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のぞき見

作者: 雉白書屋
掲載日:2025/12/20

 ――ん、なんだ?


 朝の通勤電車。吊革にぶら下がりながらスマホをいじっていると、右隣の男が小声でぶつぶつと呟き始めた。

 ちらりと目をやる――その瞬間、おれはぎょっとした。男はおれの手元をじっと見ていたのだ。

 なんだこいつ……。妙にこっちへ寄ってくる気配があると思っていたが、まさか、おれのスマホを覗いているのか? 

 試しに、おれはスマホをゆっくり左へ動かしてみた。すると男も同じように首を左に傾けた。右に動かせば、やはり右に。ぴたりとついてくる。

 これは妙なやつと隣り合わせになってしまったな……。まあ、仕方ない。数駅の辛抱だ。


「わあ」


 ――えっ。


 おれは驚いた。今度は左隣の女がおれのスマホを覗き込み、感嘆の声を漏らしたのだ。

 それだけではない。背後からも、斜め後ろからも、さらには座席の乗客までも腰を浮かせ、首を伸ばしておれのスマホを覗き込んできた。 

 おかしい。おれはただニュースサイトを見ているだけだぞ。何がそんなに面白いというんだ。


「わあ」

「おお……」

「すごーい」


 おれが画面をスワイプするたびに、連中はまるで花火でも見ているかのように声を上げ、にやけた笑みを浮かべる。その薄気味悪い顔の群れに、鬱陶しさを通り越して、憎悪がこみ上げてきた。


 ――うんざりだ。


 おれはスマホを伏せ、目を閉じた。これで連中も興味を失うだろう。そう考えた。

 だが次の瞬間――ぞわりと背骨をなぞられるような悪寒が走り、全身の毛が逆立った。


 おれはもう……目を開けることができない。


 鼻に、喉に、首筋に、足首に。全身のいたるところに、生暖かく湿った息が触れてきた。





「ママー!」


 ――ん……なんだ? ああ……。


 子供の甲高い声に、おれは目を覚ました。そうか……スマホをいじっているうちに眠ってしまったらしい。

 おれは足元に転がっていたスマホをひょいと拾い上げ、ぼんやりと眺めた。

 それから――ぽいっと放り捨てた。こんなくだらんもののせいで、あんな気色の悪い夢を見たんだ。まったく、うんざりだ。何がそんなに面白いのか、さっぱりわからん。


「ねえ、ママー! ほら見て! チンパンジー! 『スマートフォンを操作します』だって! 見てよ、見てー! ほら、スマホ持ってるー!」

「はいはい、ちょっと待ってー。今写真撮るから……あれ? 何よ、スマホ触ってないじゃない」


「あれー、さっき足で掴んでたのにー」

「はいはい。さ、次は何見に行く? 象? それとも、そろそろアイスでも――えっ、待って、タラシ解散!?」


「タラシー?」

「アイドルの! えー! もー! えー! まじ無理……!」


 あんなに夢中になって……。まったく、スマホなんてもののどこがそんなにいいんだか。

 人間ってのはほんとうにわからんなあ。

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