謎の現象、謎の人物たち
「それはおそらく人体自然発火だな」
びしょ濡れのまま学校にたどり着き、サッカー部の顧問の小八木に何が起きたか報告するなりそう言われポカンとする三人。
「え……そんなことあるんですか?」
琉偉が首をかしげ問いかける。
「珍しくはあるけど世界各地で報告されているんだ。プラズマが原因とか電磁波が原因とか様々な説があるが、本当の原因はいまだに解明されていないんだ」
「そうなんだ!俺たち、どうやらすっげー現象に遭遇しちゃったみたいだな!」
莉仁が興奮気味に言うと更に小八木は続ける。
「人体自然発火もすごいが、その超局所的な大雨で火が消えたという方が俺は気になるな。今日は雨が降るという予報もなければ積乱雲もない。それも、雨が降ったのはお前ら三人の周りだけなんて局所的過ぎる。人体自然発火は死亡例も多いんだ。その雨が降らなかったら莉仁も危なかったぞ」
「そうですよね……そう考えると本当に助かった。でも、なんで俺たちの周りだけあんなに激しく雨が降ったんだろ……」
不思議そうに首をかしげる灯夜。
「まぁ、莉仁くらいイケメンに生まれると、こういう時に天使がやって来て雨降らせて助けてくれるのかもな!」
「やめてくださいよ先生、イケメンにつられる天使とか嫌だし莉仁が調子に乗るから」
「調子に乗ったりしねーよ!あ〜でも天使さんが俺のためにわざわざ天界からやって来て助けてくれたならお礼言わなくちゃな〜」
「十分調子に乗ってるじゃねーか」
灯夜と莉仁のやり取りにはっはっはと笑う小八木。その小八木につられて笑う三人。
そんな中、琉偉は一人で不思議な感覚を抱えていた。
あの雨を降らせたのは自分。
どうやって雨を降らせたのかもわからないのに、何故か雨を降らせたことを確信している。
それでいてその感覚を周りに伝える術もなくただモヤモヤとするばかり……。
そんなよくわからない状態のまま朝練も授業も終わり、あっという間に放課後の部活の時間になる。
いつも通り練習に励んでいると、グラウンドのフェンスの向こうによく知る顔を見つける。
「お兄ちゃん……!」
琉偉の兄の黎が立っていて、琉偉と目が合うと軽く左腕を挙げる。
琉偉と顔も背格好もよく似ていてどちらも知的で穏やかな顔立ちで手足も長いが、黎のほうがやや猫目で身体つきもガッチリとしている。
琉偉は筋肉質ではあるがサッカー部にしてはかなり細身で、やや繊細そうな印象を与える。
その隣には自分の兄の黎には似つかわしくない見知らぬ人物が立っている。
ピンク、ラベンダー、ライトブルー……パステルカラー満載の絵のプリントされたワンピース、同じ柄のヘッドドレス、ヒラヒラした白いレースの襟と袖口のブラウス……メルヘンを全身で表現したかのような甘ロリと呼ばれるロリータファッション。前髪パッツンにストレートの栗色の髪。目はクリクリしていてまるでお人形のような女性がそこにいる。
白いシャツに黒のスキニーパンツというシンプルな格好の黎と相反するようないでたち……。
休憩になると駆け寄り黎に問いかける琉偉。
「お兄ちゃん、練習見に来てくれたの……?」
「ああ、たまたま近くを通りかかったついでだ。随分部活で活躍しているようだからな」
低い声で答える黎。
「ありがとう……あの、お隣のお姉さんは……お友達……?」
兄が女性を連れているなんて初めてのことで、それもまるで想定外の人物像……尋ねる声も思わずたどたどしくなる。
「ああ、同じ大学で同じサークルの……」
「琉偉くん、どうも初めまして〜!!お兄さんと同じ哲学研究会の東風雨頼可と申します〜!!よろしくね!!」
これまた兄の低いノリと相反する明るく突き抜けるようなノリ……でも悪い人ではなさそうだ。気難しい兄にこんなお友達が出来ていたなんて素直に嬉しい。
「は、初めまして、よろしくお願いします」
微笑みながらぺこりとお辞儀をする。
「うわぁ人当たり良くて礼儀正しいんだね〜!お兄さんと大違い!!」
「うるさい」
「は?その通りでしょ」
「琉偉はどこに出しても恥ずかしくない。そんなことはわかっている。だがしかし、それをいちいち嫌味ったらしく言われる筋合いはない」
「そうやっていちいち噛みつくくらいならその性格なんとかしなよ。君は攻撃されてもされなくても誰にだってそうやって返して言い負かしてばかりじゃん」
「俺は無駄な人間関係に煩わされたくないから遠ざけているだけだ」
「それで私みたいな変人しか仲良くしてくれなくなったんだよね。まぁ私も人のことは言えないけど」
こんなに言い合って仲良い……のかな?
でも、今までお兄ちゃんとここまで渡り合える人はいなかったから仲良いんだね、きっと。
お兄ちゃん、よかったね……!
心の中でこっそり喜ぶ琉偉。そこに莉仁と灯夜もやって来る。
「あ、琉偉のお兄さんだ!こんちは〜っす!」
「あ、お兄さんなんだ。どうも初めまして、火宮灯夜と申します」
「……どうも」
ふてぶてしく軽く頭を下げる黎。
「お兄さん、一緒にいるの彼女さんっすか!?」
「やだ〜!ただのサークル仲間だよ!こんなぶっきらぼうで口が悪いのとつきあうわけないじゃな〜い!あ、琉偉くん、お兄さんのこと悪く言ってごめんね〜!」
「黙れ。君のような女性はこちらから願い下げだ」
「ですよね〜!そのほうがありがたいわ」
「だいたい今日の服装もなんなんだ?いつもいつも奇天烈な格好してきて……そもそもそれで何故哲学科に入学したんだ?服飾系に進めばよかったものを」
「私は哲学を学びたかったんです〜!服装は自由です〜!」
莉仁の他愛のない問いかけからまた小競り合いを始める二人。
「甘ロリ好きなんですか……?」
二人を落ち着かせようと話しかけてみる琉偉。
「琉偉くん、甘ロリ知ってるんだぁ!うん、甘ロリも好き!でも、昨日はモダン忍者フレンチスタイルをイメージした服着てたよ」
ちょっと何言ってるのかわからなかったが、彼女ならどんなものでも着こなせるのだろうことは想像に難くない。
「……まぁ、暑いが水分補給しながら練習に励みたまえ」
「来てくれてありがとうお兄ちゃん!」
ぶっきらぼうに言い捨て背を向ける兄に告げると、手をヒラヒラさせて応えながら歩き去る。
「またね〜!琉偉くんと愉快な仲間たち〜!」
頼可も手を振りながら去っていく。
「……琉偉の兄さんと友達、キャラ濃いな……」
ドッと疲れた様子の灯夜。
「琉偉の兄ちゃん、うちの高校で『伝説の水納谷』って呼ばれて現代文や古文の授業で最初から授業終わりまで質問攻めにして国語教師ビビらせてたんだよな」
「あ、あれが噂の……!日本語へのこだわり強すぎて質問も細かすぎて先生タジタジでノイローゼ寸前、授業がまともに進まなくて他の生徒からは苦情の嵐、それはもう凄まじかったという、あの……!」
「お兄ちゃん、僕には優しいのに他の人には手厳しくて……日本語絡むと余計ひどくなっちゃうの。さっきはあのお姉さんと言い合っていたけど、それでも昔と比べたらそこまでひどいこと言ってなくてホッとしたよ。莉仁や灯夜にも普通だったし」
「さっきもぶっきらぼうだったけど昔に比べたらすっげぇ優しくなったよな」
「……あれで?あの何か苦いもの食ったような顔で?」
「う、うん……。昔はそれはもう僕以外の人にはおっかなくて、攻撃的なことばかり言っちゃう人で……」
琉偉の家には莉仁とたびたび行っているが兄に会ったことのなかった灯夜は目を丸くしている。
普段からそんなにひどかったのか……琉偉とは大違いだ。
何が彼をそうさせたのだろう……。
「琉偉の兄ちゃん羨ましいな〜毎日琉偉の手料理食べられるんだぜ!ズルい!」
「お前そればっかりだな……」
「琉偉の手料理が美味いのがいけないんだよ!」
「え、ご、ごめん……」
「いや、こいつの食い意地はってるだけで謝る必要全然ないから」
「そうそう!俺が琉偉の手料理にメロメロなのがいけないんだよな〜……てことで琉偉、今度オムライス作って」
「さ、練習に戻ろうぜ」
食い気味に言いながら琉偉の肩を抱いて立ち去ろうとする灯夜。
「ちょっとちょっと〜!灯夜はまたそうやって話を変える〜!俺が意を決してオムライスおねだりしたのに〜!」
「うるせぇ、しょっちゅうおねだりしてるくせに。琉偉の作ったオムライス食いたかったらとりあえず練習しろ。とりあえずボールでも蹴れ」
「言われなくても蹴るよ!蹴りまくるよ!」
言うなりリフティングを始め足から頭、胸から頭と見事にこなしたと思ったら、足の間にサッカーボールを挟みジャンプして背後から上げて頭でワンバウンドさせて腰のあたりに落としボレーシュートをゴールネットに鋭く突き刺す。
周りのサッカー部員も練習を見ていた女子達も歓声を上げる。
体勢を整えて満面の笑みを琉偉に向ける莉仁。
「てなわけで……琉偉、オムライス作ってくれる?」
それは琉偉の心にも突き刺さる程の見事なシュートだったので、意識するより先に微笑みながら首を縦に振っていた。
「莉仁、なんでプロ目指さねぇんだよ……」
灯夜が微笑みながら呟く。
そもそもこいつがそこまでサッカー部が強いわけでも弱いわけでもない、至って中途半端なこの高校に来たのが謎だ。
きけば、昔はどこぞのジュニアユースに所属していたという。
このサッカー部は莉仁が来てから明らかにレベルが変わった。
それほどの実力がありながら、何故……?
今度またきいてみよう。金曜日にはみんなでサッカー観戦だしな。
そのまま練習再開して没頭してあっという間に終わり各々帰路に着いた。
最寄り駅に着いてから莉仁と歩く琉偉。
いつものY字路に来るまでは帰り道は同じだ。
そこでいつも待ち合わせて学校へ向かい、そこで別れるまで一緒。
「なんか今日は朝からビックリしたね」
「な〜マジでビックリした!いきなり自分が燃えるとか考えたこともなかった!」
「火傷とかしなくて本当によかったよ」
「ありがとう!琉偉はいつもそうやって心配してくれるのな〜優しい!」
「ぐぇっ」
感激のあまり琉偉に絡みつくも、勢いあまって首を絞めかける莉仁。
「あ、ごめんごめん!大丈夫!?」
「うん、大丈夫……」
大丈夫どころか、実はかなり嬉しいけどそれは内緒。
「しばらく水たくさん持ち歩こうかな〜熱中症対策もあるけど、もし今度は琉偉が燃えたらすぐ水ぶっかけられるようにしとかないと!」
「ふふ、ありがとう」
そんなやり取りをしてるうちにY字路に着き、手を振りながら別れる。
一人で道を歩きながら朝方の疑問がまた蘇る。
あの雨は、本当に僕が降らせたのか…?
だとしたら、どうやって……?
あのとき、どんなふうにしてたっけ……。
色々思い返してそういえば慌てふためきよくわからない指の動きしてたなぁと再現してみる。
雨のことを考えながら、左手の中指と薬指の間を開き、薬指と小指を折り曲げる。
その途端に頭の中に響くあの神秘的な音。
そして、ザーッ……と頭から雨に打ちつけられる琉偉。
全身びしょ濡れでしばらく固まりながらも結論に達する。
どうやら、僕は本当に雨を降らせちゃったらしい。
「……うわあああああああああぁっ!」
あまりのことに頭はこんがらがり、もはやダッシュして家に帰るしかなかった……。