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SONG 〜失われた記憶〜  作者: 橘美桜。
episode.1 My Birthday
5/11

五話

その店はCREWといい、パパの知人が経営しているカフェバーだ。彼は気分屋で営業するもしないも本人の気分次第。だからいつも店に行くときは必ず、電話を一本入れる。でなければ店が閉まっている確率が高い。


「さっきケイちゃんとこ電話したらめっちゃ機嫌悪かった。店、やるつもりなかったんかな?」

「あの人はいつも機嫌悪いよ。機嫌良い方が気色悪い」

「酷い言い様やな、詩」

「だってそうでしょ?」

「ま、そやな」


おそらくあの店は普段、営業していないのだと思う。実家から近いのでよく見かけるのだが、いつも真っ暗でネオンが光っている姿など指で数える程度しか見たことない。



それから二十分ほど車を走らせてようやく、CREWが見えてきた。控えめなネオンが街並みを照らす。


こぢんまりとした店で駐車場も五台ほど、車が止められるスペースがあるだけ。アジアンテイストなその外観はどこか温かみを感じさせられる。


「なんや、皆んな早いな。もう集まっとるみたいやで」

「本当だ」


駐車場には数台の車がぎゅうぎゅうに止まっており、賑やかな声が漏れて聞こえてきている。これからもっと、騒がしくなるだろう。


ドアを押し開け、古びた鈴を鳴らしながら店内に入る。見慣れた顔ぶれが揃っていた。


カウンターには経営者だが、経営者らしからぬ中年男性がふしだらな雑誌を手にいやらしく、鼻を伸ばして見ている。名を松山圭一という。皆んなからはユウちゃん同様、ケイちゃんという愛称で親しまれている。三十五歳、独身。


「こんばんは、圭一さん」

「…よお」

「ケイちゃん、急で堪忍な。テキトーにつまめるもん作ってくれへん?」

「へいへい」

「あ、あとプリンも。ルイの分」


忘れないうちに頼んでおく。でないと後でルイが煩い。


ちなみに私が圭一さんを愛称で呼ばないのは彼がパパの知人であるからだ。特に深い理由はない。



料理が出来上がって準備が整うまで私は椅子に座って寛ぐ。空や章たちは賑やかな輪に混じって仲良く談笑している。


「詩」

「あ、綾那。久しぶり。……なに、飲んでるの?」

「レモン水。飲む?」

「うん。ちょうだい」


こうして何気なく彼女と話すのは久しぶりだ。赤坂の家にずっと缶詰め状態だったので当たり前だが。


彼女は学生時代からの大親友で陰ながら私たちを支え、見守り続けている。名を右京綾那といい、私たちと同じ二十歳。BAZZ結成当時からずっと私たちのサポート、マネージャーをしてくれている。黒髪のよく似合う和風美人で、言い寄ってくる男は数知れず。けれど彼女が靡くことは決してない。中学の頃からずっと一途に思いを寄せている相手がいるのだから。


「あ、美味しい」


綾那が飲んでいたグラスを手に取り、私はそれを口にした。程よく甘く、爽やかなレモンの味が後味に残る。


「ケイちゃんに作ってもらおうか?どうせお酒、飲まないんでしょ?」

「うん。お願い」


一旦、私の元を離れて圭一さんの元へ小走りで駆けてゆく綾那。黒髪の長い髪が靡いて綺麗。



私はどんなことがあっても酒、煙草は一切口にしない。喉の保護の為、BAZZのヴォーカリストとして結成当時から自分の中で決めていること。まだ一度もこれは破られたことはない。多分、これからもずっと……。


「はい、詩」

「ん、ありがと」


圭一さんの元から戻ってきた綾那はレモン水が注がれたグラスを私に手渡してくれた。私はそれを受け取り、持っていた綾那のグラスを彼女に返す。


「詩、もうちょいしたら始めるって」

「あ、うん。わかった」


皆んなの輪から外れていた私たちを空が呼びに来てくれた。相変わらず綾那には目もくれずに、スタスタと皆んなの輪の中へ戻ってゆく。付き合いがそれなりに長い綾那でさえ、こうだ。もう少し愛想よくしてもいいと思うのだが、こればかりはしょうがない。


「ふふ、相変わらずだね水嶋君。私最初、嫌われてるのかと思った」

「誰に対してもあんなだよ、ソラは。男以外にはね」

「……昔から?」

「んー、小さい頃は普通だったかな。今より全然愛想良かったし、明るい男の子だっだもん」

「え…そうなの?」


綾那は意外そうに私の顔をじっと見つめた。確かに今の空からは想像も出来ないだろう。


「うん。中学に上がる少し前かな?ソラね、凄く好きだった年上のお姉さんがいたの。音大に通ってる大学生でハル兄の彼女だった。……でもソラはお姉さん、百合さんっていうんだけど彼女のこと諦めきれなかったみたい」

「……初恋?」

「多分ね。で、確か週末だったと思うんだけど四人で日帰り旅行に行くことになったの。どこだったか忘れたんだけど、多分都内だったと思う。

近くに小さい旅館があって、一緒に温泉入りに行ったんだけどそこの旅館、混浴だったの。なんか百合さん、過剰に嫌がってたんだけど私が無理に連れて入ろうとしたんだ。…………今思えば、私が無理矢理百合さんを連れて行ったからソラは女嫌いになったのかも。

小学生とはいえ、女の裸に興味ない男なんていないでしょ?きっとソラ、期待してたんじゃないかな。けどね、百合さん……





男、だったの」

「えっ……お、男?」


綾那の大きな瞳がさらに大きく見開かれた。そりゃ驚くだろう。私も当時は衝撃的で信じられなかった。


「付き合って間もなかったみたいだから、ハル兄も知らなかったっぽい。かなりショック受けてたもん。………すぐ別れたみたいだけど」

「じゃあ水嶋君、それがトラウマで?」

「うん。あの日からソラ、滅多に笑わなくなったし。何より女の人、避けてた。きっと信じられなくなったんだと思う」

「そっか…そりゃ、女嫌いにもなるね」

「あ、これソラには内緒ね?怒られちゃうから」

「うん…」


と、綾那は複雑な面持ちで頷いた。



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