新たな仲間!?とりあえずチェルとカモミールを
自らが降らせた雨でびしょ濡れの制服姿で訳が分からないまま家まで走る。
あぁ……なんでこんなことに!?
なんで?どうして?
説明がつかないことを自らが巻き起こしたことで心は未だかつてないほど掻き乱される。
説明がつかない……それは何とも言えない不安と恐怖をもたらす。
とりあえず落ち着こう。
自分を落ち着かせよう。
うん、そうしよう。
こんなときこそ本来の自分らしく過ごすのが一番だ。
琉偉にとってその一番いい手段は……やはり『るいるいタイム』。
シャワーで雨水を洗い流し、ドライヤーで髪を乾かし、自室で一番お気に入りのラベンダー色のゆったりしたサマーニットに膝上丈のアイボリーのシフォンスカートをチラ見せし、サッカー部員にしては細すぎるものの筋肉の発達した脚をカバーする黒のオーバーニーソックスを身につけ一心不乱にメイクする。
メイクが完了して斜め前髪のセミディのウィッグを被ると、大きなため息をひとつ。
そこからしばらく深呼吸してやっと冷静になってくる。
あれは……何だったんだろう?
単なる偶然?
でも、さっきも晴天で雨雲らしきものはなかった。
先生が言っていた通り、お天気雨にしたってあんなに超局所的な降り方をするとは考えにくい。
考えても考えてもわからない。
そんな時に耳に飛び込んでくるナ〜……という掠れた猫の鳴き声。
「あっ、チェル。おいで」
琉偉の家の飼い猫、チンチラシルバーのチェル。
琉偉が微笑み手を広げると長いシルバーの毛を揺らしながら近寄ってきてのっそりと琉偉の膝に乗る。
チェルは琉偉にとてもよく懐いているが、とりわけ女の子の格好をしている時のほうがよく懐いてくる。
動物には、どっちがその人本来の姿かわかるのかな……だとしたら、嬉しいな。
「チェル……さっきすごくビックリすることがあったの。急に雨がジャーッて降ってきてびしょ濡れになっちゃったよぉ……しかもね、その雨を降らせたのもしかしたら僕かもしれないの……チェルもそんなことあったらビックリするよね?」
琉偉に撫ぜられて喉をゴロゴロ鳴らしながら甘えるように琉偉の腹部に顔をすりつけるチェル。
柔らかい毛並みの触り心地にどんどん先程の驚きも不安も恐怖も和らいでくる。
はぁ……本当にあれなんだったんだろ………。
ピンポーン……
また同じ考えを繰り返そうとしたところで聞こえてくるインターホンの音。
誰だろ……チェルを抱き上げて階下に降りていく。
この格好のまま出るわけにはいかないから、インターホンだけで応対するつもりでいた。
だがしかし……。
「あっ、どうもこんにちは〜!えっ、さっきサッカーしてた子にそっくりな女の子!」
ついさっき聞いた明るい声……
玄関に立ち、階段から降りてきた琉偉を見つけた頼可だ。
えっ、なんで玄関にいるの!?
驚きのあまりチェルを抱いたまま立ちすくむ。
「ドアの前に来たら少し開いてたからお邪魔しちゃったよ〜こんな可愛い子がいるんだから戸締まりきちんとしないと危ないぞっ!」
……あ、僕、雨を降らせてびっくりして慌ててたからつい……!
普段はそんなこと絶対しないのに、なんて不用心な……!
いや、それはもうしょうがないとして、どうしよう……!
お兄ちゃんのお友達に僕のことバレちゃったら、絶対お兄ちゃん困らせちゃう……!
ひとまずお辞儀をする琉偉。
「あ、いきなりごめんなさいね!申し遅れましたが、お兄さんの黎くんの大学の友達の東風雨頼可です。よろしくね。さっきサッカーしてる琉偉くんの練習風景をお兄さんと見学してきたよ〜!そのあとちょっとした打ち合わせがあって、こちらに来るようにって言われてたんだけど……まだ帰ってないかな?」
初対面を装いお辞儀をし、兄のことは首を縦に振り帰って来ていないことを伝える。
あぁ、どうしよう……喋ったら声で琉偉だとわかっちゃうよぉ……お兄ちゃん早く帰って来て……!
「琉偉くんとは二卵性双生児!?」
内心うろたえていたがありがたいことに何やらこちらに都合の良い勘違いしてくれているようなので、ここはそれに乗ることにしてニッコリと微笑みながらうんうんと頷く。
「やっぱりそっかぁ〜男女の双子って可愛いね〜!!さっきの琉偉くんも美少年だったけどこちらも美少女だね!!」
ニコニコしながら褒めちぎってくれる頼可にはにかみながらペコペコする琉偉。
「あ、もしかして人見知り?ごめんね〜いきなりやって来てベラベラ喋っちゃって!ビックリしちゃうよね〜……抱っこしてる猫ちゃんすっごい美人さんだね!毛並みもお手入れバッチリ〜!大切に育ててるんだね〜」
ものすごいテンションの高さでよく喋るけれど、琉偉を気遣い警戒心を解こうとしているのが伝わってきたりと、ところどころに優しさが滲み出ている頼可。
やっぱり、頼可さんいい人そうだなぁ……。
あれ?さっきとお洋服違う!いつ着替えたんだろう……?
先程の甘ロリからグレーのゆったりとしたTシャツに白いコットンスカート、つけまつげなどをしていたロリ服向けメイクもすっかりナチュラルメイクに変わっている。
こっちの頼可さんもお人形さんみたいで可愛いなぁ……見とれちゃう。
出来るなら頼可さんにお洋服やお化粧のことをきいたりして仲良くなりたいけど、そうすると僕の正体がぁ……!
ここまではなんとかお辞儀をしたり頷くだけで済んだけど、そろそろ喋らずに乗り切るの限界だよぉ……!
助けてお兄ちゃん……!
顔はなんとか愛想笑いを作るものの、内心泣きそうになる琉偉。
その時。
ドアノブのあたりからガチャガチャと音がして玄関に入って来て、琉偉の姿を見て驚いた顔をする黎。
「琉偉……!今日は随分と早いな」
お、お兄ちゃん……!
る、琉偉って呼んじゃったよぉ……!
せっかくお兄ちゃんにお友達が出来たのに、僕が変態と思われてドン引きされちゃうぅ……!
あぁ、終わったあぁ……!
「え!?琉偉くん!?な〜んだ、それならそうと言ってくれればいいのにぃ〜!めっちゃくちゃ可愛いんだけど〜!えっ、なになに!?琉偉くんって、男の娘なの!?」
……あれ?
なんだか割とすんなり受け入れられてる……?
「琉偉、いつもはもっと遅くに戻るからはち合わせないと思ったんだ……驚かせてしまって済まない。少し込み入った話でな、そのへんの店では話せないので致し方なく家に招いたんだ。まぁ、こんなふうに突拍子もなく服装変わる変人だが、少なくとも琉偉を変な目で見るような人間ではないから安心しろ」
「そうそう!女の子の格好をしていようがなんだろうが、君は君だよ!」
お兄ちゃんがこんなふうにお友達連れて来るなんて初めてのことだし、そういった面での心配がないからこそ家に呼んだんだね……。
頼可さんも、何故女装をしているのかをあえて深く訊かないでいてくれてる……!
あぁ、本当に理解してくれそうな人だ……よかったぁ……!
少しずつホッとする琉偉。
「まぁ、私も好きな服着てるだけでマイノリティー扱いされちゃうタイプの人間だから、マイノリティー側の人間に優しくありたいよね。特に今は、なんか雷出せるようになって筋金入りのマイノリティーになっちゃったし」
「……えっ、ええええええええええええっ!?」
思わず大声を出す琉偉。
「あ、えっと……その話、詳しくお聞きしたいのでとりあえずお上がり下さい……お茶淹れますね……」
これは……
もしかして僕と同じ状態の雷バージョン……?
とりあえず、自身もリラックスをするためカモミールティを淹れおもてなしをする琉偉だった。