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【超短編小説】ねこ可愛がり

掲載日:2025/12/29

 帰宅すると妻の姿が無かった。

 買い物にでも行っているのだろうと思ったが、玄関には普段使いのサンダルがある。

「ただいま」

 声をかけてみたが返事は無かった。

 リビングの電気は消えたままで、シンクには朝食で使った食器が置かれていた。

「帰ったよ」

 やはり返事が無い。

 昼寝にしては遅い。体調でも崩しているのだろうか。

 そうならそうと連絡をくれれば、何か買って帰ってきたのに。


 ベランダの入り口にある自動給餌器は空になっている。ジャミラは腹を空かせていないだろうか?

「ジャミラ、お前はいるのか」

 舌を鳴らして呼んでみたが返事は無い。

 もしかしたらジャミラの餌や、トイレ砂を買いに出たのかも知れない……と考えて、玄関にサンダルがあったのを思い出した。


 鞄と上着をソファに置いてネクタイを緩めると、寝室から物音が聞こえた。

「なんだ、いるなら返事してくれよ」

 出て行った訳では無い安堵と、無反応に対する心配がぐるぐると回っている。

 昨日は可愛がり過ぎたかも知れない。

 美容院でトリートメントしたばかりの髪を撫で過ぎて叱られたのを思い出した。

「大丈夫か?」

 スリッパを引きずるような音が、不安を心のずっと奥の方からかき混ぜていく。


 寝室のドアノブを握ると予想外に冷たい。

 ふ、と短く吐いた呼吸を止めて一気に開くと、寝室は真っ暗なままだった。

 ベッドの上には掛け布団が丁寧に畳まれている。

「いないのか」

 先ほどの物音は聞き違いだったのか。

 それともジャミラか。


 その時、また何かを引きずる様な物音が聞こえた。

 ベッドの下だ。

 ジャミラかと思って覗き込むと、ベッド下の暗闇に廊下の光を受けて輝くふたつの目玉があった。

「何してるんだ、出てこいよ」

 転がっていた猫じゃらしを振ると、それは奥からゆっくりと出てきた。


 安堵と不安に混乱と恐怖が混ざる。

 ベッドの下から出てきた妻は全身が三色の毛に覆われていた。

 まるでジャミラだった。


 すっかり怯えている妻は、まるで叱られたジャミラがそうするように小さくなっていた。

 手を伸ばすと、おずおずと顎をのせて気持ち良さそうに目を細めた。

「ごめんな」

 そう言うと、ジャミラになった妻は小さい声でにゃあんと鳴いた。

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