突然の炎、突然の雨
突き抜けるような青空と朝日の眩しさは莉仁と灯夜の二人に良く似合うな……。
そう感じながらもうすぐ夏休みになろうという七月のキラキラとした空気の中、三人で他愛もない話をしながら歩きサッカー部の朝練に向かう。
早朝のためまだ人通りのほとんどない商店街を進む。
たったそれだけのことでも琉偉にとっては特別なことだった。
自らの秘密の露見を怖れて当たり障りのない人づきあいしか出来ない琉偉には、心置きなく話せる友人はこの二人だけだ。
自分のどこか中性的な個性も、秘密を隠すための風変わりな振る舞いも特別視せず、すんなり受け入れて普通に接してくれていることにいつも心から感謝している。
最も、この二人にまだ自らの秘密は伝えられていない罪悪感やもどかしさは時折思い起こされ何とも言えない気持ちになるが……。
「なぁ、次のドルトムントの試合の放送いつだっけ?」
「今度の金曜日の夜だよ。九時くらい」
「おっ!その時間なら観られるじゃん!じゃまた琉偉んちで観戦してもいい?」
「もちろん!」
「やったぁ!琉偉の家行くと料理やお菓子たくさん作ってくれて悪いから、俺も何か手伝うよ」
「いや、琉偉の家の平和のためにもそれはやめろって。莉仁、家庭科で何枚皿割った?理科の実験でいくつフラスコ壊した?」
「それは言うなよ……そりゃ俺は中学の頃に『触れる物みな破壊するクラッシャー』とかあだ名つけられたけどさ」
「だろ?莉仁手伝ったら琉偉の家の皿やグラス全部割りそう」
灯夜のツッコミにバツの悪い顔をする莉仁。
「莉仁って昔からボールのコントロールはめちゃくちゃ上手いのに、手はすごい不器用だよね」
「まぁ……ほら、俺は小さな頃からサッカーだけやってきた人間だからな!手を使わずにストイックに過ごしてきたんだよ」
「はいはい」
「あ〜灯夜軽く流した!ひでー!ずっとボールさばきだけ考えて生きてきたらこうなったんだよ」
灯夜は可愛らしい幼さの残る顔だが落ち着いていて、その冷めたツッコミが持ち味だ。
「昔からサッカー大好きだもんね。そのぶん手先が不器用なのも、それで全部器用だったらかっこよすぎるからだよきっと」
「さすが琉偉、わかってる〜!」
満面の笑みで琉偉の肩に手を回し抱き寄せる莉仁。
パチパチパチパチ……
途端に聞こえ始めた音。
何の音かと見回すと、莉仁の左の肩甲骨のあたりのシャツに炎が燃えている。
「えっ、ちょっ、何これ!?」
「えっ、わかんね!あっちー!」
「おい水!水!」
騒ぎ立てながらカバンに入っている水を出そうとするも、ユニフォームなども入っているうえに慌てているため手の動きがおぼつかずなかなか取り出せない。
どうしよう、このままじゃ莉仁が……!
なんとか莉仁を助けたい……そう思った瞬間、頭の中に神秘的な音が響く。
その音は昔に聴いたグラスハープのような、テレビで流れていたチベット密教に使われるシンギングボールのような……。
次の瞬間に土砂降りの雨に打たれる三人。莉仁のシャツには焦げた跡が……どうやら雨が莉仁についた炎を消してくれたようだ。
「ちょっとあなた達大丈夫?今いきなりそこの坊やに火がついて、どうしようかと思ってたら今度はいきなりあなた達の周りにだけ大雨降ってきてビックリしたわよ〜!でも、火が消えてよかったわねぇ」
小型犬の散歩をしていたらしき初老の女性に声をかけられ見回すと、自分達の周りの地面しか濡れてなくて本当に自分達の周りにだけ雨が降ったのだとわかる。
その女性にお礼を言い、タオルを取り出し濡れた身体を拭いながら、また学校へと向かい歩き始める。
「莉仁、大丈夫?火傷とかしてない?」
「うん、すぐ火が消えたから大丈夫。今の何だったんだ?火つけるような奴いなかったよな」
「うん、それにしてもずいぶんピンポイントで雨が降ったんだな。そのおかげで助かったけど」
「なぁ!地球の気候どうなってんだよ!あ、俺の日頃の行いがいいから、助けてくれる恵みの雨が降ったとか!?」
「はいはい」
「あ〜また灯夜軽く流した!」
「あっ、朝練遅れちゃう!」
「うわぁ!走ろう!」
謎は残ったままだがとりあえず学校に走る三人。
走りながら考える琉偉。
あの雨、実は僕が降らせたような気がする……。
そう感じさせる何かはあったが、それが何かはその時はわからなかった。