のぞき見
――ん、なんだ?
朝の通勤電車。吊革にぶら下がりながらスマホをいじっていると、右隣の男が小声でぶつぶつと呟き始めた。
ちらりと目をやる――その瞬間、おれはぎょっとした。男はおれの手元をじっと見ていたのだ。
なんだこいつ……。妙にこっちへ寄ってくる気配があると思っていたが、まさか、おれのスマホを覗いているのか?
試しに、おれはスマホをゆっくり左へ動かしてみた。すると男も同じように首を左に傾けた。右に動かせば、やはり右に。ぴたりとついてくる。
これは妙なやつと隣り合わせになってしまったな……。まあ、仕方ない。数駅の辛抱だ。
「わあ」
――えっ。
おれは驚いた。今度は左隣の女がおれのスマホを覗き込み、感嘆の声を漏らしたのだ。
それだけではない。背後からも、斜め後ろからも、さらには座席の乗客までも腰を浮かせ、首を伸ばしておれのスマホを覗き込んできた。
おかしい。おれはただニュースサイトを見ているだけだぞ。何がそんなに面白いというんだ。
「わあ」
「おお……」
「すごーい」
おれが画面をスワイプするたびに、連中はまるで花火でも見ているかのように声を上げ、にやけた笑みを浮かべる。その薄気味悪い顔の群れに、鬱陶しさを通り越して、憎悪がこみ上げてきた。
――うんざりだ。
おれはスマホを伏せ、目を閉じた。これで連中も興味を失うだろう。そう考えた。
だが次の瞬間――ぞわりと背骨をなぞられるような悪寒が走り、全身の毛が逆立った。
おれはもう……目を開けることができない。
鼻に、喉に、首筋に、足首に。全身のいたるところに、生暖かく湿った息が触れてきた。
「ママー!」
――ん……なんだ? ああ……。
子供の甲高い声に、おれは目を覚ました。そうか……スマホをいじっているうちに眠ってしまったらしい。
おれは足元に転がっていたスマホをひょいと拾い上げ、ぼんやりと眺めた。
それから――ぽいっと放り捨てた。こんなくだらんもののせいで、あんな気色の悪い夢を見たんだ。まったく、うんざりだ。何がそんなに面白いのか、さっぱりわからん。
「ねえ、ママー! ほら見て! チンパンジー! 『スマートフォンを操作します』だって! 見てよ、見てー! ほら、スマホ持ってるー!」
「はいはい、ちょっと待ってー。今写真撮るから……あれ? 何よ、スマホ触ってないじゃない」
「あれー、さっき足で掴んでたのにー」
「はいはい。さ、次は何見に行く? 象? それとも、そろそろアイスでも――えっ、待って、タラシ解散!?」
「タラシー?」
「アイドルの! えー! もー! えー! まじ無理……!」
あんなに夢中になって……。まったく、スマホなんてもののどこがそんなにいいんだか。
人間ってのはほんとうにわからんなあ。




