☆隠しきれない想い☆
「鈴くん、頑張ってね!!」
「うん、ありがとう」
今は五限目の体育の時間。真っ白い半袖と青色をした半パンという体育着に着替え、緑色の高い木々に囲まれた、茶色い砂地が広がる運動場の真ん中に、堂々と白い石膏で引かれた四本のラインの上で、ぼく、雨宮 鈴は有栖川 霧我の隣に立って屈伸運動をしている。――っていうのも、ぼくたち男子は今から身体測定という名の100メートル走なんだ。
勉強面では霧我に追いつけっこないけど、運動ならぼくだって自信がある。自慢だけど、運動神経はいいんだ。
その分だけでもいい。ちょっとでも霧我に近づきたい。好きな人と同じ目線に立ちたいんだ。
たとえ、届かない存在だとしても……。
そう思うのって、やっぱり滑稽なのかな。
ぼくは、いつまでたっても霧我のお荷物なのかな。
だけど少しでも好きな人と同じ位置に立って、ぼくのことを理解してほしい。霧我の目にとまりたいって、そう思うんだ。
「大丈夫だよ、鈴くん足速いもん!! 絶対ぜ~ったい、一位とれるよ!!」
「うん!!」
ぼくは応援してくれる女子に一位になってみせると宣言して、配置についた。
「霧我、ぼく負けないからね!!」
「……ああ」
意気込むぼくに、うなずく霧我はとっても冷静で見惚れる反面、余裕綽綽っぽくてムカつく。
くっそ、見てろよ霧我!!
少し意地になって睨むぼくに、霧我は相変わらずまっすぐ前を向いている。
「用意!!」
審判の合図で、ぼくは慌てて石膏で描かれたラインに右足を後ろにして膝を前にある左の足のつま先と平行にスタートのポーズをとった。
チラリと霧我を横目で見ると、右足を後ろに置いて、前にある左足のかかとから脛骨よりも長く構えていた。
スタートの構えを取る姿さえもカッコイイとか、そんなのナシだよ!!
落ち着き払っている霧我に心の中で大声で怒鳴って、ぼくもゴールがある前を見据える。
パンッ!!
号砲がなって、ぼくと霧我、そして同じく競争に参加している2人の合計4人が真っ白いラインに囲まれたゴールまでの直線の大地を蹴って走る。
はじめは4人とも横一列に並んでいたけど、少しずつ距離が開き、真ん中あたりではぼくと霧我がそろって前に出た。
くっそ、負けないからっ!!
大地を強く蹴って、霧我と並ぶけど、足のリーチはやっぱり霧我の方が有利なんだ。
向かい風がやってくるせいで余計に息は乱れる。霧我に引き剥がされないように必死に走って、走って……。
パンッ!!
審判の横をすり抜けた時、決着の号砲が鳴った。精一杯走ったから、頭が酸欠状態でクラクラ。息苦しくなって前かがみで膝を持って身体を支えた。
「しんぱ……タイムは?」
「雨宮、有栖川共に12秒01」
ぜぇぜぇと息を整えながらの言葉で尋ねたら、審判はニッコリ笑ってそう言った。
同着……。
「すっごい!! 12秒って……速い!!」
「お疲れ様!!」
みんなはぼくをそうやって労ってくれる。だけど……。
ひとつぐらい、霧我に勝ちたかった。それでぼくを意識してほしかった。
だけど、けっきょく霧我を追い抜くことなんてできやしない。
そう思うと、同着で霧我の隣に並んだっていう嬉しい気持ちよりも苦しさと悲しさの方が強くなる。
霧我の方を見れば、もう汗は引きつつあって、女子たちに囲まれながら涼しい顔して呼吸を整えている。その表情がよけいにイラってくる。
なんだよ。なんだよ。霧我のばか!!
ぼくと競い合って少しくらい苦しそうな顔をしてくれたっていいじゃんか!! 平然としちゃってさ……。ぼくがヤケになったのバカみたいじゃん……。
霧我には一生追いつけない。霧我は特別で、ぼくは凡人。対等にはなれないって思い知らされる。
考えれば考えるほど、鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなってくる。
目からこぼれ落ちていこうとする涙を引っこめるため、頭上で輝く太陽がある真っ青な空を見上げる途中、何かの視線が気になって、ふいに目を止めた。ぼくの視界に映ったのは、6階まである校舎。
――え?
思わず目を疑ったのは、三階の南側にある、2年3組のぼくの教室。――その教室の隣――2組の窓から覗くひとりの女子がいた。
その女子はぼくが階段でダンボール箱をぶち撒けた時に見た、三つ編みのあの子だった。
たしか、2組は先生の急な用事で自習だって言っていたっけ……。
窓から覗く三つ編みの女子は、ずっと同じ方向を見つめている。まばたきすらしないでいったい何を見ているんだろう。視線を追ってみた瞬間、止めておけばよかったと後悔した。だって、だってそこには……。
霧我がいたんだ。
ぼくが霧我の隣にいるからわかるんだけど、女子が霧我を見つめている場面にはよく遭遇する。
だって霧我はカッコよくって、冷静沈着で何があっても物怖じしない。しかも、笑っているようには見えなくても困っている人を見過ごしにしたりはしない優しい一面もあるから、女子にはとても人気がある。それに輪をかけて生徒会という目立つ役柄をしているから余計に人気に拍車がかかるのは必至。
実は、同じ生徒会の副会長をしている紅葉も笑顔を絶やさないし、カッコいいからってけっこう人気がある。まあ、その笑顔が恐ろしい場面もあるんだけど、それを知っているのは同じ生徒会の霧我とぼくだけ。他の人間は、紅葉の笑顔には裏があるなんてことは一切知らない。その証拠に、前、生徒会の用事で紅葉のクラスに行った時、彼の机は女子に囲まれていた。どうしたのかと理由を訊けば、休憩時間はいつもそうやって女子に囲まれているという。
――とはいえ、霧我の性格上、紅葉と違って、女子からは表立ってキャーキャー言われない。こっそり見つめられていることが日常茶飯事。当の本人は無表情でそういうことを知っているのか知らないのかはナゾだけど……。こういう場面はぼくにとって慣れっこになっている。
だから、霧我が好きでこっそり見つめている女子の中の誰かに霧我を取られる可能性があることだって、もう知ってる。覚悟もしている……つもり……だった。霧我を一心に見つめるあの女子を見るまでは……。
なんだろう。
胸がザワザワする。
すごくイヤな予感。
いつもと違う感じがする……。
それは、その日の放課後の出来事を予兆していた。