第2話
ピラウ型高速輸送艦の格納庫内に鎮座するレイのコクピットでマサキは機体の状態を知らしめるコンソールを確認していた。
本来ならば志願者のみの特別任務部隊ではあったが、実際は志願者はほとんど居なかった。
大半が何かしらの問題を起こし、その免罪代わりに送り込まれたり、戦局が悪い状況でも派閥争いに余念がない上級将校に送り込まれたのが大半だ。
その中でもマサキは数少ない志願者だった。
志願者とは言え当人は味方の為に礎になる、などと言う殊勝な気持ちは全く無い。
単に、幾らパイロット、士官学校を繰り上げ卒業したとは言え、卒業したばかりの士官を前線に投入しても無駄に消耗させてしまうのは明白な為、連合宇宙軍の規定では平時で一年以上、有事だと3ヶ月の後方勤務、もしくは訓練期間が設けられてはいたのだ。
元々は一兵卒で入隊したマサキは、元上官に「お前はもっと上に行ける」とされ、士官学校に入れられた経歴がある。
その為、マサキには後方での勤務よりは前線での勤務を望んでいた。
そこに今回の作戦である。
誰に相談する事もなく、彼は真っ先に志願したのは不思議無い事だった。
もちろん、生きて帰れるかは難しいのは百も承知なのだが、彼はその時はその時と割り切っていた。
だが、それ故に投げやりな雰囲気がある本作戦参加者との折り合いは極めて悪く、マサキのレイを整備してくれる者は誰もいなかった。
一応、階級が下の者に命令する権限はあるが、恐らくおざなりにされて終わるだろう。
それならば基礎的な整備をしっかりやろう、と今もコクピットにつめていたのだ。
「状態に異常なし、と」
そう言ってマサキはコクピットの中でため息をつく。
たった一人で全長6mの機体であるレイを整備は無理がある。自己診断プログラムを使ってのチェックや、調整が関の山なのは否めない。
それらをやるにしても、一人でやるとなれば時間がどうしてもかかる。
既に三時間、彼はコクピットでコンソールを操作していた事で、疲労感があった。
「後は実践あるのみだなぁ」
どことなく他人事の様に呟く。
実際は自らの事であるにも関わらず、だ。
他人が見れば達観しているか、諦めているか、やけくそになっているかにしか見えない。
しかし、本人にその気はない。
と言うのも死にかけた事は過去に経験しているのだ。
マサキは資源採掘コロニーの一つで生まれた。
両親は共に技師だった為、気付いた頃には彼は早い段階で宙間作業ポッドを扱う技量を持った。
だが、14歳の頃に資源採掘作業中の事故で両親は帰らぬ人になってしまい、身よりの無かったマサキはその時から年齢を偽り仕事を始めていた。
16歳の頃に作業ポッドの資格を得ると、それからはほぼ毎日、コロニーの外壁修理、補修、更には資源採掘作業に従事していた。
その時に起きた作業ポッドの故障で遭難し一時は絶望的な状況に陥った経験があるのだ。
この時の事で宙間作業から外され、事務を中心とした仕事を割り当てられる事になったものの、これが逆にマサキを苦しめる事になってしまった。
一度生死をさ迷った事で、彼は生きていると言う感覚が麻痺していたのだ。
その為、生きている実感を得る為だけに19歳の時に彼は連合宇宙軍に入隊したのだ。
それから三年間は陸戦隊に所属していた。
そこから士官学校へと歩んで更に二年経っていた。
だが、ここで彼に誤算があった。
確かに緊張状態にあった地球圏連合政府と土星統一帝国だったが、まさか戦争になるとは露ほども思っていなかった。
生きている実感欲しさに入隊した物の、戦争をしたかった訳ではない。
そして戦局が悪化するなか、不足する士官の補充を目的に候補生の繰り上げ卒業が決定、現在に至るとなった。
この時、彼は24だった。
そんなちょっと他人とは違う人生を歩んだ事もあり、彼は自身さえも客観的に見る癖がついていた。
それが死ぬかも知れない状況に置いても、余り頓着しない事につながっていた。
とは言え、死にたい訳でもないので機体のチェックに手を抜く事はない。
それが終了した今はゆっくりと身体を休めている。
その時、艦内放送がかかった。
『総員、出撃準備に入れ』
短い放送だったが、聞くものに緊張感を与えるには十分な物だった。
いよいよか、と言う思いと共にマサキは開けていたパイロットスーツの胸元を首まで一気に引き上げる。
そして、万が一に備えた酸素ボンベ付きのヘルメットを被ろう、として止めた。
変わりにレシーバー内蔵のヘッドギアを被る。
どうもマサキはややではあるが視界が狭まるヘルメットを忌避する癖があった。
そんな彼にまだ閉じていないハッチから声がかけられる。
「君の出撃は三番目、つまり最後だ」
中年の整備員がそこにいた。
機体の配置から考えても、一番奥にいるマサキは最後なのは不思議はない。
だが、この様な作戦に置いては出撃出来ずに艦と沈む事もあり得る。
だが、この整備員は少しでも長生きして欲しいと思い、マサキにそう告げたのだ。
「何番目だろうと生き残る努力をしますよ」
マサキは整備員の気持ちに気付いてそう返す。
この輸送艦も突入し、自衛火器を使って火力を形成するのだ。
その意味ではこの整備員も死地に飛び込む事になる。
如何にある程度の装甲があるにしても、輸送艦である以上は戦闘艦程の装甲はないのだ。
幾らも持たないだろう。
「出撃したらヒュタントを兎に角目指せ。駄目なら逃げろよ」
それが難しい事は分かっていたが、それでも言いたかった。
「幸運を祈る」
そう告げると整備員はハッチの前から姿を消した。
折り合いが悪かろうと、出撃していく若者を見ておきたかったのかも知れない。
それはマサキには分からなかったが、予想外の言葉だった。
だからこそ、聞こえないと分かっていても呟いた。
「貴方にも幸運を・・・」
特別任務部隊の指揮官であるアルバーの下に作戦開始の合図が来た時、彼は先程までの悩みが消えていた。
ここに至っては是非もなし。
やれるだけやって一人でも多く生き残り、撤収するだけだ。
そう考えたのだ。
その為にも艦艇の損失は避けねばならない。
だが、TWだけでは突破は困難だ。
艦艇、特に戦艦であるタービュランスの適切な火力支援が必要になる。
「タービュランスを先頭に、エジンバラは輸送艦と共に後方へ配置しろ」
装甲があるタービュランスで出来るだけ持たせ、退路はエジンバラと輸送艦に任せるつもりなのだ。
撤退する時には足の遅い戦艦は間違いなく足手まといになる。
ならば、火力支援と共に殿を受け持つのは戦艦の役目だ、と判断したのだ。
「最大速力でヒュタントに突入!防衛線を突破せよ!」
困難は承知でアルバーは命令する。
部隊の士気は低く、とても出来るとは思えないが、指揮官たる物がそれを表してはならない。
それを実践していたのだ。
「各艦よりTW随時発進」
レーダー員からの報告に予定通りタービュランスの周囲に集まる様指示をだす。
その間にも、奇襲に気づいた帝国軍が阻止線を形成せんと動き始める。
だが、その動きはやはり慌てているのか、些か鈍く感じられた。
「射程に入り次第、帝国軍艦艇に主砲発射、それまでは対艦ミサイルで動きを牽制せよ」
刻一刻と状況が変わるモニターを見ながら、アルバーは帝国軍がTWを発進させない様に帝国軍の艦艇を狙わせた。
帝国軍の艦艇は大半が少数ながらTWの搭載、運用を可能としている。
その分、火力は兎も角、装甲は連合軍にある同クラスの艦艇より薄い。
しかしTWの運用能力の為に、どうしても戦力的には高くなるのだ。
ただでさえ数に置いては劣勢なのに、搭載機を出させては状況の悪化しかない。
その為に艦艇を狙わせたのだ。
「艦対艦ミサイル発射、目標は迎撃を開始」
冷静に職務を遂行するレーダー員の言葉にアルバーはモニターから視線を外すことなく頷いた。