第二章 大いなる1分
11月6日。最高気温は18度、最低気温は10度。
少し肌寒くなってきた。夜は流石に半そででは出歩けない。
消毒液くさい、やけに真っ白な病室で、私は彼が目を覚ますのを待っていた。
亮の怪我は、肋骨2本と左腕、右足の骨折と、肋骨が突き刺さって開いた肺の穴。
手術で何とかなったとはいえ、数日は絶対安静だろう。
病院って静かなところかと思いきや、結構騒々しいみたい。
まぁ、忙しい仕事だもんね。
「・・・・ん・・・・あれ・・・俺、なんで・・・」
「・・・亮。よかった、目、覚めて。」
ほっと胸を撫で下ろす私を、不思議そうに見つめる亮。
「・・・誰・・・・?俺、あんたのこと、知ってる?」
そっか。そうだった。こいつ、何も覚えてないんだったっけ。
しかも、全部思い出したら、また死んじゃうんだよね。
大丈夫、忘れてない。
けどまぁ・・・少しくらいはいいよね。
「私は・・・亜美。本城亜美。亮の・・・・・・・・友達。」
いきなり彼女です、なんていえないよね、やっぱり。
友達ってことにしといたほうが、亮も楽だろうし。
「ふぅん・・・・ね、俺、なんでここにいるんだっけ・・・・」
「事故に遭ってね。まあちょっと記憶もなくなってるみたいだけど、多分すぐ戻るよ。」
そうはさせないけどね。
亮を失うわけには、行かないから。
「俺・・・・あんたの・・・・本城のこと・・・・・・・」
「あっ!え、えっと・・・・花!お花の水、かえてくるねっ。は、話は、後で・・・」
私は、逃げるように部屋を飛び出した。
何で私が逃げなきゃなんないの?
亮が何いうのか、怖かったって言うわけ?
女々しいにもほどがある。
『別に、女の子なんだからいいじゃん?』
つい最近聞いた声。それとともに床がびしょ濡れになって、雨音が響く。
周りの光景が、石みたいに動かなくなる。
相変わらず頭に直接入り込んできて、気持ち悪いったらない。
「何の用?雨男め。誰が掃除すると思ってんのよ。」
『別に俺が消えれば水溜りもなくなるし。』
便利なのねー、未来ってのは。
『そうそう、便利なの。』
頭の中の声が聞こえるんだったら、私が喋る必要ないと思うんだけど。
『いや、それはずるいからだめ。』
それをいうなら、頭の中の声っていうか考えが聞こえるほうがよほどずるいと思う。
多分、これも聞こえてるんだろうけど。
「で?何しにきたわけ?」
『おっと、忘れるところだった。これこれ。』
ジャーン、といってポケットから取り出したのは、金色のアンティーク系時計(水浸し)。
見たところ時計の針は止まってて、壊れてるみたい。
『これは、あんたの彼氏の記憶の状態を見るための時計だよ。記憶が戻れば戻るほど、針は進む。一回転したら、タイムアウト。』
はい、と私の手に乗せる。
途端、私の手が濡れた。
触るな、雨男。
『ミネルヴァだって何回言ったらわかるんだよ。』
一万回。
『だから口を使えって!』
――ガラ。
「なぁ、本城。水かえまだ・・・・・って、何これ。」
ちょ、ちょっと、なんで亮動いてんの!?
時間は確かに止まっている。けれど、亮だけは何事もなかったかのように動いてるみたいだ。
『じゃ、じゃあ俺行くわ。ブツも渡したし。じゃな!』
待ちなさい!この状況どうすればいいのよ!
聞こえないふりをして、空間に溶け込むように消えた。
雨男め、逃げやがって!
私は、心の中でミネルヴァを蹴り上げた。
「りょ、亮!寝てなきゃダメじゃん!」
「なあ今、そこに人いなかった?」
「いないいないっ・・・もう、何言っちゃってんだか・・・・」
未来から来てあなたのことを蘇らせた人です、何ていえるわけないし。
普通、信じないしね。
私は半ば強引に、亮を病室へ戻らせた。
「で、さっきの続きなんだけどさ・・・・」
ドクンドクン、と鼓動が高鳴る。
「俺さ・・・・本城のこと・・・・・何て呼んでた?」
へ?そ、そんなこと?
ほっとため息が出てしまったのは何故だろう。
「あ、亜美って呼んでた・・・けど・・・・」
「やっぱり?何か、『本城』って言うのに違和感があるっていうか・・・・変だよな。記憶ねぇーのに、違和感あるなんてよ。」
何となく、嬉しかった。
思い出は忘れてしまっていても、身体が覚えていてくれてる。
そんな些細な事なのに、たまらなく嬉しかった。
カチ。
音がした。
ふと時計を見ると、針が少し動いていた。1分くらい。
「・・・っ・・・・」
「どうか、した?」
「べ、別に・・・なんでも・・・・」
こんなに怖いんだったら、こんなものいらなかった。
針が動くたびに、ドキドキする。
もちろん、悪い意味で。




