★ライバル登場★
その日の放課後。ぼくはいつも通り生徒会室へと向かうため、教室を出た。
いつもなら、先に着いている生徒会室にいる紅葉にあそばれるんだけど、今日は少し違った。
「雨宮くん、少しいい?」
「?」
ぼくに用事?
後ろから呼び止められて振り向けば、そこには髪の毛を後ろで高くくくっている女子がいた。
学年はたぶん、ぼくと同じだろう。 ぼく自身を人差し指で指すと、少しつり目の気が強そうな彼女はコクンとうなずいてみせた。
なんだろう? 何か困ったことでもあったのだろうか?
首を傾げると、女子は後ろを向いた。
なんだろう?
ますます意味がわからなくなって女子を見つめていると、声をかけてきた彼女の後ろから……あの、霧我を一心に見つめている三つ編みの女子がひょっこり現れた。
「屋上で話しがしたいの。今、いい?」
『屋上』
普通なら、その言葉を異性から聞けば告白だと思うだろう。
だけど、ぼくの場合、そうじゃない。だって、ぼくは女子からはそういう対象としては見られていないから……。
ともすれば、これは誰かに告白するタイミングや代弁をお願いされるパターンに違いない。
ぼくの場合、その対象は同じ生徒会にいる、紅葉と霧我のふたり。そして、今回の相手は、間違いなく霧我の方だっていうことも……。
ほんとうは、忙しいから無理だと言いたい。だけど、嘘をつけないのがぼくの欠点だ。素直にうなずいてしまう。
「よかった。少しですむから」
そう言って、気が強そうな女子は三つ編みの女子の手を引いて先頭を歩いていく。沈黙が緊張感を上塗りさせながら、屋上へと続く階段をひたすら進むぼくの両足は、まるで鉛をつけているみたいに重たかった。
いつもより長いと思ってしまう屋上へ続く階段の行き止まりに着くと、端っこが茶色く変色している緑色の扉はぽつりと存在していた。
女子の手によって重々しくギシギシと音を立てて開かれた扉の外は、傾きかけたオレンジ色の夕日があった。
直線上に延びてくる眩しい夕日を防ぐため、視界を細くして前方にいる女子ふたりと向き合った。
しばらくの沈黙が続く中、つり目の女子が後ろに控えている三つ編み女子を肘でツンツンと押し、早く言えとうながす。だけど、三つ編みの女子は顔をうつむけてジッとしていた。
「ああ!! もう、ホラ!!」
「へ? あわわっ!!」
つり目の女子に背中をドンと叩かれ、ぼくの前に出る彼女の顔は……夕焼けよりも赤く染まっていた。
かわいい。
それは、彼女の仕草や表情でぼくが思った最初のひと言だった。三つ編みの女子は突き飛ばされて一瞬よろめいたものの、なんとか姿勢を崩さずに立つと、チラチラとつり目の女子を見て、目を閉じた。胸をふくらませ、深呼吸を繰り返している女子を、何とも言えない気持ちのまま見つめていると、ズイっと真っ白い横封筒をぼくの目の前に差し出した。
ラブレターだ。
真っ白い横封筒を見たとたん、それが何なのかを確信した。
「これを……有栖川くんに……渡してほしいんです」
その声はとても小さくて、まるで鈴虫の羽音のように涼やかだった。
ほらね。やっぱり彼女が想っているのは霧我だった。
彼女は霧我を想っているぼくに、彼女の想いを伝える手助けをしてほしいと、そう言っている。
イヤだ。言いたいことがあれば、直接本人に渡してほしい。ぼくを巻き込まないでほしい。
断るためにグッと両手を拳にして力を入れて唾がなくなったカラカラの口をあけた。両手で白い封筒を差し出す彼女を見つめる。すべては、女子のお願いを断るために――。
……だけど……。
「わかった。渡すだけでいいんだよね」
乾ききった唇は、ぼくの意志とは関係なく勝手に動いた。
自分が言った言葉にびっくりしてしまう。
ぼくがしどろもどろになっている間にも、目の前にいるふたりの女子の表情は花が咲いたように明るくなっていく……。
「ありがとう。お願いします!!」
「よかったね、美亜!!」
「うん、ありがとう、雨宮くん」
三つ編みの女子はぼくの手を掴み、白い封筒をぼくに握らせ、屋上から軽快な足取りで出て行った。
残されたぼくの中にあるのは……痛むこころと苦しくなる心臓。
渡された封筒を持つぼくの手は、三つ編みの女子がぼくに手紙をお願いした時と同じくらい震えている。
「っく…………」
――言えなかった。
「……ひっく………」
断れなかった。だって……彼女の手が小刻みに震えていたから……。だけど、断りたかった。
「ふっ…………」
彼女は霧我が好きって言えるっていいね。僕は言えない。霧我に、『好き』なんて言えない。
だって、だって……ぼくが言ったら、霧我に気持ち悪いって思われちゃう。嫌われちゃう。
「ふぇ…………」
好きって、言えるっていいね。
言いたい。ぼくだって言いたいよ。
霧我が好きだって……ぼくだって言いたい。
「ふぇ……ふえぇぇ……」
ぼくの胸、ズキズキ痛いよ。苦しいよ……。
ポロポロ、ポロポロ。目からあふれ出てくるのは、悲しみの涙。
その後、数時間は生徒会室に行くことができなくて、屋上でしゃがみこみ、泣いていた。




