【超短編小説】ねこ可愛がり
帰宅すると妻の姿が無かった。
買い物にでも行っているのだろうと思ったが、玄関には普段使いのサンダルがある。
「ただいま」
声をかけてみたが返事は無かった。
リビングの電気は消えたままで、シンクには朝食で使った食器が置かれていた。
「帰ったよ」
やはり返事が無い。
昼寝にしては遅い。体調でも崩しているのだろうか。
そうならそうと連絡をくれれば、何か買って帰ってきたのに。
ベランダの入り口にある自動給餌器は空になっている。ジャミラは腹を空かせていないだろうか?
「ジャミラ、お前はいるのか」
舌を鳴らして呼んでみたが返事は無い。
もしかしたらジャミラの餌や、トイレ砂を買いに出たのかも知れない……と考えて、玄関にサンダルがあったのを思い出した。
鞄と上着をソファに置いてネクタイを緩めると、寝室から物音が聞こえた。
「なんだ、いるなら返事してくれよ」
出て行った訳では無い安堵と、無反応に対する心配がぐるぐると回っている。
昨日は可愛がり過ぎたかも知れない。
美容院でトリートメントしたばかりの髪を撫で過ぎて叱られたのを思い出した。
「大丈夫か?」
スリッパを引きずるような音が、不安を心のずっと奥の方からかき混ぜていく。
寝室のドアノブを握ると予想外に冷たい。
ふ、と短く吐いた呼吸を止めて一気に開くと、寝室は真っ暗なままだった。
ベッドの上には掛け布団が丁寧に畳まれている。
「いないのか」
先ほどの物音は聞き違いだったのか。
それともジャミラか。
その時、また何かを引きずる様な物音が聞こえた。
ベッドの下だ。
ジャミラかと思って覗き込むと、ベッド下の暗闇に廊下の光を受けて輝くふたつの目玉があった。
「何してるんだ、出てこいよ」
転がっていた猫じゃらしを振ると、それは奥からゆっくりと出てきた。
安堵と不安に混乱と恐怖が混ざる。
ベッドの下から出てきた妻は全身が三色の毛に覆われていた。
まるでジャミラだった。
すっかり怯えている妻は、まるで叱られたジャミラがそうするように小さくなっていた。
手を伸ばすと、おずおずと顎をのせて気持ち良さそうに目を細めた。
「ごめんな」
そう言うと、ジャミラになった妻は小さい声でにゃあんと鳴いた。




