六話
「「「「Happy Birthday!!詩!」」」」
直後、クラッカーが私たちに向かって放たれた。思わず目を瞑ってしまう。
「…え?……えぇ??」
「おめでとう、詩!!」
綾那は私にぎゅっと抱き着いているが、驚きすぎて頭が追いつかない。
「どや?びびったか?昨日詩、誕生日やったやろ?サプライズで驚かしたろー思うて、皆んなで計画したんや」
「もう、びっくりさせないでよ。……でも、ありがとう。嬉しい」
よく目を凝らせば、学生時代の古い友人も数名揃っている。いつの間に来たのだろう?綾那と話していて、全く気がつかなかった。きっと私が昨夜、メールした時点でこの計画は進んでいたのだろう。こういったサプライズを計画するのが、章一は昔から好きだ。
私は腕いっぱいの花束、かすみ草を章一から受け取る。そして皆んなからは両手に収まりきらないほど、大量のプレゼントがテーブルの上に山積みされている。カウンターの内側に隠されていて、気づかなかった。
山積みになったプレゼントの中に私が愛して止まないイギリス発祥ブランド、Vivienne Westwoodのオーブペンダントがあった。通常サイズよりふた回り以上大きく、ずっしりと思い。ずっと私が欲しかったものだ。メッセージカードに名前が記されていないので、誰からの贈り物なのかはわからない。
綾那からはボディケア用品一式をもらった。柑橘系の香りがラッピング袋の中からほのかにして癒される。
今年の誕生日は二十年間生きてきた人生の中でも心に残る一日となった。
………一日遅れではあるが。
その後私たちはお酒を酌み交わし、圭一さんが作ってくれた料理をつまみに一時を楽しんだ。もちろん私の手にはお酒ではなく、レモン水が注がれたグラスがしっかり握られている。
「あれ?……ねえ、詩。ルイは?見当たらないけど」
「え?」
綾那に言われ、辺りを見渡してみる。だが、ルイの姿はどこにも見当たらない。またどこかで寝ているのだと思うのだが、たまに外で寝てたりすることもあるので心配だ。風邪でも引かれちゃ困る。
「ねえ、ソラ。ルイは?」
「あん?……知らね。お守り役はお前だろ」
「人をベビーシッターみたいに言わないでよ。好きでやってるんじゃないんだから」
私の隣に腰を下ろしている空はウイスキーグラスを片手に、窓から見える外の景色をぼんやりと眺めている。その姿は儚げで、物思いに耽っている様子。
長年連れ添ってきたが、こんな姿は初めて見る。まるで知らない男の人みたいだ。
「詩?どうしたの?」
「あ……なんでもない。ルイ捜してくる」
私はなんだか怖くなって、逃げるようにその場を立ち去った。
「圭一さん、ルイ知らない?」
「あん?……ああ、あいつなら裏で寝てるぞ」
と、圭一さんはカウンター奥にある扉を目配せして言った。彼の生活スペースになっている部屋だ。
「そう。ありがとう」
私は一応確認の為、ルイがいるらしいカウンター奥の部屋を覗いてみる。そこにルイはいた。
決して綺麗とは言い難く、煙草の嫌な臭いが染み付いているその一室で気持ち良さそうに眠っている姿はまるで天使のよう。不覚にも思わず見惚れてしまった。
どうでもいいが、よくこんな煙草臭い部屋で眠れるものだ。私には理解不能。
風邪を引いてしまうとはいけないので、近くにあったブランケットをその大きな身体にそっとかけてあげる。こんなことをしていると、ルイの母親にでもなった気分だ。自然と表情も和らぐ。
「ルイ、いた?」
「うん。奥でぐっすり寝てた」
綾那の元へ戻るとそこに空はいなく、別の席で仲のいいスタッフたちと仲良く談笑していた。先ほどの儚げな表情は消え失せ、いつもの私の知っている空に戻っていた。
「ふふ、相変わらずだね」
「本当。昔から成長してない」
人は成長するにつれ、少なからず変わってゆくもの。しかしルイはBAZZ結成当時から何一つ変わっていない。あの頃の純粋な心のまま。
ふと、入口に目を向けると丁度店のドアが古びた鈴を鳴らして押し開かれた。
姿を現したのは、
「え……」
「あ、栗山さん!こっち!」
昨日会ったばかりの義人さんだった。綾那は大きく手を振って合図する。
「ごめん。遅くなって…」
「い、いえ…」
「私が呼んだの」
だと思った。彼の連絡先を知ってるのは綾那くらいだ。
「義人さん、何飲む?」
「あー…梅酒ある?」
「私、貰ってくるね」
綾那は素早く圭一さんの元へ行き、お酒を作ってもらっている。流石、マネージャー。
「新曲、出来たんだって?綾那ちゃんからきいた」
「うん。あの後なんとか」
「良かったじゃん」
彼は私の隣に腰掛け、小さな子供をあやすように優しく頭を撫でてくれた。昔は彼にされるこの行為が嬉しかったが、今はあまり好きではない。子供扱いされているようで嫌だ。きっと彼の瞳に映る私はハル兄と一緒に遊んでいた頃の、幼いままの私で一人の女性としては見てくれていないのだと思う。
「栗山さん、どうぞ」
「ありがとう、綾那ちゃん」
「いえ…ロックで平気でしたか?」
「うん」
綾那は彼にお酒が入ったグラスを手渡すとそのまま、別の席へ移ってしまった。彼女なりに気を遣ったのだろう。
「そうだ、詩ちゃん。今度の月曜、空いてる?」
「え?月曜…?」
「そう。毎年恒例のバーベキュー、まだ参加したことなかったでしょ?」
「あー…もうそんな時期ですね」
毎年この時期になると彼の店では、従業員とお客さんとでバーベキューをする。互いの親睦を深めるためらしい。毎年彼は誘ってくれるのだが、この時期はいつも新曲の曲制作やレコーディングなどで中々時間が取れない。
今回はスケジュール調整前なので綾那に言えば、なんとかなるかもしれない。
「まあ、無理にとは言わないけどさ。店の奴らも詩ちゃんに会いたがってるし、時間あったら顔出してよ」
「多分大丈夫だと思うけど、綾那に聞いてみる」
「ん、よろしく」
とても優しく、穏やかな笑顔を向ける義人さん。胸がトクン、と高鳴った。私もぎこちなく、笑顔を返す。
「ねえ、外出ない?」
「え?」
「あ、いや。さっき来る時、月が凄い綺麗だったからさ。月見酒しようよ」
「月見酒………いいかも」
私たち二人は騒がしくなっている店内をこっそり抜け出し、店の外に設置してある粗末なベンチに肩を並べて腰掛けた。
彼の言う通り、夜の闇に浮かび上がる満月はなんとなくいつもより綺麗に見える。手を伸ばせば届くのではないか、と錯覚してしまうくらい近く感じた。
「……綺麗」
「でしょ?詩ちゃんと一緒に見たくて」
「………流れ星、流れるかな」
「どうかな」
ここは都心から少し離れた閑静な住宅街なので、夜になれば星も少なからず見える。こうして夜空を見上げていると昔、家族で一度だけ行ったキャンプを思い出す。
あの頃はハル兄も元気で私の身体も少しずつ丈夫になりつつあり、両親と初めて泊まりがけで出かけた日だった。
あの日の夜も今日のように綺麗な満月が浮かび上がっていて、煌びやかな星を家族四人肩を並べ、仲良く夜空を見上げていた。私は流れ星が見たくてずっと夜空を見上げていたのだが、結局疲れて眠ってしまった。気づいた時には朝日が昇っていた。
出来ることならあの頃に戻りたい。
笑いの絶えなかったあの日々に。