十一話
私たちBAZZが所属している音楽事務所は渋谷の中心街を少し離れた場所に位置するPOWER SOUNDというこぢんまりとした事務所。スタッフの数も数十名しかおらず、いつもアットホームな雰囲気で居心地がいい。私にとっては第二の我が家。私たちが好き勝手に出来るのは彼らのサポートあってこそだ。
「おはようごさいまーす」
いつものように事務所の地下駐車場に車を止めてから、中に入る。
「あ、詩さん!おはようございます。もう皆さんいらしてますよ」
「もう?早いね。
あ、これ差し入れです。皆さんでどうぞ」
笑顔で迎えてくれたのは受付の奈々さん。いつも素敵な笑顔で迎えてくれる綺麗なお姉さんでプライベートでも何度か食事したことがある。童顔でまだ二十代前半のにしか見えないが、三十路をもうすでに超えているというのだから恐ろしい。何人もの男性が彼女の容姿に騙されているのを私はこの目で何度も見ている。
「いつもありがとうございます」
「本当に大したものじゃないんで気にしないでください。コンビニで買ったやつだし…」
「ふふ、後で頂きます」
私は奈々さんに案内され、皆んなが集まっている一室に向かった。そこにはメンバーとユウちゃん、綾那、各関係者が数名揃って仲良く談笑している。
「お、詩!遅いやんけ。ここ座りぃ」
「あ、うん」
と、私の存在に気づいた章一が隣を指し示してくれた。私は素直に隣に座る。
「じゃあ私はこれで…」
「ありがとう」
そう言って奈々さんは部屋を後にした。
「…色っぺー」
「奈々さん?」
「そう思わへん?」
確かに。章一の発言に周りの男共は空以外、頷く。
彼女の仕草や雰囲気にはどこか色っぽさがある。女の私から見てもそう思う。おしとやかな物腰の立ち振る舞い、細やかな気遣いや心遣い、落ち着きのある口調。その全てに色っぽさが感じられる。
「そういえば章一、奈々さんに玉砕したんだって?」
「え…マジ!?」
慎の瞳が大きく見開かれる。
「げ…なんで知ってるん」
「本人から聞いた。章一も大したことないね」
「ほっとけ!」
そんな章一の怒声も今は何も怖くない。
雑談を混じえながらの打ち合わせを始めること数時間。私はある提案を申し出た。
「あの、私から演出について提案があるんですけどいいですか?」
「ええ、どうぞ」
「新曲の発売日にゲリラライブを行うというのはどうでしょうか?サクラは一切なし。新曲のいい宣伝にもなるし、何よりBAZZを知らない人たちに知ってもらえるいいチャンスだと思うんです」
「…うーん」
「いいじゃん!リハなしのぶっつけ本番!やろーぜ、絶対盛り上がる」
「シン、やる気満々のところ悪りぃけど、ぶっつけ本番ってことは失敗出来ねえんだぞ?わかってんのか?」
「大丈夫、大丈夫!なんとかなるっしょ」
空の冷静な意見にも動じない慎の楽観的思考。単純で羨ましい。それが彼の良さでもある。
「やっぱり駄目、ですか…?」
「いい案だとは思うけど失敗した時のリスクが大きい。そう簡単に答えは出せないよ」
「そう、ですか」
「あー…まあなんだ、そう落ち混むな。まだレコーディング済んでねえのに話し合う問題じゃねえだろ。曲が完成したらもう一度検討してみよう」
「はあ…」
ユウちゃんのその言葉に私は渋々頷くしかなかった。




