☆恋って落ちるものだよね☆
「行ってきまーす!!」
時刻は7時30分。御前高校へと走る二年のぼく、雨宮 鈴は、いつもの時間、いつもの通学路を走っていた。
走る理由?
そんなの学校に遅れるからに決まっている。
なんでいつもいつも母さんは早く起こしてくれないんだろう。おかげでいつも遅刻寸前なんだ。
あ、もちろん遅刻っていうのは、『学校に遅れる』っていう意味じゃない。
『仕事に遅れる』っていう意味。
ぼくの仕事……それはね。
実はぼく、生徒会書記を務めてます。
すごいでしょう?
みんなの役に立ちたいっていうので入った生徒会……なんだけどね。それだけじゃなかったりもする……。
それは何かって?
えっとね、それはね……。
「うそ!? どうしよう!! 早くしないと朝練に間に合わないよ?」
「もう!! 美夏が打ち合いしながら学校行こうとか言い出すからじゃん!!」
「んなこと言ったって、アンタもそれに同意したでしょう?」
――いったいどうしたんだろう?
目の前にはふたりの女子が言い合っている。
「どうしたの?」
たぶん、同じ学年じゃないかな。ぼくと同じ紺色のブレザーに身を包んだ女子に話しかけた。
すると、声をかけられたふたりの女子は振り返り、ぼくを見て固まった。
え? なんで固まるの? なんて思っていたら……。
「うそっ!! 鈴くんじゃん!!」
ショートカットの女子が口をひらいた。
え?
ぼくの名前……なんで知ってるの? 彼女と話したことあったっけ?
思わず首をかしげると……。
「相変わらず、かっわいい!!」
ガバッ。
「のえええええええええ?」
衣擦れの音がしたと思った瞬間、ぼくは女子の腕の中にいたりします。
「ちょっと彩、何やってんの!! 鈴くん困ってるじゃない!!」
ぼくが慌てふためいていると、もう一人の髪の長い女子は抱きしめられた腕をほどいてくれた。
「ちょっと、何すんのよ!?」
ショートカットの女子は口を前に突き出して怒っている。
「何するのじゃないわよ。鈴くん困ってるでしょ?」
「あ、あの……」
二人の世界になってしまった間に立つと、ぼくは小さく手をあげた。
「いいじゃん!! かわいいもん!!」
「あの~」
ぼくを無視しないで。
「よくない!! いい? 鈴くんはねぇ……」
「あの~」
お願いです、話を……聞いてください。
「あのっ!!」
二人の間に立たされたぼくは大きな声を上げる。
「あ、ごめん!!」
ぼくの大きな声に、ようやくふたりは振り返ってぼくを視界に映してくれた。
よかった……。やっとぼくの話を聞いてくれる。
ほっと一息つくと、ぼくは口をあける。と、同時に彼女たちはぼくに尋ねた。
「鈴くん、いったいどうしたの?」
「何かあったの?」
――え?
どうしたのって……ええっ? ぼくが訊かれちゃうの?
何かもめていたみたいだから、「どうしたの?」って、ぼくが尋ねたいのにどうしてそうなるの?
「なんで二人ともぼくの名前知ってるの?」
って、ぼくもそうじゃない!!
自分はいったい何を訊いてるんだろう。そう思っても、たしかに疑問はそっちになったり。
う~ん。だからいつも紅葉に話が突飛すぎるって言われるんだよね。
あ、紅葉っていうのはぼくと同じ生徒会メンバーで、副会長をしてるんだ。
彼にはいつも注意されっぱなし。
でも、この性格はしょうがない。これはぼくの短所でもあるけど、長所でもあるんだ。
あ、長所って言ってくれたのは、『彼』なんだけどね。
『彼』っていうのは……。
「あ、そんなこと? そんなの決まってるじゃん!! 鈴くんかわいいので有名だし、生徒会だし?」
そんなことを思っていると、女子のひとことが気になってしまった。それは、『かわいい』という言葉。
だってかわいいって……ぼく、男です。
ショートカットの女子が胸張って答えた言葉にカチンと固まっていると、もう一人の女子が口をひらいた。
「そうそう、クルンってした毛先に真っ白卵みたいなプルンプルンの肌。大きなクリクリした目に輝く瞳!! しかも、あたしたち女子とあんまり変わらない身長!!」
……どうせ……どうせ、ぼくの背はいまだに156センチだよ。
ふくれっ面をしてしまうぼくに、女子はフォローする。
「まあまあ、そんなに怒らないで。怒った顔もかわいいけど」
「そうそう、身長なんて気にしなくていいよ。男の子だし、きっとこれからだよ!! あと一か月後にはもしかしたらあの木みたいに……あああああああっ!!」
ショートカットの女子が側にあった大きな気を眺めて大声を出した。
「あああああああ!!」
つられるように、もう一人の女子も声を上げる。
「え?な、なに? どうしたの?」
突然の大声にびっくりして、女子を見ると、二人は大きな木の枝を見上げていた。
「バドミントンの羽が木の枝にひっかかったの!! どうしよう!?」
「うわっ、最悪!! 部活に遅れる!!」
二人はさっきの穏やかな雰囲気はなかったように慌てふためきはじめる。
――うん。
こんな時は、ぼくの出番だよね。 自慢だけど、ぼくってすごく運動神経いいんだよ!!
ぼくは腕まくりして木の上のどこに羽があるのかを確認した。
太陽の光が緑色をした葉を照らしている。
逆光に目を凝らしながら見上げると……。
あ、あった。
太い木の枝のとこ。
そんなに高くないところにちょこんと羽が乗っている。
「よし!! ぼくに任せて!!」
そう言って、ぼくは木の幹に足を引っ掛け、少しずつ登りはじめた。
下では女子二人が危ないよと声をかけてくれる。
でも、大丈夫だよ。ぼくは木登り得意だし……。
そうやっている間にも、手と足はグングン羽へと向かって進んでいく……。
よし……もうちょっと!!
目的の木の枝を目の端でとらえると、方向転換をして隣の大きな枝に足をかける。
手を伸ばせば……よしっ!! 取れた!!
羽の先端に触れると、一気に掴んだ。
「取れたよ!!」
木の枝に乗って下にいる女子二人に声をかけたその時だった。
グラリ。
あれ?
ぼくの身体が横になっていく……。
太い幹に絡ませた足は解かれていく……。
このパターンって……もしかして……。
――落ちるの!? なんて思っていると、下目掛けて身体が一直線に……。
「きゃああああっ!!」
「鈴くんっ!!」
ぼくは落ちるのを覚悟してギュッと唇をかみしめる。やがて、とてつもない振動がぼくを襲ってくることを待って――。
それなのに、いつまで経っても振動は襲ってはこない。
それになんだろう。
女子の声は悲鳴から違う声になっているような……。どっちかっていうと、黄色い悲鳴みたいなのが聞こえてくる。
なんで?
どうして?
閉じた目をゆっくり開ければ、その理由はすぐにわかった。
だって、ぼくの目の前には――『彼』がいたから。
「大丈夫か? あまり無茶はするな」
色素の薄いやわらかな茶色い髪に一重の鋭い目。象牙色の肌をした彼、有栖川 霧我。
「霧我?」
ぼくが彼の名を口に出せば……女子の黄色い声はさらに大きくなる。
「痛みはないか?」
「う、うん。大丈夫。ありがとう」
いまだ放心状態のぼくは、コクリと小さくうなずき、目の前にある整った顔を見つめていた。
「痛みはないのなら、大丈夫だとは思うが……どうする? このまま保健室に行くか?」
霧我はそう言うと同時にぼくの身体はそのままの体勢を保って浮いた。――もちろん、足は地面に着いていない。
……お姫様抱っこというやつだ。
「!! いいっ!! 大丈夫、降ろして!!」
現状がやっと見えてきたぼくは、足をバタバタさせて綺麗に整った眉を寄せている霧我に抗議した。
それなのに、霧我は眉間に皺を寄せてぼくを見つめてくる。
「……本当にどこも怪我はしていないのか?」
こんな時でも思うのは、霧我はどんな表情をしていてもカッコいいっていうことだけ。
思わず見惚れてしまっていると……。
「きゃああああっ! 有栖川くんと雨宮くんのツーショットよ!!」
女子の声が耳に入った。
……って……ちょっと待って!?
はじめは女子ふたりだけだったハズなのに、なんでこんなに人だかりができてんの? 周りを見渡せば、女子、女子、女子!! 女子の群れ。
しかも同じ制服を着た人ばかりに囲まれてる。
おかげでぼくの固まった思考は動き出す。
――恥ずかしい。
なんでこんな公衆の面前で……。しかも、女子の群れの中でお姫様抱っこされてるの?
「いい!! 平気!! なんでもないから、降ろして!!」
お願いっ!!
大きい声を出して霧我に話すと、やっとぼくを地面に降ろしてくれた。……はずなのに……ぼく、おかしい。
地面がやわらかい布みたいにホワホワしているんだ。
それに……身体があつい。
「鈴?」
「!!」
上の空だったぼくに、霧我が声をかけてくる。
――霧我との距離が近い。
ぼくの耳に霧我の声といっしょに息もかかる。
……だめ。
さっきよりももっと身体があつくなる。
心臓も破裂するかっていうくらい鼓動してるし、早く離れなきゃ!! 霧我におかしな人間だと思われてしまう。
「あ、なんでもない。早く学校行こ!!」
心配そうに見つめてくる霧我に背中を向け、手にしていた羽をショートカットの女子に渡すと逃げるようにして学校に向かった。
そんなぼくの背中には無言で歩く霧我の気配がある。
自然と意識は必然的に後ろにいる霧我へといってしまう。
……身体があつくなったり、ホワホワしたり……。こうやって霧我を意識する理由は知っている。
ぼくは霧我が……有栖川 霧我が好きなんだ。
『好き』っていうのは、友達としてのものじゃない。
ぼくの『好き』っていう種類は、異性の『好き』っていう種類のものなんだ。
同じ男同士なのにこの感情はおかしいって思う。
だけど、たしかにぼくのこの想いは存在している。
こんなこと、本人にはけっして言えるものじゃないってことは知ってるし、言うこともできないけど――。
だって、言ったらきっと……『気持ち悪い』って思われちゃう。そうなったら一生立ち直れない。
それだけ、彼への想いが強いんだ。