理想的な医者と理想的な革命家
人類はこれまでに何度も大きな技術革新を遂げ、その技術を世の中のあらゆる事に活かして来た。
近年では医療の現場にも多くの技術の粋を集めた機械が導入され、数年前では手の施しようの無かった病ですら容易に治療されるほどに人類は進歩している。
だが、「誰しも失敗する事がある」という言葉がある様に、いくら医療器具が高性能になってもそれらを扱う医師達が人間である以上、医療ミスと言うのは決して無くなることはないだろう。
ならばとその医師すらも機械化...つまり膨大なデータとその精密性を駆使したロボット医師が誕生した。
ロボット医師はその性能から多大な期待を寄せられ、多くの医療現場に導入され、機械が患者の治療をしていた...
その数年後、殆どの医療現場から人間が居なくなった世界の片隅でひっそりと残っている小さな病院があった。
その一室で、男は白衣を着てたった今治療を受けた子供の両親に話し掛ける
「はい、お子さんは無事快方に向かっています。もうすぐ退院できますよ」
「ありがとうございます!なんとお礼を言ったら良いのか...」
二人共、やっと心配が無くなったという顔をしているがその表情にはもう一つの心配を浮かべていた。
それを読み取った男は両親を安心させるために口を開く
「治療費は結構です。もしまた何かあれば直ぐに来てくださいね?」
「そんな!息子の命を救ってもらったのに料金も無しなんて!足りないかも知れないけど払います!」
母親が懐から財布を取り出そうとすると、男は“受け取らない”の意思を示す。
「本当に結構ですから、私は当たり前のことをした迄ですから。...そのお金は彼の退院祝いに使って上げてください」
その後も払おうとする母親を父親と一緒に何とか帰らせると、男は冷めた珈琲を一口飲んで窓の外を眺める。
こんこん。と言う音がしてから2人が出て行ったのと逆の扉が開くと、1人の女性が入って来る。
「お疲れ様、今日はもう終わりよね?」
「あぁ、親御さんを説得するのは大変だったよ...」
「毎回やってるし、もう入口に【料金不要】の張り紙でもしておいたら?」
「それいいね、明日からそうしよう」
彼女はこう見えてとある資産家の令嬢で、この病院が治療費を貰わずに経営出来ているのはひとえに彼女お陰だ。
「会社の方はもういいのかい?今日は忙しいって言ってなかった?」
「大丈夫、業務提携の話はすぐに終わらせたからね」
「流石、国内きっての大企業の社長は仕事が速い」
そう、彼女は資産家の娘でもあり、自ら立ち上げた企業を若くして国内随一と呼ばれる程に成長させた類稀なる才能を持った社長でもある。
「それとこの前発表された新薬と医療器具、買っておいたから。明日にでも届くと思う」
「何時もありがとう、でもあまり無理しないでね?」
「平気よ、この位先行投資だと思えば安いものだし」
「投資するほどの価値なんて僕には無いと思うけどね...?」
「効率化第一主義のこの世界で未だに人の手で治療をしているのなんて、もう貴方くらいしかいないのよ?」
それもそうだ、気分や体調で左右される人間と違い、機械は何千何万と繰り返そうと要求された通りの動きをするのだから。
「これだけ技術が発展して、エラーや故障が起きる可能性もほぼ0%…確かに効率性や合理性で言えば、人間なんてただの機械の下位互換でしかないからね。でもすべてを機械に任せていたら、人間はいつか駄目になると思うんだ。」
人間は難しい事や不条理な事に立ち向かい、乗り越えることで成長をする生き物だ。
効率や合理を求めすぎた結果、進化の可能性を放り捨てた今の人類はとてもつまらない生き物になったと思う。
「だから、世界最後の1人の人間の医者になっても、僕はこの手を止める事はしない。絶対に」
「そんな貴方だからこそ、投資する価値があるの。貴方がその手を下ろすその時まで、私が支えてあげる」
純粋すぎるその笑顔はとても輝いていて、思わず恥ずかしくなり顔を逸らす。
「効率的な医者でも、合理的な医者でもない。理想的な医者…それが僕の目標」
ぽつりと呟いたその言葉に、彼女はまた笑って…
「なら私は理想的な革命家でも目指してみようかしら?」
この2人が効率第一主義の世の中を変えるのは、それから何十年か経ってからだった…
お読みいただきありがとうございました! この即興小説シリーズ(日刊)の他にも2作品書いてます! 「自己犠牲錬装術師の冒険譚」(仮題) 「人形の彼女と紡ぎ手の僕」 是非お読みください!(上記の2作品は連載・非日刊です)