午前三時のレジ、あの日の弁当
夜というものは、客が減るほど長くなる。
店内は白すぎて、時間の感覚を奪う。
外は暗いのに、ここだけが夜から切り離されているようだった。
コーヒーマシンがときどき思い出したように低く唸る。
男はレジの横で立っていた。
立っているだけで金になる仕事だった。
若い頃、ここに立つ自分だけは想像しなかった。
「袋いらねえって言っただろ」
男は頭を下げた。
客は何かを言いながら出て行き、自動ドアが開いて閉じた。
また静かになった。
それで終わりだった。
怒鳴られたことなど、次の品出しをする頃には忘れている。
忘れなければやっていけない。
どの顔に怒鳴られたのか、どんな声だったのかも、だいたい混ざって消えていく。
消えないものだけが残る。
離婚したのは何年前だったか。
娘が高校に上がる前だった気もする。
違った気もした。
写真はなくした。
いつだったかは覚えていない。
午前三時を過ぎた頃、一人の女子高生が入ってきた。
制服の上に薄い上着を羽織っていた。
首元が少し開いている。
店内を一周して、飲み物を見て、菓子棚を見て、また戻る。
弁当の前で足を止めて、少ししてまた歩き出した。
男はレジからぼんやり見ていた。
やがて少女は出て行った。
ポケットが少し膨らんでいた。
男は店を出た。
少女は十数歩先を歩いていた。
呼び止めると、肩がわずかに揺れた。
ポケットから出てきたのは、おにぎりだった。
潰れて、形が崩れていた。
少女は黙っていた。
しばらくしてから、言った。
「……お腹が減って」
その声は、普通だった。
車が店の前を通り過ぎた。
犬が鳴いていた。
男は少女の顔を見なかった。
店に戻り、廃棄の箱から弁当を一つ取った。
少しだけ、ためらった。
渡すと、少女は目を丸くした。
男は何も言わなかった。
少女も何も言わなかった。
しばらくして、小さく頭を下げた。
男はそれを見なかった。
レジに戻った。
春になった。
ある夜、レジの横に紙切れが置いてあるのを見つけた。
少し折れていた。
開く。
「あの日、ごちそうさまでした」
丸い字だった。
それだけ。
男はしばらく、その紙を見ていた。
店内放送が流れた。
揚げ物の宣伝だった。
紙を胸ポケットに入れる。
ガラスに映った自分の姿は、少し崩れていた。
ただ、その日だけは。
ほんの少しだけ、視線が上がっていた気がした。




