第1話
ー太陽系暦473年10月、月軌道暗礁宙域。
月を巡る地球圏連合軍と土星統一帝国の激しい戦いにより出来上がったデブリ暗礁宙域。
ここに、地球圏連合宇宙軍の艦艇6隻が密かに潜伏していた。
この艦隊は特別任務部隊と呼称されているが、ガーナ級航宙戦艦タービュランスとブルゴーニュ級航宙重巡洋艦エジンバラ、そしてプラウ型航宙高速輸送艦4隻からなっており、戦力としてはまとまりがなかった。このまとまりの無い特別任務部隊の役割は敵帝国軍が確保している月面基地ヒュタントに対する奇襲である。
ヒュタントは補給物資の集積基地であり、帝国軍の月攻略における重要な役割を持っていた。
その為、防衛に就いている戦力は少なくなく、集めた情報では戦艦3、重軽巡洋艦は合わせて6隻、そして駆逐艦以下になると20隻。
さらにTWに置いては基地所属も合わせると60機以上と言われていた。
これでは額面上、特別任務部隊は奇襲どころか袋叩きにされるのが落ちであろう。
しかし、この作戦は奇襲に成功する必要は無く、奇襲を敢行しようとした事実があればいいのだ。
帝国軍の重要拠点であるヒュタントが奇襲を受けるとなれば、それだけ防衛を強化せねばならなくなる。
その分、前線各地から戦力を抽出するなりし、帝国軍の圧力を一時的にであれ弱める事が出来る。
そうなったら僅かでも態勢を整える時間が稼げるのだ。
更に、成功するとは思えない物の、万が一にも上手く行けば帝国軍の補給物資を叩き、更に時間を稼ぐ事が出来るのだ。
つまり、特別任務部隊は時間稼ぎの為だけの捨て駒にしか過ぎない。
本来ならばゲリラ戦を展開すべきなのだが、デブリ暗礁宙域に来るまでが大変だったのだ。
ゲリラ戦をするだけの補給など臨めない。
ならば一回限りであれ、帝国軍に奇襲出来るぞ、と言うことを見せるだけで良いのだ。
もっとも、地球圏連合宇宙軍としてはそれで良いのだが、やらされる側に取っては死ねと言われた様な物だ。
その為、特別任務部隊の指揮官アルバー・フィブル少将は士気の低下が著しい状況に苦悩せざる得なかった。
明かりが外に漏れない様、艦橋は戦闘体制のままにされており、艦体に潜り込む様な形で薄暗くなっていた。
戦闘艦艇の大半は、戦闘体制になった時、艦橋を艦体に潜り込ませる事になる。
こうする事で艦橋の防御力を上げ、被弾時の指揮能力低下を防いでいるのだ。
もっとも、流石に直撃されれば損傷し、艦橋に被害はでる。
こればかりは現在の艦艇のシステム上どうにもならなかった。
アルバーは薄暗いタービュランスの艦橋で、作戦開始の時をただ待つしかない。
両手を組み額を乗せ、祈る様な形でじっとしている。
無事生還すれば作戦参加者は二階級特進、と言われているが、戦死しても二階級特進なのであまり意味はない。
確かに軍人である以上、死ねと命令されれば従うが、やはりそこは人である。
義務感や使命感で軍人をやれる者はそんなに多くはない。
これが通常の戦闘であれば義務感や使命感の方が上回り、戦えるかも知れないが、死ねと言うべき作戦ではそうも行かないのだ。
これではアルバーが(どうしたものか)と思っても仕方ないだろう。
とは言え、今更止めます、は出来ない上、味方の為にやらねばならないのもまた事実だった。
ピラウ型高速輸送艦は艦隊行動を共にする事を前提とした輸送艦な為、火力こそ自衛の為の物しかないが、装甲はそれなりにあり、速力も戦艦以上にある。
代わりに物資の積載量が少なくなっているが、今は物資は艦に積まれている自艦消費分しかない。
何故ならば、今その格納庫には地球圏連合宇宙軍が開発したTTW-3、通称レイが3機積まれていたからだ。レイは太陽系暦468年に開発されたばかりであり、制式採用されてからまだ5年しかたっていない新鋭機と言えた。
だが、平時ならばともかくも、帝国と木星の戦争から現在までの緊張状態により技術は大きく前進している。
結果として5年前に出来上がったばかりとは言え、レイは旧式化してしまっていたのだ。
ただ、コストが安く、生産性が良く、操縦も簡単な為に数だけはやたらとあり、現在も数の上では連合宇宙軍の主力であり続けている。
最近はレイの改良型が完成し、帝国軍の主力TWであるTW-07カトラスよりも戦えるレイ改の配備が進められているが、しかし、当然ながら全滅覚悟の奇襲を行う特別任務部隊に新鋭機を回す訳がない。
その為、帝国軍でも二線級になっているTW-05シミターと同程度の性能しかないレイが配備されていた。
レイは右腕に37mmSMGか近接戦闘装備であるヒートダガー、そして腰の部分には半固定式12.7mm機銃、左腕は腕その物が90mm対艦ACになっている。
しかし、37mmSMGは威力、射程共に低くカトラス相手なら兎も角、艦艇には効果は無い。
90mm対艦ACも軽巡洋艦クラスには通じるが、重巡洋艦クラスになると急所に当てなければ効果は望めなくなっている。
そんなレイが並ぶピラウ型高速輸送艦の格納庫では、何時出撃になっても良い様にパイロット、整備員たちが準備に余念がなく働いていた。
その中に、士官学校を繰り上げ卒業したばかりのクスノキ マサキ准尉もいた。