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★猿だって木から落ちるもん★

 ぼくの後ろに続く霧我ムガの気配を感じながらも、ぼくは校舎の中に入り、五階の生徒会室へと足を運ぶ。

 五階には特にこれといって教室は何もないため、がらんとした廊下が続くだけだ。

 そこにぼくたち生徒会の教室があった。

 生徒会の教室は一般の教室と同じくらい広い。

 南向きということもあってか風通し、日当たり抜群。ちょっとしたオアシスみたいになっている。

 そんな生徒会室のドアの前に、茶色い髪を肩まで流している女性のような繊細な男子が立っていた。身長は霧我と同じくらい高い。180センチそこそこじゃないかな。

 彼の名は、相楽サガラ 紅葉モミジ

 ぼくたちと同い年なんだ。


――そう。容姿端麗な彼こそ、霧我の右腕とされる生徒会副会長を務めるその人だったりする。

 今の生徒会はみんな二年生でまとまっている。それは、校長先生の好みというか……なんというか……そんな感じ。

 実は生徒会は、校長先生によって選出されるんだ。


「遅いよ、霧我。スズ。各部からの届け出と、委員会からの提案書類がたくさんきてるんだから」

 大きな瞳が霧我とぼくを捉えると、口をあけた。

 にっこり微笑む彼の姿は天使さながらで、この世の人とは思えないほど優雅なものだ。

 だけど、ぼくは知っている。

 彼の洞察力がずば抜けていて、さらには思いのほか口が軽いという事実を――。その部分がすべて校長先生の好みにヒットしたんだと思う。見事副会長の座を我が物にした。

 だから紅葉の言葉にはいつも注意しなければならないんだ。

 だって、ほら。今も何かよからぬことを言おうとしている。

 その証拠に、ぼくを見る目つきが獲物を見るように光っているんだ。


 いったい何を言うつもりなのだろう。

 そう思って耳を澄ませば……。

「二人で室内にやって来るなんて、相変わらず仲がいいね」

 紅葉は霧我とぼくを交互に見ている。

 まさか……紅葉の言おうとしていることって!!

 嫌な予感がぼくを襲う。

 そんなぼくをよそに、紅葉は気にすることなく――。

「鈴、この分だと君の想いはすぐにでも霧我にと……」


 うわわわわっ!!


 ぼくは紅葉の口を慌てて塞いだ。

「むぐっ」

「俺と鈴が何だって?」

 霧我は、口を塞いでいるぼくと塞がれている紅葉に怪訝けげんな顔をして尋ねてくる。

 なんだか不機嫌そうなのは気のせいかな。

 だけど、今はそんなことにかまっている暇なんてない。

「それはだね、霧我くん」

 紅葉を戒めるぼくの手が少し緩まったせいで、彼から言葉が発せられる。


 うわわわわわわ!!


「むぐっ」

 もう一度、慌てて紅葉の口を塞いだ。

「なんでもないんだよ!! あ、あははははは!!」

 もう!!

 もうもうもう!!

 紅葉、いい加減にしてよ!!

 ぼくは紅葉をキッとニラみ、霧我には冷や汗を流しながら笑顔をつくる。

 そんなぼくに、霧我は眉を寄せて見つめてくる。


……うっわ~、めちゃくちゃ疑ってる。

 めちゃくちゃ疑われてる。

 今のぼくは、オオカミに睨まれたウサギみたいな気分だ。

「あ~!! ほら、書類、霧我書類見ないとね~」

「お、おい……鈴、押すな」

 ぼくはイブカしげな表情をしている霧我の背中を押して座席に座らせた。

 そんな霧我の隣に座る。

 霧我が書類に目を通しているスキをついて、こっそり隣の席に着いている紅葉に耳打ちした。

「いい加減にしてよ。霧我にぼくの想い気づかれちゃうでしょ?」

「なんで? 別にいいじゃん。霧我は君と仲がいいんだから……。ひとりで動くことが多い彼にしては君の側にいるなんて両想いとしか考えられないんだけど?」


……そう。紅葉はぼくの、有栖川 霧我に対しての恋心を知っているんだ。だから余計にややこしい。

 いつ、どこで紅葉が霧我にぼくの気持ちを伝えるかわかったもんじゃないから――。

 くっそ~!!

 紅葉のくせに、なんでこんなに洞察力いいんだよ!!


「そんなことあるわけないでしょ? 霧我は、ただ単にぼくがおっちょこちょいだから側にいてくれてるだけだよ」


――だって、霧我は、本当に面倒見のいい人だから――。

 そう思えば、ぼくの胸がギュッってする。

 胸が痛くなる。


「大丈夫だと思うんだけどね……君たち、ハタから見てたら両想いだと思うよ?」

 書類に目を通す霧我の姿を見つめながら、紅葉は苦笑した。

――有り得ない。

 紅葉は普通の人と感覚が違うだけだ。

 普通の人間なら、きっと同性でこの感情はおかしいって思うから。

 だから、有り得ないんだよ。


 ぼくは紅葉の言葉で図に乗りそうな気持ちになるのを止めようと口を閉じ、ゆっくり首を左右に振った。

 そうすると、今度はものすごく胸が痛くなる。


「鈴? どうかしたのか?」

 悲しい胸の内からなんとからそうと、そのまま目を閉じ続けたぼくのすぐ後ろの頭上から、滑舌カツゼツのいい低い声が聞こえた。

 霧我の声だ。

 ぼくは、ハッとして閉じた目をこじあけた。

 すると、目の前には整った眉を眉間に寄せた彼の姿があった。

 とても心配そうにしてくれている。

 そんな霧我の表情を見たら、とても胸がきゅんってする。

 霧我は卑怯だよ。

 どれだけ好きっていう気持ちを大きくさせれば気が済むの?

「なんでもないよ?」

 ぼくはそう言って霧我に、にこりと笑みを返す。

 すると、霧我の眉間の皺がますます深くなっていくんだ。

 ぼくの言葉を疑ってるんだってわかる。

 どうやらうまく笑えてなかったみたいだ。

 失敗、失敗。


「室内あついね」

 平静を装うことに失敗したぼくは、霧我の顔を横目に入れながら席を立って窓を開けた。

 真っ白い朝の光が生徒会室を明るく照らす。さわやかな風がぼくのちょっと苦しい心に入り込んで、楽にさせてくれる。

 だけど、同時に霧我の心配する視線が背中にチクチクあたる。

 ぼくの斜め後ろの席に座っている紅葉を横目で見れば……それ見たことかと言うように肩をすくめていた。

――違う。

 違うよ。

 そんなんじゃない。

 きっと……絶対。

 霧我はそうじゃない。

 ぼくと同じ『好き』の部類じゃない。

 ぼくは紅葉の言葉によって淡い期待を抱かないよう、小さく首を振った。

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