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「ずるいずるい」が口癖の妹が、本気出してきた。

掲載日:2026/07/03

 

「お姉ちゃん、ずるい……!」


 それが、妹の口癖だった。



 学園の小テストの結果が返却された日の夜、一つ年下の妹のルーナが私の部屋に駆け込んできた。


 手にある答案用紙には、平均点に満たない数字が並んでいる。


「お姉ちゃんは勉強もできて、マナーも完璧で、婚約者は第一王子のティラナス殿下で……。何でも持っていて、何でもできて、本当にずるい!」


 私は手元のお茶にそっと口をつけ、冷ややかな視線でルーナを一瞥した。


「……またそれかしら、ルーナ」


 纏わりつく羽虫を払うかのように、私は言い放つ。


「ずるい、ずるいって、私はあなたと違って努力をしているのよ。羨んでばかりいないで、自分で手に入れたらどうかしら? 」


 美しく聡明な姉ソラーナと愛嬌だけが取り柄の妹ルーナ――それが、世間での私たち姉妹の評価だ。

 本当にその通りね、と妹を内心馬鹿にする。


「おこがましいにも程があるわ。”同じ血が流れている”と思えないわね……」


 こうして冷たく突き放せば、「お姉ちゃんのいじわる!」と泣き喚いて逃げ出すだろう、そう思っていたのだが――。



 私の言葉を聞いて、ルーナは驚いたようにピタリと泣き止んだ。


 そして、涙で濡れた瞳で、じっと私を見つめてくる。


 その瞳の奥に、今まで見たこともないような色が灯る。


「……同じ、血」


「え?」


「そうだよね。お姉ちゃんの言う通りだ。ずるいって言ってるだけじゃ、ダメだよね……」


 まるで独り言かのように、小さく呟いたかと思うと。


「……私、本気出す。お姉ちゃん、教えてくれてありがとう」


 そうハッキリと言い残して、ルーナは部屋を出て行った。



 私は鼻で笑った。

 本気を出す? どうせ三日坊主に決まっている。


 あの子は私と違って愚鈍だ。

 またすぐに「ずるいずるい」と泣き言を言ってくるだろう。



 ──この時の私は、まだ知らなかった。


 寝た子を起こすとは、まさにこのことだったのだと。


 ◇◇◇


 それからのルーナは狂っていた。


 本当に文字通り、狂ったように努力を始めたのだ。


 部屋に引きこもり、食事の間すら本を手放さない。


 睡眠時間も削っているのか、目の下に薄い隈を作りながらも、その瞳は異様な爛爛とした輝きを放っていた。


「ルーナ様は……一体どうされてしまったのでしょう」


 我が家に昔から仕える家庭教師やマナー講師たちが、心配そうに私に報告してくる。


 更に詳しく話を聞けば、どうやらかなり優秀らしい。


「一を教えれば十を理解し、翌日には百の応用をこなしてみせます。何年もかけて教える社交界のドロドロとした歴史や、高度な帝王学の基礎、果ては貴族特有の歪んだマナーまで、まるで乾いた砂が水を吸い込むように、凄まじい勢いで吸収していくのです……」


「そんな……まさか」


 私は焦りを覚えた。


 私がこれまで全てを捧げて、一歩一歩、必死に積み上げてきた『完璧な令嬢』としてのスキル。


 それをルーナは、わずか数ヶ月で塗り替えようとしていた。


 廊下ですれ違うルーナは、以前の垢抜けない姿が嘘のように、洗練されたオーラを放っていた。


 すれ違いざま、私の姿に気づくと、ふっと微笑んだ。


「お姉様、ごきげんよう。わたくし、頑張っております」


 その微笑みは、かつて私が彼女に向けたような、温度の感じられない冷たい美しさを帯び始めていた。


 ◇◇◇


 決定的な瞬間は、すぐに訪れた。


 学園で行われた、年に一度の総合試験。


 掲示板の最上段、常に私の名前が刻まれていたその場所に、よく知った名前が躍り出ていた。


【第1位:ルーナ・ヴァンディッシュ】

【第2位:ソラーナ・ヴァンディッシュ】


「嘘……でしょ……?」


 目眩がした。


 私が、負けた?


  あの、ずるいと泣き喚くだけだった無能な妹に?


 ざわめく周囲の生徒たちの視線が、針のように私に突き刺さる。


「おい、見たか? ヴァンディッシュ家の『本物』は妹の方だったらしいぞ」

「姉の方は、今まで妹が手を抜いていたから調子に乗れただけか」

「まあ、勉(・)学(・)だ(・)け(・)が取り柄でしたのに……」



 それだけでは終わらなかった。


 その後に開かれた王宮の夜会。


 ルーナが姿を現した瞬間、会場の空気が一変した。


 非の打ち所がない完璧な姿勢。


 高貴でありながら、どこか男心を惑わせる蠱惑的な微笑み。


 各国の重鎮たちと対等以上に渡り合う、洗練された知的な会話術。


 かつて『愛嬌だけが取り柄の妹』と蔑まれていたルーナは、今や夜会の主役へと成り代わっていた。



 私は、壁際でワイングラスを握りしめ、ただ羞恥に体を震わせることしかできなかった。


 私の周りには、もう誰も人が集まってこない。


 みんな、輝くルーナの方へと群がっていく。


 そしてその群衆の中には、私の婚約者である第一王子、ティラナス殿下の姿もあった。


 ◇◇◇


「ソラーナ。君との婚約を、白紙に戻したい」


 学園の放課後、サロンに呼び出された私は、ティラナス殿下から冷酷な一言を告げられた。


 頭を殴られたような衝撃に、私は言葉を失う。


「ど、どうしてですか、殿下……! 私は、あなたにふさわしい王妃になるために、これまでずっと……っ!」


「君は確かに優秀だった。だが、ルーナはそれを遥かに凌駕する」


 君も気づいているだろう? そう問うような目で私に語りかける。


「彼女は先日の外交問題について、素晴らしい打開策を提示してくれた。マナーも、美貌も、知略も、次期王妃としてこれ以上の逸材はいない。王家としても、より優秀な”血”を迎えたいのは当然のことだ。君も、妹の引き立て役として、これまでよく頑張ったな」


 引き立て役。


 私が。


 ルーナの、引き立て役。


「な、納得できません……! あんな、あんな無能に……っ!」


「見苦しいぞ、ソラーナ」


 ティラナス殿下の射すくめるような眼光が、私を貫く。


 そこには、かつて私に向けられていたはずの愛情や敬意は残っていなかった。


「元はと言えば、君が彼女に『自分で手に入れろ』と突き放したのだろう? 彼女はただ、お前の言葉を愚直に信じ、努力で勝ち取っただけだ。実力で負けた者が、今さら喚くな」


 ──あ。


 頭の芯が、スーッと冷えていくのを感じた。


 そうだ。

 ルーナにあの言葉を言ったのは、私だ。


「羨んでばかりいないで、自分で手に入れたら?」と、高みの見物を決め込んで冷たく突き放したのは、他でもない、この私だったのだ。


 ◇◇◇


 婚約の白紙が正式に決定し、私は公爵家の離れへと追いやられることになった。


 次期王妃の座を手に入れたルーナは、本邸の一番豪華な部屋へと移っていく。


 荷物をまとめ終えた私の前に、ルーナがふらりと現れた。


 かつての、姉の服の裾を掴んで泣いていた面影はどこにもない。


 そこには、圧倒的な勝者の風格を纏った、美しくも冷徹な天才が立っていた。


 ルーナは私の惨めな姿を見下ろし、極上の淑女の微笑みを浮かべた。


 それは、かつて私が彼女に見せつけていた、傲慢なまでの”強者の笑み”そのものだった。


「お姉様、お引越しなさるのね……」


「ルーナ……。私を、笑いに来たのかしら……」


 私が睨みつけながら恨み言を吐くと、ルーナは小首を傾げ、心底不思議そうに首を振った。


「まさか。お礼を言いに来たのです。お姉様のお言葉があったからこそ、ここまで来ることができました」


 そして私に感謝を述べる。


「お姉様と”同じ血が流れている”んですもの。きっと同じことが出来る……。全てを手に入れられる、と気づけましたの。王子の婚約者の座も、周囲の賞賛も、完璧な令嬢の地位も、全部、全部」


 ルーナは私に近づき耳元で、優しく、そしてあの頃のような口調で囁いた。


「もう、『ずるい』なんて言わない。だって、今の私から見れば、お姉ちゃんが持っていたものなんて、簡単に手に入る、ちっぽけなものだったんだもん」


「あ……、あ……」


 ガチガチと、私の奥歯が恐怖で鳴り響く。


 ルーナは、また完璧な淑女の仮面を被ると、もう振り返ることはなく優雅な足取りで去っていった。


 静まり返った部屋に、私一人だけが取り残される。


 自分の爪が手のひらに食い込むほど強く拳を握りしめ、ボロボロと涙をこぼした。


「あああああ……っ!」


 激しい後悔が、津波のように押し寄せて胸をかきむしる。


 なぜ、あの時、あんなことを言ってしまったのだろう。


 どうして、ルーナを焚きつけるようなことをしてしまったのだろう。


 あのまま、適当に甘やかして、機嫌を取って、遊ばせておけばよかった。


「そうだね、ずるいね」と笑って、無能なままでいさせればよかったのだ。


 私の地位を脅かすことのない、ただ嫉妬して泣くだけの、愚かで可愛い妹のままでいさせてあげればよかったのに。


「ずっと……っ!あの子を私の、引き立て役のままでいさせれば……っ!!」


 私は誰もいない部屋で、ただ己の愚かさを呪うことしかできなかった。

※この作品はaiちゃんとの共同作品となります。

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― 新着の感想 ―
2位ってことは他の人全員主人公以下でしょうに そこまで馬鹿にするか? 長い人生ずっと一番ってことはあり得ないのに妹に抜かれたってだけでここまで言う王太子とは別れられて正解では? 姉もなんでそこまで怯え…
2位じゃダメなんですか? と思わず言いたくなりますねw 優秀な姉妹で仲良くしてほしいです♡
2026/07/03 20:21 退会済み
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