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灰色のともだち

女の子は「シンデレラ」と呼ばれておりました。

それは名前ではありません。「シンデレラ」とは「灰かぶり」という意味なのです。



お父さまを亡くしてからというもの、お継母さまとお義姉さまふたりの態度は急変しました。

綺麗なドレスも素敵なものばかりで溢れていたお部屋も取り上げられ、女の子は薄汚い屋根裏部屋においやられました。

与えられたのはぼろぼろのお洋服一枚きりで、そうしてその日から召使いのようにさまざまなことを言いつけられるようになりました。


大きな大きな屋敷と庭の掃除.。

毎日のお料理に大量のお洗濯。

お継母さまやお義姉さまからは、他にもこまごまとしたことをいいつけられます。

少しでも失敗すると三人から一斉に口汚く罵られるので、女の子はとにかく一生懸命でした。


そんなある日、女の子は懸命に大きな暖炉の掃除をしておりました。

暖炉からはもうもうと灰が舞い、女の子の全身を汚します。

それをみて、突如としてひとりのお姉様がけらけらと笑い出したのです。


「まあ、なんてみっともない姿なの! けれどもお前にはよくお似合いだわ。そうだ、今日からこの娘のことを灰かぶり、シンデレラと呼びましょう! 」



それからは女の子を本当の名前で呼ぶものはいなくなりました。

女の子は毎日、へとへとの身体をベッドに横たえて短い眠りにつくまでの間にひとりで涙を零しておりました。


そこにひょっこりとあらわれたのが灰色ネズミでした。

灰色ネズミはドブネズミとも呼ばれている薄汚い動物です。

人間であるなら子供でも大人でも、まして女の子にとっては嫌悪の対象でしかないはずでした。

壁の穴から顔をのぞかせたネズミの顔に、しかし女の子は悲鳴ひとつあげませんでした。


「ネズミさんもひとりぼっちなの? ねえ、ならこっちに来て、一緒にごはんを食べませんか」


そうして女の子は自分の少ない食料を半分こにしてネズミに差し出しました。



それが、灰かぶりと呼ばれる女の子と灰色ネズミとの出会いでした。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「あのときの君は可愛かったのにね」


結局、いつものようにシンデレラが半分こにしてくれたチーズをかじりながら灰色ネズミが言うと、目の前の女の子は頬をぷうと膨らませました。


「あのときって何よ。あたしは今でも可愛いわよ」

「いや、そういう自分で言っちゃうところが可愛くないんだと僕は思うよ」

「なによ、あんただって」


シンデレラは灰にまみれた栗色の髪を布きれでふき取りながら、チーズの横にちょこんと座るネズミをねめつけました。


「あのときはいきなり人間の言葉を喋り出すんだからびっくりしちゃったわよ。あたし、腰を抜かすかと思ったんだから」

「何を言ってるんだい。ネズミはしゃべるものだよ。知らないのは人間だけさ」

「そうなの? 」

「たぶんね」

「たぶんって何よう」


シンデレラはぶつぶつと言いましたがじつのところ結構おおざっぱなところのある娘なので、すぐに話をくるりと変えました。


「ああ、でも明日も嫌だなあ。またいろいろ文句ばかり言われるんだわ。あたしって本当にかわいそう」

「もー。またそれ? 」

「うるさいなあ。おとなしくなぐさめなさいよ。全力であたしをなぐさめなさいよ」

「え、嫌だよ」

「いじわる。いじわるネズミのばか」


女の子があまりにもすねた口調なので、ネズミはその黒い瞳をチーズからあげました。

そしてシンデレラの顔を覗き込みます。


「だから、嫌なら家を出ればいいのにさ」

「あんたってそればっかりね。あたしみたいな女の子がひとりで家を出たところでどうなるの」

「みんな働いてるよ」

「だから無理だってば。ネズミになんかわかるもんですか。」


シンデレラは思わずむっとしてきつい言葉を返しましたが、ネズミは黒い瞳をくりくりとさせて飄々と言ってのけました。


「わかるよ。お隣のちびのエリスは家のお花を売ってるよ。下町のこどもたちは靴磨きをしたり、分担してごみ箱から食べ物をみつけてきてるよ。みんな頑張って働いてるよ」

「……みんな、そんなことをしてるの? 」

「そうだよ」


はじめは反論しようとしていた女の子でしたが、ネズミの話にびっくりして目を丸くしました。

だけど、と顔を俯けます。


「で、でも、働いていないひともいるわ。お継母さまとか、お義姉さまとか……それにお城の王子様だってそうよ。いいものを食べて、きれいな服を着てすごしてるわ。あたしはこんなにしんどい仕事ばかりしてるのに。そんなのってずるくない? 」

「君は本当におばかさんだなあ」


ネズミはあいかわらずあっさりと言ってのけました。


「誰かと比べて不幸自慢なんかしていたって仕方ないんだよ。それよりしんどいことの中にも楽しいことをみつけたほうがいいんじゃないかな。そうしたら、きっと毎日楽しいよ」


ネズミと話すようになって大分時が経ちますが、このネズミの言葉は時々胸に沁みいります。

シンデレラはそのたびにネズミの言葉をじっと考え込むのですが、それでもすぐにそれを認めてしまうのが癪だったりもするのでした。


「……そんなことないもん。お父様が生き返ったり、王子様のお嫁さんになれたほうがきっと楽しいもん」


「もー……」


ぶつぶつと文句を言うと、ネズミが困ったように息を吐く音が聞こえました。

しかしすぐに視線を落としたままのシンデレラの視界に入ってくると、、その小さな手をちょこんとスカートに包まれた膝にのせてきました。


「ほら、もう元気だしなよ。僕もきょうはここで寝るからさ」


「……誰も頼んでないわよ」


「もー」




薄暗い屋根裏部屋には闇が満ちています。

しかし小さな明り取りの窓からはやわらかな月の光が射し込み、寄り添って眠る二人ををやさしく照らし出しておりました。




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