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まほうとのろい

「必ず戻ってくるから、少し待っておいでね」



ネズミはそういってどこかに出かけて行ってしまいました。

シンデレラはおとなしく待っておりましたが、3日目にもなるとそわそわとせわしなくなりました。

なぜなら、ネズミがちっとも戻ってこないのです。


「もう。もう、どこに行っちゃったのよ……」


ひとりきりの夕食はとても味気ないものでした。

薄暗い屋根裏部屋もひとりではとても広く感じました。


「ネズミのばか。早く帰ってこないとチーズもパンも腐っちゃうんだから」


夜空にはお月様がぽっかりと浮かんでいます。

シンデレラは月に向かってネズミの無事を毎日祈りました。

だって、いくらお利口でも所詮はネズミなのです。

猫に食べられたり、人間に駆除されたりするかもしれないのです。

それを思うとシンデレラの心はきゅうと冷たくなるのでした。


「ネズミのばか……。舞踏会なんてどうでもいいから早く帰ってきてよう……」


それはシンデレラにとって真実のことばでした。




そうしてネズミが帰ってきたのは、舞踏会前日の夜のことでした。

いつもの穴から疲れたように顔をのぞかせたネズミを、シンデレラは思わずぎゅうと抱きしめました。


「ばかばか! もう死んじゃったのかと思ったんだから! 」

「ごめんよ心配かけて……西は思ったよりネズミの足では遠くて……」


抱きしめられてネズミは苦しそうな声をあげましたが、テーブルの上に置かれた10日分のパンとチーズを見てその瞳を細めました。

きちんと半分こにされたパンは、いくつかはカビかけてきております。


「君は……本当におばかさんだなあ」

「何よ。あんたのほうがばかよ。こんなに心配かけて! 」

「ごめんよ」


ネズミはシンデレラの指を、そのちいさな手で慰めるようにたふたふと叩きました。


「でも約束は守るよ。明日を楽しみにしておいでね」




そうして次の日になりました。

舞踏会当日なので、朝からシンデレラはお義姉さまの用意に大忙しでした。

そうして着飾ったお義姉さまと付添いのお継母さまが意気揚々と出て行ったあと、シンデレラの前にひょっこりとネズミが顔を出しました。


「シンデレラ、庭に来てよ」

「うん……」


正直にいうと、もう舞踏会のことなどどうでもよかったのですが、ネズミがこの日のために一生懸命に何かをしてくれていたことを考えると何も言えませんでした。

そうしておとなしくネズミについていくと、庭のハシバミの木の下にひとりの小さな女の子が立っておりました。

腰まで届こうかという長い真っ白な髪をした幼い女の子は、大きな黒いとんがり帽子をかぶり、ずるずるとした黒い外套を羽織っております。その小さな右の肩にはこれまた真っ黒なカラスが一羽とまっておりました。

そうしてその手には身長ほどもあろうかという長い長い杖を握っております。


「西の魔女ミランダ、これがシンデレラだよ」


ネズミの声に黒づくめの女の子が頷きました。

どこかけだるそうな顔でシンデレラの全身を眺めやります。

そうして幼い外見には不釣り合いな、大人びた口調で言葉を紡ぎました。


「ふうん、この子がねえ……。小汚い恰好だけれど、なかなかの器量よしじゃないか。これならこの魔法でも充分なんとかなりそうだね」

「そう。よかった」


ネズミが嬉しそうにしっぽを動かします。

それを見て魔女と呼ばれた女の子は手にした杖でこりこりと頭をかきました。

そして、どこかあきれた口調でネズミに問いかけます。


「しかし本当にいいのかい。あの魔法の代わりにこの魔法を使っちまったら、あんた本当に元にはもどれな……」

「ミランダ! 」


突然ネズミがぴしゃりとした声をあげました。

魔女はそれに口をつぐみ、そうしてはいはいとやはり面倒くさそうに頷きました。


「まああたしは別にいいけどね。契約内のことだし、好きにしな」

「ありがとう、ミランダ」

「じゃあそこのアンタ、えっと、シンデレラと言ったかね。さっさとかぼちゃを持ってきな」


ふたりのやり取りをぽかんと眺めていたシンデレラは、とりあえずその言葉にあわてて頷きました。

そうして台所から大きなかぼちゃを持ってくると、魔女の前に置きます。

魔女はぽてぽてと歩いてくると懐からふたつの馬のぬいぐるみを出し、かぼちゃの前に並べました。

ついで肩にとまっているカラスを指でつつきます。


「ほれ、じゃあお前が御者になるんだよ」

「かあかあ! 」

「うるさいねえ。このネズミにこれ以上魔法をかけたら何がおこるかわかったもんじゃないだろ。おとなしくしな」

「かあー……」


カラスはしぶしぶといったようにかぼちゃの前に着地しました。

それを見た魔女は、シンデレラにその横に並ぶように言いました。


「ようし、なら魔法をかけるよ。それーい」


緊張感のない声で魔女が大きく杖を振りました。

するととたんにまばゆい光があたりを包みこみました。


そうして、次の瞬間のことです。


そこにはバラ色の頬に鮮やかなハシバミ色の瞳の、誰もが驚いてしまうほどに愛らしい、見目麗しいひとりの少女が立っておりました。

その華奢でしなやかな身体を、ふわふわとした豪奢なドレスが包んでおります。

ふわふわとした栗色の髪の毛もきれいに整えられていて、光の粒を散りばめたかのようにつやつやと輝いておりました。

シンデレラは驚いて全身を眺めます。あわてて隣をみると、そこには立派な馬車と、黒づくめの御者がひとり立っているのでした。


「う、うそお……」


シンデレラはあわあわと視線をめぐらします。

すると魔女のとなりにちょこんと座っているネズミと目があいました。

シンデレラが何を言うより早く、ネズミは真っ黒な瞳を細めて、しみじみと言いました。


「……うん。とっても綺麗だよ、シンデレラ」


その言葉に当のシンデレラは一瞬固まりました。

ごくんと喉を鳴らして、そうして地面の上のネズミをみつめます。


「ほ、本当……? 」

「うん」


ネズミは素直に頷きました。


「すごくきれいだよ。これなら紹介状なんてなくても舞踏会に入れてもらえると思う。

それに、すぐに王子様も君のとりこになっちゃうと思うな」

「……も、もう一回言って」

「え? 」


ネズミはきょとんとシンデレラを見上げました。

美しくも可憐な少女は、バラ色の頬をさらに紅潮させたままじいっとネズミを見ております。

ネズミは首を傾げました。


「ええと、すぐに王子様も君のとりこに……」

「そこじゃないわ。とっても、なんだって? 」

「……きれい、だよ」


その言葉をもう一度言うと、シンデレラの顔が本当にうれしそうに綻びました。

その笑顔たるや、万人を幸せにしてしまいそうなほどの愛らしさにあふれておりました。


「当然だわ! 」


そうして何故だか有頂天になったシンデレラは、ぼうっと佇んでいる魔女にもお礼をいい、豪奢な馬車へと変貌をとげたかぼちゃの周りをぴょんぴょんと飛び跳ねました。

ネズミはあわてて声をかけます。


「ほ、ほら、じゃあ行っておいでシンデレラ。ああでも夜中の12時の鐘が鳴る前には戻ってくるんだよ。魔法がとけてしまうから」

「うん! 」


そうして有頂天なシンデレラは馬車に乗って舞踏会へと出かけていきました。





魔女はネズミとともにそれを見送り、そうしてようように口を開きました。


「本当に良かったのかい? あとたった1年だったのにさ」

「いいんだよ」


きっぱりとしたネズミの言葉に、魔女はふうと息を吐きます。


「もうあたしには元に戻せないよ。その分の魔力は今ので使っちまったからね。これであんたの父親とかわした契約は終了だ」

「……うん」

「だからあんたにかかってる魔法は『呪い』になった。単純な呪いだけど、そんな薄汚いドブネズミの姿ではそうそうにはとけないよ」

「……うん」

「……あんたもたいがい馬鹿な子だねえ」


呆れた風の声音に、ネズミはこっくり頷きました。

去っていく馬車を眺めながらちょっとだけ目を細めます。


「うん。でもね、あの子の方がもっとおばかさんなんだ。

どこまでもおばかさんでどこまでも優しい子なんだ。だからね」


そうしてやはりきっぱりと、それでいてやわらかな口調で答えました。


「これでいいんだよ」

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