『何それ、人生みたい』
あぁ、カモミールティ……!
こんな時こそ、カモミールティが必要だよぉ……!
頼可をリビングのテーブルに案内し、お湯を沸かしカモミールティを淹れる琉偉。
カモミールティには心を落ち着かせる作用がある。
おもてなしが必要なのはもちろんだが、それよりまず自分がカモミールティを飲んでこの目まぐるしい展開にざわつく心を鎮めたかった。
黎は自室に何かを取りに行ったらしい。
日本語マニアで文献好きの黎は何かと古書店で仕入れてきては貯め込んでいる。
今日の打ち合わせにもその文献が必要なのだろうか。
「頼可さん、ホットとアイスどちらにします?」
「あ、じゃホットでお願いしま〜す!ありがとう!」
「夏でもホット選ぶのって、美容のためですか?」
「そう!冷房で内臓冷えやすくなるし代謝も下がるから夏も冬もホットだよ!そこに目をつけるとは、琉偉ちゃん女子力高いね〜」
さりげなくちゃん付けの呼び方に変わってる……!
もしかして、特に説明はしてないけれど僕みたいな人間のことも詳しいのかな……?
何にしてもサラッと優しくできる人なんだなぁ……。
そのさりげない心配りと褒め言葉がすごく嬉しくて自然と顔が綻ぶ。
「はい、カモミールティです。よかったらこちらのハチミツもご一緒にどうぞ」
「ハチミツもつけてくれたんだ!ありがとう〜!細やかな気配り嬉しいな」
「頼可さんこそ僕にすごく気を使って下さっててありがたいです……兄と仲良くしてくれてありがとうございます。それに、とってもおしゃれで可愛くて憧れちゃいます……」
思えば、家族以外にこんなふうに自分をさらけ出した姿で会ったり話をするのは初めてのこと。
嬉しさと気恥ずかしさでカモミールティを淹れたティーポットやカップを載せてきたトレイを抱きかかえてはにかみながら言う琉偉。
「えっ、本当に!?ありがとう〜!やだ、なんか嬉しいし照れるね」
はにかみがちに笑う頼可。
「僕がどういうタイプかもなんとなくわかってますよね……?……僕、性同一性障害で……」
「あ、そうなんだ。話してるうちに女装子じゃなくてそうなんだろうなって気はしてたよ。じゃ、女子同士仲良くしようね」
この人は話しても大丈夫そう。そう思い打ち明けたのは生まれて初めて。
それに『あ、そうなんだ』とすんなり返してくれた。
この場合の『あ、そうなんだ』は他のどんな言葉よりも優しい。
「はい!ぜひ!頼可さんみたいなお友達のお姉さん欲しかったから嬉しいです!」
「私も〜!琉偉ちゃんみたいな可愛い妹欲しかったよ〜!」
微笑み合ううちに、いつの間にか異常事態からくる心のざわつきは落ち着いていた。
「あぁ……やっぱりカモミールティにハチミツって幸せな気分になるぅ……」
「わかる〜!なんでこんなに合うんだろうね〜」
ハチミツを入れたカモミールティのほのかに甘く優しい味に癒され、当初の目的も忘れすっかりくつろぐ二人。
「兄は、大学でどんな感じなんですか?……なんか、その、うちの兄って昔からかなり気難しくて、頼可さんみたいなサバサバしたオシャレ好きなタイプの人と仲良くなってるのが意外過ぎて……」
「あんなふうにギャーギャー言い合ってばっかだし仲良いのかなぁ?まぁでも仲が悪くはないか。琉偉ちゃんのお兄ちゃんは文学部国文学科で、私は文学部哲学科なの。最初は同じゼミで顔合わせるくらいだったんだけど、琉偉ちゃんのお兄ちゃんが作ったサークル入ってから私からあれこれ話しかけるようになったの」
「えっ!?あのお兄ちゃんが、サークル作ったんですか!?」
声を裏返らせて驚く琉偉。
想定外過ぎる……!
純文学や古文、言葉の成り立ち調べるの大好きで、様々なレタリングを見ては微笑んでしまうほどの日本語マニアで、人と絡む暇なんてあったら本を読んだり日本語を眺めていたいと言っていたあのお兄ちゃんが……という驚きを隠しきれない琉偉。
「うん、その名も『日本語を堪能する会』。インパクト尋常じゃないよね!私は哲学書読めるサークルならどこでもよかったんだけど、見学してみて一番じっくり読めそうなのがそのサークルだったの。大学の授業だけじゃあのお兄ちゃんの知識欲を満たせないみたいよ〜それでサークル活動でも大好きな日本語にまみれてやるんだってさ」
「あぁ〜……なんか、すっごいお兄ちゃんらしいなぁ……」
「うん、みずにゃーの研究熱心さはすごいよ」
「……え?みず、にゃー……?」
「あぁ、『みずのや』って名字言いにくくてサークルでみんな噛みまくってさ、最終的に『みずなー』もしくは『みずにゃー』になったの」
「え!お、お兄ちゃん……!めっちゃいじられてません……!?やだ、面白すぎる!キャハハハハ」
いつもの堅苦しい口調とのギャップで笑い転げる琉偉。
「うん、サークルには真面目過ぎる系変人か自由過ぎる系変人しかいなくて、あのキャラはいじりがいしかないね。でも、普段のキャラからして確かににゃーって感じじゃないね!アハハハハ」
琉偉と一緒に笑い転げる頼可。
「あのお兄ちゃんじゃそのへんの彼氏彼女作りたい人が集うサークル活動二の次のチャラついたところ合わないしサークル作って大正解だったよね。まぁ私もいわゆる量産型女子大生とは合わないから浮くしちょうどよかったしありがたいよ」
「頼可さん、確かに量産型女子大生に染まらなさそう」
「でもあのファッションも好きではあるからたまに量産型女子大生コスプレはするよ」
「コスプレなんですか!?なんかいろんなお洋服着て楽しそう。頼可さん、お洋服に合わせてメイクも変えてますよね?」
「うん変えてるよ〜」
「今度、お化粧教えてもらってもいいですか?僕、ネットでお化粧の仕方みてやってみてるけど合ってるのかわからなくて……」
「もちろん!私でよければ」
「わぁ……!ありがとうございます!さっきグラウンドで会った時にもあのシチュエーションなのにロリ服で違和感ないのすごいなぁって思ってたんです。普通、スポーツ関係のところでロリ服だと痛くなりそうなのに全然そんなことなくて、何か着こなしにコツとかあるのかなって」
「いや、ないよ〜ただ、ロリ服に合う合皮の黒の厚底の靴だと地面ぬかるんでても拭くだけでいいからお手入れ楽だなぁって」
「あ、その手があったんだぁ!スポーティなところにスポーティなファッションではなくあえてのロリ服!」
「スニーカーだとぬかるみに沈んだら合皮でも底がそんなにないぶん大打撃だもんね〜あ、でも、足を取られてコケたらロリ服大打撃だけどね。スポーティな服なら泥まみれになってもスポーツ頑張ってたら汚れちゃったって感じになるけど」
「うわぁ……それ想像するだけで悲惨……。でも、頼可さんはそのリスクを踏まえてのロリ服!」
「うん、オシャレにリスクは付き物だよね〜といっても、基本その時の気分だけどね」
あぁ、この女子同士特有の周りの人やファッションとかの取り留めのない会話……!
こういうの憧れてたんだよね……!
改めて気兼ねなく話せる女友達ができた喜びを噛み締める琉偉。
こんなふうに当初の目的から話題逸れちゃうのもまた女子同士特有でなんだか楽しいなぁ……。
……ん?当初の目的……?
琉偉が当初の目的を思い出したところに階段を降りてリビングにやって来る黎。
「この短時間に随分仲良くなった様子だな……」
「うん。おたくの妹さん、本当にいい子で」
「そのあたりの事情も話し合えたのか。そのうえ想像以上にすんなり受け入れてくれたようで何よりだ」
「お兄ちゃんもカモミールティ飲む?ホットとアイスどっちがいい?」
「では冷たいほうを頼む。本を大量に漁り脳を酷使したからかすっきりしたものが飲みたい」
「はーい」
すぐに準備し、さっと出す琉偉。
「近年では科学偏重の世の中の流れのためか、サブカルチャー受けを狙った冗談半分の書籍以外でこの手の研究に関する記載は見当たらない。様々な文献に古来よりこのような現象はあったかのような記述は多数見受けられた。だがしかし、その原因を特定するには至っていない。その手がかりとなりうる記述も見当たらない」
「そりゃまぁ、原因特定できちゃってたら世間はUFOや宇宙人や超常現象くらいで特番組んだりざわつかないよね」
「それを言っては元も子もない……。まぁ、うちの大学の蔵書や俺の持つ文献でわかったのはそのくらいだ。今後も引き続き調べる」
頼可が雷を落とす能力を身につけ、それについてそのような能力者は過去にいなかったか黎が文献を漁り調べたようだ。
「お兄ちゃん……それに、雨のことは書いてあった?頼可さんが雷落とせるなら、雨降らせる人がいたとか……」
「雨の場合も同じくらいの記述はあったな。古来は農耕中心だったために雨を降らせる力を持つ者はそれはそれは重宝されたそうな……どうしてそんなことを訊くんだ?」
「実は、僕……さっき、雨を降らせたの。だから頼可さんの話もすんなりわかったの。もう、何が何だかわからなくて怖いよ……」
「なんだと……!?」
軒先に出て、先程と同じメソッドを披露する琉偉。
一瞬のうちに大量に降り注いだ雨が何よりの証明。
「私と同じ指使い……!」
「なんということだ……!君のような変人ならまだしも、うちの可愛い琉偉までもが謎の奇天烈な能力を身につけるとは……!」
「なんでだよ!変人で悪かったね!」
「お兄ちゃんひどい!頼可さんだって一人だと不安だからお兄ちゃんに頼んだんだと思うよ!頼可さんに謝って!」
「ぬ……!それは、お兄ちゃんが悪かったな……済まない」
「いや、私も君が良くも悪くも変人ですんなり受け入れてくれそうだから相談したからいいんだけどさ、そんなことより『お兄ちゃん』って言った!!自分のことを『お兄ちゃん』って!!ヤバいめちゃくちゃ笑えるんだけど!!明日サークルのみんなに話しちゃおう〜ハハハハハハハ」
「う、うるさい!お兄ちゃんと呼ばれてるからお兄ちゃんだ、何が悪い!」
軽く頬を赤らめる黎。
「と、ともかく!原因も傾向と対策もわからない今はその能力は温存するか、少しずつ人気のないところで試して模索するしかないだろう」
「そうだね〜これが漫画やアニメならこの能力を与えた人が何のためにこの力を使うべきかとか懇切丁寧に教えてくれるのにね〜」
「何のためにこの力を身につけ、何のために使うべきか。それも自ら模索するしかないな」
「何それ、人生みたい」
「本当だ……自分のことを知ったり、自分がどうすべきか模索するのとか人生って感じ」
「君は哲学好きなだけあって、突拍子もなく味のある台詞を言うな」
「とりあえずさ、何かに使うにしてもいいことに使いたいよね」
「それは言える。犯罪には手を染めたくはない」
「僕も、どうせなら役に立つことに使いたい」
「じゃ、これからどんなふうに役立てられるかそれぞれ考えてみるってことでいいかな?雷と雨を組み合わせて何かできないかも考えてみるよ」
「僕も」
「あと、ユニット名も決めよう!ナントカ戦隊みたいな」
「うわぁ!なんかそうなってくると楽しそう……僕、また周りと比べて普通じゃなくなっちゃったと思ってへこんでたけど、頼可さんやお兄ちゃんのおかげで雨を降らせるのも悪いことじゃないのかもと思えてきたよ。ありがとう」
「それはよかった!何度も言っているが、琉偉は普通の女の子だぞ?そのへんのくだらない女共よりずっとずっと可愛いぞ!?俺が言うんだから間違いない!!」
「みずにゃー、妹思いなのはいいけど相当シスコン入ってるね。琉偉ちゃんのことになると目が血走って怖いよ」
「やかましい」
生きていると周りと比べては落ち込んだり、自分に何ができるのかわからずもがいたりの繰り返し。
周りと比べられないものを身につけた時、そのサイクルから抜け出し輝くヒントがあるのかもしれない。
心の奥底にそんな気持ちを抱え、その不思議な力を何か有効に使う術を模索することにした三人。
だが、使い道よりもまずユニット名をどうするかという方に意識は向いてしまっているのだった……。