表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

ぶとうかいの招待状

シンデレラは内弁慶でおおざっぱで単純な娘です。

しかし結局のところ、根は素直な娘でありました。

だから次の日、昨日のネズミの言葉を思い出して、お仕事の中に楽しいことをみつけてみることにしました。


朝ごはんを作るときは自分の好きなスープを作ってみました。

お掃除のときは「ここをお継母さまが転んじゃうほどぴかぴかに磨くと面白いかもしれないわ」と思いながら床を磨きました。

暖炉の掃除のときは、「灰をかぶるとネズミの毛色とおんなじになってちょっとお揃いみたいで嬉しいかも」と思いました。

お義姉さまの髪を櫛でといてと頼まれた時も、自分の時に役立てるようにさまざまなやり方を試して楽しみました。

台所でひとりで食べるほんの少しのお食事も、夜にネズミにあげる分を残すときは、今日は何を話そうかとわくわくしたりもしました。


そんなこんなで夜になりました。

いつものように現れたネズミにいつものように愚痴を言おうとして、しかしいつもほど愚痴をいう気分ではないことに気づきました。

けれどもネズミにそのことを素直に言うのはなんだか恥ずかしい気がしたので、シンデレラは何も言いませんでした。


「今日は口数が少ないねえ。どうしたんだい? 」


ネズミがちょっと心配そうにいうので、シンデレラはべつにと答えました。

だけどもいつも半分こにするチーズとパンを、今日はほんの少しだけネズミの分を大きめに切り分けました。


「……? なんか僕の分だけ多くない? 」

「気のせいよ」

「そうかなあ」

「それよりお話をしましょ。たまにはあんたの話を聞きたいわ」


そういうとネズミは黒々とした瞳をきょとんとさせました。

思わずシンデレラはぷんとそっぽを向きます。

ネズミはシンデレラの白い耳が赤く染まっているのを認めて、静かにひげをそよがせました。


「……それはずいぶん建設的なことだね」

「そうかもね」


シンデレラの答えに、ネズミは嬉しそうにしっぽをぱたりと動かすのでした。





そうして毎日がほんの少し楽しくなってきたある日。

お屋敷に三枚の招待状が届きました。


「まあ、十日後にお城で舞踏会が開かれるのですって! 」

「あの美しいと評判の王子様がお妃様を探すために開くらしいわ」

「お前たちどちらかの美貌なら必ず王子様の心を射抜けるよ。さあ、はりきって用意をしましょう」


お義姉さまとお継母さまはきゃあきゃあとはしゃいでいます。

けれども招待状は三枚。お義姉さまは二人です。


「あら、シンデレラの分まで招待状があるわ」


お義姉さまの言葉に暖炉で灰を集めていたシンデレラはびっくりしました。

振り向いたシンデレラに、お継母さまがくすくすと笑います。


「ああ、一応お前もこの家の娘だものね。でもそんな灰だらけの醜い娘が王子様のお目にかなうもんですか。

だいたいドレス一着持たぬお前に行けるはずがないだろう」


その言葉にお義姉さまたちもきゃらきゃらと笑います。

そうしてお継母さまはシンデレラの招待状をびりびりに破ってその場にばらまいてしまいました。


「あら床が汚れてしまったわ。シンデレラ、そこを掃除しておきなさいね」

「そのあとはわたくしの髪を念入りに梳いてちょうだい」

「香油も欲しいわ。買ってきておいてちょうだい」



シンデレラはばらばらになってしまった招待状をかき集めると、それを両手で握りしめたまま静かに俯きました。






「最近は元気だったのに、今日は久しぶりに元気がないねえ。どうしたの? 」


真夜中の屋根裏部屋にネズミが顔を出したとき、シンデレラはばらばらになった招待状を前にじっと座っておりました。

よく見るとそのふっくらとした頬には泣いたような跡があります。

ネズミの姿をみとめて慌てて頬を拭ったようでしたが、そのようすは一目見てわかるものでした。

この女の子は愚痴は多いものの、ネズミと出会ってからはあまり泣いたことがありません。

それを知っているネズミが辛抱強く尋ねると、やがてシンデレラは今日の昼間にあったことを話し始めました。


「……そうかあ。それはひどいねえ」


ばらばらになった招待状をみつめながらネズミはしんみりとした声を出しました。


「王子様の舞踏会は女の子の夢だもんね。君も王子様のお嫁さんになりたいって言っていたし……それは辛いよね」


その優しい声音に、シンデレラは鼻をぐずぐずとならしながら目をこすりました。

いつの間にやら喉もしゃっくりあげて声になりません。

実のところ本当に辛かったのは、お継母さまもお義姉さまもシンデレラのことをちっとも「家族」だと認めてくれていないという事実をまざまざと見せつけられたからでした。

ですので先日自分の言った「王子様のお嫁さんになりたい」などという発言のことなど忘れておりましたが、ネズミの声があんまりにも優しかったので、素直にこくんと頷きました。


ネズミは涙でべしょべしょになった女の子の顔をじっと見上げておりましたが、やがてこっくりとひとつうなずきました。

そうして静かにシンデレラに向かって語りかけます。


「……君は僕によくしてくれたよね。僕みたいなドブネズミにおびえなかった。嫌わないでくれた。パンもチーズもいつもきちんと半分こにしてくれた。ううん。ときには少し多めにくれていたことも僕はちゃんと知ってるよ」


シンデレラはびっくりしてネズミをみつめました。

ネズミは真っ黒な瞳とシンデレラのはしばみ色の瞳が合います。

黒々としたその瞳にはとてもきれいな知的な光が宿っておりました。


「意地っ張りだけど優しいシンデレラ。僕がきみを、舞踏会に行かせてあげるよ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ