいい」


 突如出てきた、石工の弟子がそう声をかけるとメロスはけたましい雄叫びを上げて王へ目掛けて走りだしてきた。


 恨む声も満足にだせずにディオニスも走りだす。逃げろ!ディオニス!


 





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