第三章 東の雲は不吉雲?
「おはよう、亮。」
「おぉ、また来てくれたのか。毎日毎日、悪いな。」
当たり前だよ、一応彼女なんだから。
多分、覚えてないと思うけど。
「1人だと、暇だと思ってさ。」
「暇に決まってんだろ?俺、病院ってどうにも苦手でさ。」
「そ、そうなんだ・・・・」
きっと今、少しだけ記憶が戻ったんだ。
だけど、時計の針も進まないくらいの些細な記憶。
ガララッ。
ノックもなしにいきなり扉が開いて、私は驚いてすぐさま振り返った。
「よ、久しぶり。」
「東雲くん。どうしたの?」
「どうしたって・・・・見舞いだよ、見舞い。」
苦笑いしながら、持ってきたフルーツの盛り合わせをテーブルの上に無造作に置いた。
この人は東雲 郁くん。
亮とは、結構仲がよかったみたい。
東雲くんの家は茶道の家元らしくて、言わずと知れたお金持ちのお坊ちゃま。
そのせいか、髪の毛の色は燃えるような赤。
身長は180をゆうに超え、私は見上げる形になる。
「じゃあ、私外してるよ。友達同士、話すことあるでしょ?」
「ま、待て、亜美。俺、こいつのことまだ…」
「『こいつ』?亮、お前なんかあったか?」
何となくこの空気の中にいるのが嫌で、亮の声は聞こえていたけどそそくさと病室を出た。
私、実は東雲くんに告白されたことがあるの。
でもそのときにはもう亮と付き合っていて、考える間もなく断った。
それ以来、友達として振舞ってはくれているけど、やっぱりなんか気まずいんだよね。
***
「はぁ…もう何か、やんなっちゃうな……」
屋上で、流れ行く雲を見つめながら、大きなため息をつく。
そろそろ、話も終わるだろうか。
でも二人は親友だったんだし、やっぱりそんなに早くは終わらないか。
カチッ。
確かに、また針が動いた。
「雨男のバカ…こういうときこそ、来いってのよ…」
「『雨男』って、誰のこと?」
「えっ!?あ、なんだ、東雲くんか…」
「そんなあからさまに残念そうな顔しないでよ。俺だって、傷つくんだぞ?」
どさくさに紛れて私の隣の手すりに寄り掛かり、缶ジュースを差し出してきた。
ありがと、とお礼を言って、缶ジュースを開ける。
「記憶……ないんだってな。亮のやつ。」
「…うん、なんかそうみたい。」
「話してないの?亜美チャンが、恋人だったってこと。」
言えるわけ、ないじゃん。
ただそこにいてくれるだけで、満足だもん。
「記憶なくて混乱してるところに、『恋人です』なんて言ったって、もっと混乱するだけでしょ?まあ、いずれは言うかも知れないけどね。」
「そっか。」
東雲くんは、ぐいっと缶コーヒーを一気飲みして、にやりと意味深な表情を浮べた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「じゃあ、俺にもまたチャンスが巡ってきたわけだな。」
「え…?」
「俺が亜美チャンを好きだって言ったこと、覚えてるよね?」
「……う、うん。」
「記憶がない亮と俺は、今のところ立場上ドローだろ?それに…俺なら、亜美チャンのこと、絶対に悲しませないけどな。」
じっと瞳を覗かれて、つい顔が赤くなる。
私の心は決まっている。亮以外、考えられない。
だけど、ここまで言われると流石の私も小さな波風が立つ。
「私は…」
「考えといてよ、俺のこと。それじゃあ、今日俺、茶点てないといけないから。」
見事に押し切られてしまった。
私は、再び大きなため息をついた。
「いい加減、察してよ……」
心底、そう思った。




