三話
「新曲が出来たらまた、ハルんとこ聴かせに行くんでしょ?」
「もちろん。そのために作ってるんだし」
有名になりたい、自分たちの歌を世界中に広めたい、そんな安易な向上心からBAZZを結成したわけではない。ハル兄が好きだと言ってくれた、私たちの歌を彼の耳に沢山届けたい。そんな純粋な気持ちからBAZZは始まった。
「あのさ、俺も一緒に行っちゃ駄目?」
「へ?」
「最近ハルの顔、見に行けてないからさ。流石に仕事帰りに行くのは気が引けるし…」
「もちろん。ハル兄、きっと喜ぶ」
こうして時折、ハル兄に会ってくれる彼には本当に感謝してる。殆どの人たちはもう、ハル兄のことなど忘れてしまっているのだろう。天才とまで言われたピアニスト、箕山春人の存在など……。
「ハルが目、覚ましたらさどっか行きたいね。泊まりがけで二、三泊くらい」
「うん。温泉でのんびりしたいな」
「おっ、いいね。温泉」
いつになるかわからない約束。こうして交わすことで私は頑張れる。立ち止まることなく、前に進める。
大袈裟に聞こえるかも知れないが、それほど私にとってハル兄は大切な存在。たった一人の兄なのだから。
その後、私たち二人はお互いの心境話など他愛ない話をして一時を過ごした。いっそ時間が止まってしまえばいいのに、と思えるほど和やかな一時を。
彼に会えたことでいい気分転換になり、心身共にリラックス出来た気がする。いい詞が浮かびそう。
義人さんには悪いと思いながらも、私は席を立って自室で再び作詞活動に時間を費やす。頭の中を空っぽにして流れてくるメロディーに言葉を乗せた。
「出来たー!!」
そして完成の声を上げたのは、二時間ほど経ってからのことだった。
メンバーやプロデューサーには、曲が完成したことをメールで知らせておく。出来立てホヤホヤの新曲を添えて。
これからレコーディングを行い、ミックスダウンやマスタリング、その全てをメンバー同士で確認し合いながら作業を進めていく。少なからず、ピリピリと緊迫した空気になるだろう。PV撮影やジャケット撮影まであるので多忙極まりない。
一息つく為、自室を出てリビングへ顔を覗かせる。当たり前だが、そこに義人さんの姿はいなかった。代わりに置き手紙が残されている。
《集中してるようだから帰るね。おやすみ。Happy Birthday》
達筆な字でそう書かれていた。
私はその走り書きされたメモをそのまま、テーブルの上に残して冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。それを口に流し込む。ひんやりとした液体が体内に入ってきたため、先ほどまであった眠気が一気に冷めた。
取り敢えず、空になったカップとお皿を綺麗に洗ってから寝室に行く。帰り際、義人さんがカップとお皿をキッチンまで運んでくれたみたいだ。
すぐには眠れないのでベッドに備え付けてあるヘッドライトをつけ、読みかけの本を読む。プレゼントに貰ったオルゴールを鳴らしながら……。