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SONG 〜失われた記憶〜  作者: 橘美桜。
episode.1 My Birthday
2/11

二話

「間に合った…?」

「え?」


玄関まで出向き、彼を迎えたその第一声の一言に私は目を大きく見開いて瞬きを何度か繰り返した。一体何のことだろう?


「今日、誕生日でしょ?」

「ああ…多分、ギリギリセーフ」

「よかった。お祝いしよ?ケーキ、買ってきたんだ」


と、目の前に差し出されたケーキの箱。大きさからしてホールケーキだろう。


彼は毎年、どんなに忙しくても私の誕生日には必ずケーキを持って一緒に祝ってくれる。私が寂しくならないように、と。


「わあ、ありがとう!義人さん。どうぞ上がって。散らかってるけど…」

「ん、お邪魔します」


渡されたケーキの箱を受け取り、私は彼を家の中へ招き入れた。


*****


楽器や機材に埋もれたこの家はお世辞にも綺麗とは言い難く、生活スペースがあるかどうか疑わしいが、一応一階だけは寛げる空間となっている。


いつものように彼を一階のリビングに通す。


「何か飲む?って言ってもビールしかないんだけど……」

「いや、今日車だからやめとく」

「じゃあ、コーヒーでも淹れるね。適当に座ってて」


カウンターキッチンになっているそこへ、私はケーキの箱と共に足を運んだ。



コポコポコポ、とサイフォンでコーヒーを抽出している間に義人さんが買ってきてくれたケーキを箱から取り出して綺麗にカットする。


色とりどりの沢山のフルーツで彩られたキラキラ、宝石のように輝いているフルーツタルト。真ん中にちょこん、とネームプレートが置かれて"Happy Birthday Uta"と記されている。こんな風に祝ってくれる者がいるというのは、やはりいいものだ。心がぽかぽか、温かくなる。


「美味しそうでしょ?」


耳元で囁かれた低く聞き慣れた声に驚き、私は大きく身体を跳ね上げた。


「ぎゃっ!………びっくりした。もう、驚かさないでよ!義人さん」

「ははっ、ごめんごめん」


年齢とは不釣り合いなほど無邪気な笑顔。怒る気も失せてしまう。


私はいつもこの笑顔に癒され、救われてきた。辛いこと、悲しいことがあっても彼の笑顔でまた明日頑張れる。



……色気のない声を出してしまったが、気にしないことにする。


「こんな時間に来たってことはもしかして仕事だった?」

「あ、いや。まあ…」


言い忘れていたが、彼は数年前から別居中ではあるものの既婚者である。仕事ばかりで家庭を顧みない自分に愛想尽きたんだ、とよくお酒の場で嘆いていたのを覚えている。


別居をしていても月に一度は会っているらしく、こうして歯切れ悪く答える時は大抵、奥さん絡み。なぜか私には話したがらないので深くは追求しないが。



サイフォンで抽出したコーヒーをカップに注いでカットしたタルトをお皿に盛りつける。それらをお盆に乗せて深夜のカフェタイム。


「誕生日おめでとう」


カチャン、とカップで乾杯。誕生日はもう過ぎてしまったが、二人だけのささやかなお祝い。豪華なパーティーなんかよりも、ずっとこっちの方が気楽でいい。


去年は事務所が盛大にパーティーを開いてくれたのだが、お偉方の挨拶回りで却って気疲れしてしまった。だから今年は気の許せる仲間内だけで後日、祝うつもりだ。多分、新曲が完成した後に。


「今日義人さんが来てくれなかったら危うく誕生日、一人で過ごすとこだった」

「毎年一緒に祝ってるでしょ?来ないと思った?」

「……うん」

「信用ないな、俺。


ーーーそういえば、今新曲作ってるんだっけ?」

「うん。ちょうど作詞に行き詰まってたから助かった」

「ああ……作詞苦手だもんね、詩ちゃん」

「作曲は得意なのにな」

「昔から即興で曲、作ってたしね」

「だって他にすることなかったんだもん」


ピアニストのママと指揮者のマエストロをパパに持つ私は物心ついた頃から、様々な楽器に触れていた。兄や両親に教わりながらも数種類もの楽器を自在に扱えるようになっていた。周りからは天才だとか言われていたが、実際は違う。子供の頃は身体が弱く、外出禁止されていたのでとにかく暇だった。だから作曲も覚えて毎日のように即興でメロディーを奏でていた。毎日楽器に触れていれば、嫌でも上手くなる。


BAZZを結成してからというより、本気で音楽に取り組むようになってからは昔のようにポンポン即興で曲を作れるようなことはなくなった。だが、作詞よりは楽に作れる。


「あ、そうだ。これ、誕生日プレゼント」


と、どこからともなく出てきたのはキラキラと宝石箱のようなオルゴール。持っているだけで心が躍る。


ネジを回して蓋を開けてみる。懐かしいキラキラ星のメロディーが流れた。子供の頃、ママがよく子守唄代わりに歌ってくれた曲だ。


「好きでしょ?キラキラ星」

「うん。大好き。ハル兄が初めて教えてくれた曲だったから…」

「あ…そう、だったね。ハルも祝ってくれてるよ、きっと。お医者さんも言ってたでしょ?身体は眠っていてもちゃんと意識はあるって」

「うん…」


ハル兄こと箕山春人は私の七歳年上の兄。もう何年も彼の声、笑顔を見聞きしていない。七年間一度も目覚めることなく、眠り続けている。ある事件がきっかけで………。



私が深く関係しているらしいが、その時の記憶が私には全くない。所謂、記憶喪失ってやつだ。一部分だけの。生活には支障がないのでとくに問題ない。


無理に思い出そうとすると頭がズキズキ痛むし、この話題は皆んな悲しい表情をする。愛する人たちのそんな顔、見たくない。だからこの話は禁句だ。心の中にそっとしまい込んでおく。きっと思い出してはいけないのだと思う。この平和な日常を壊したくはない。



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