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PULUM -希望の花-  作者: 雨女 雨
序章 はじまりの話
8/26

005 最初の三人

 柔らかな西陽が細く差し込んできていた。重い瞼を開けて、しばらくぼうっとカーテンの揺らぎを見る。少しだけ窓が開いているらしく、風が吹き込むのに合わせて大きくたわんだり萎んだりしていた。


(部屋……?)


 どこかの一室にいるようだった。ぼんやりした頭の中を整理する。線路に落ちたこと、魂の丘で神様と対話したこと、気づけば周りに沢山の人がいたこと、と順序を辿って思い出す。見覚えのない場所だ。きっとここは新世界で、無事に転移は果たしたのだろう。


(いや……無事、ではないか)


 あの沢山の人がいた場所は、お披露目会みたいなものだったのかもしれない。信徒がやってきました、今回はこんな面子です、という感じだろうか。そこで僕は盛大に嘔吐したのである。最悪だ。

 起き上がってベッドサイドに足を下ろすと、服が着替えさせられていることに気がついた。黒いポンチョのようなひと繋ぎの服。魂の丘の神様--フォルトゥーナさんの着ていたワンピースにも似ている。無地で余分な装飾はないが、仕立ての良さそうなぶ厚い生地感。


(静かだ)


 耳に手を当てる。あの洪水のような無数の声は、今は聞こえない。それに少しだけホッとした。あんな苦しい思いはもう懲り懲りだ。


(……あれは、何だったんだろう)


 地球にいた頃、僕は特別耳が良いわけではなかったし、人混みや騒音に酔うなんて経験もなかった。ならばあれは、転移の恩恵、というやつなのかもしれない。きっと何かしらの、僕に与えられた力なのだろう。

 あの時、耳から入る音と脳に直接響く音がハウリングして、とにかく頭がくらくらして何も考えられなかったけれど、今思い返してみると、あの数多の声はちゃんと文章としての意味を成していた。それはまるで、誰かの思考を盗み聞いてるかのようで、


(心の声、とか)


 確かめる必要がある。


(でも、どうやって……)


 今は何も聞こえないけれど、それはここに僕しかいないからかもしれない。他に誰かがいたら聞こえるのだろうか。それとも何か条件のようなものがあるのか。とりあえず、無差別に聞こえ続けるわけではないのは幸いだ。またあんな気分の悪い思いだけはしたくない。


「…………」


 手の甲で口を押さえる。生唾を飲む。混乱を思い出してまた嘔吐してはたまらない。


(……洗面所)


 足元には、爪先のそり返った黒い靴が綺麗に揃えて置いてあった。元々履いていたはずのローファーがなくなっているから、これは自分のものにして良いのだろう。素直に足を通す。少し大きい。この見た目、これで三角のとんがり帽子でもあれば、それこそおとぎ話に出てくる小人のような格好だ。

 靴をパコつかせながら、とりあえずベッドから一番近い扉を開ける。運良くそこが洗面所だったようで、バスルームと質素な独立洗面台があった。

 壁に剥き出しの鏡が一枚備え付けられていて、白い洗面台に、くすんだ金色の装飾の蛇口。デザインは異国風だが、設備は現代社会のそれである。捻って出る水にも変な濁りはない。水道環境も整っている。


「よし!」


 口を濯いだ。ついでに顔も洗うと、より思考がクリアになってくる。


(僕はこれから……何をしたら良いんだろう)


 もし本当に、僕が神様の信徒としてこの世界に来たのなら、神様の代わりに他の信徒の人達と戦わなければならない。多少武術に心得があるといっても、あくまで高校の部活動レベルだ。そんな僕が、いざって時にちゃんと動けるのだろうか。


(それに……)


 あの広間で聞こえた声が本当に人の心だったのなら、中にはすごく物騒な言葉もあった。


【みんな殺せば私の勝ち】


 殺すって、本当に。


(そんな簡単に、人を……)


 嫌な想像をしてきゅっと目を瞑ったところで、不意にドアの蝶番の軋む音がした。ギ、ギ、と床板が踏み締められる。誰かが部屋に入ってきたのだ。


「…………」


 他の信徒だろうか。早速殺しに来た? 緊張で言葉が出ない。洗面所で身を固くしていると、ひょっこり扉の隙間からこちらを覗いた女性が、背後に「起きてた!」と声をかける。


「ごめんね、びっくりさせちゃったかな」


 黒髪を無造作に一纏めにした、背の高い女性だった。僕と同じ、黒いポンチョのようなものを身につけている。切れ長の瞳。日本人ではなさそうだが同じアジア系の顔立ちで、僕より少し年上に見える。


「気分は? もう大丈夫?」

「……は、はい」

「なら良かった。顔色も今朝より随分いいね」


 その言葉で気づく。あの場で駆け寄ってきてくれた女性だった。


「あの、すみません。ありがとう、ございました」

「どういたしまして」


 穏やかな話し方だった。小学校の養護の先生がこんな感じだっただろうか。女性としては低くて落ち着いた声。ピンと伸びた背筋も手伝って凛々しい見た目だが、笑うと少し目尻に皺が寄って、柔らかい雰囲気になる女性だった。


「私の名前は、ユン・ジンイー。中国人。君と同じ信徒ってやつだね。君のお名前は?」

「……梅原、晴一郎です」

「日本人?」

「はい」

「わお! 私、日本は行ったことないんだよね。冬はコタツで丸くなるってほんと? タタミもあるんでしょ?」

「えっと……」

「何してる、ジンイー」


 答えに窮していると、若い男性の声がした。女性--ジンイーさんの背後からひょっこり顔を覗かせたのは、長めの前髪を後ろに撫でつけた三白眼の青年だ。彼もあの場で彼女と一緒に声をかけてくれた人なのだろう。ありがとうございました、と頭を下げると、


「おっ、だいぶ顔色いいな」


 彼はキリッとした眉を僅かに下げて、ジンイーさんと同じようなことを言った。


「体調は?」

「平気です」

「ドゥルガくん」

「お前ら二人して洗面所で何やってんだ。こっち来いよ。せっかく食堂から持ってきたんだから食べようぜ」


 それから彼は、「昼飯つってももう夕方だけどな」と笑う。


「お前も食べられそうなら食え。果物もあるしな」


 真っ直ぐ見つめられながら言われて、僕は慌てて頷いた。


「よし。早くこっち来いよ」


 すたすた戻っていく背中を見つめる。その背丈は僕やジンイーさんよりも少し低い。小柄だが、鍛えているのが服越しにもわかる身体つきだった。何気ない動作にも若木のようなしなやかさを感じる。動いても足音がしない。だからなのか、一瞬、昔隣の家で飼ってた猫を思い出した。


「彼はドゥルガ・グルンくん」


 僕の視線に気がついて、ジンイーさんが耳打ちした。


「私もさっき知り合ったばかりだけどね。この教会で庭師をやってるそうだよ」

「どうも」


 部屋の中央にあった丸テーブルに食事を並べながら、ドゥルガさんが雑に返事をする。


「……教会?」

「おい、ジンイー。その話も食いながらでいいだろ」

「たしかにそうだね」


 じゃあ行こうか。先導されるままに大人しく着いて行くと、途中でジンイーさんが「あっ」と思い出したように声を落とした。


「ごめん、普通に話してたけど、声のボリューム大丈夫そう? あの時音酔いしてたみたいだから」


 耳をトントンと叩く仕草に、そういえば、と思う。他に人がいても、今は心の声らしきものは聞こえない。あの時は何をしなくても耳に入ってきていたはずだから、人が沢山いると発動するのだろうか。でもジンイーさんに触られた時は余計大きく響いた気もする。人混みと、接触。やっぱり何かしらの条件があるのは間違いない。


「大丈夫です」

「なら良かった。あそこ、うるさかったよね。拍手の音凄くてさ。私もちょっと怖かったよ」


 頷きながら椅子に座る。テーブルには、大きなバスケットと編みかご、そして白いティーポットが置いてあった。中を覗くと、包み紙にくるまったサンドイッチと、瑞々しいフルーツがこれでもかと詰まっている。


「食うか」

「ありがとう、ドゥルガくん。いただきます」

「い、いただきます」


 サンドイッチはまだ仄かに温かかった。こんなに温もりのあるご飯を食べるのはいつ以来だろう。花奈と雪子さんと三人で囲んだ食卓を思い出して懐かしい気持ちになった。そんなに時間が経っていないはずなのに、地球での生活が何だか遠い昔のような気がする。


「他の人達は、みんな食堂で食べてたみたいなんだけど、私はあそこの豪華な装飾が落ち着かなかったんだよね。食べても味がわからなくなりそうだったから、こうして三人で食べられて結果的に良かったよ」

「食堂もあるんですね。学校みたいだ」

「まあ、ここは降臨したばかりの信徒を教育する場所だからな」


 選徒教会。

 天聖法典と言われる書物を教本として、神の声を聞き、人々に教えを授ける場所だとドゥルガさんは言った。表向きは教会としてミサや洗礼を行う一方で、裏では、降臨の儀によって地球から転移してきた信徒に、この世界での常識や代理戦争のルール、信徒の役割について伝える役目も担っているらしい。


「信徒はここで数日教育を受けた後、教会を出て街で支度をする。支度が終わったら国を出る」

「出たら?」

「殺し合いの始まりだな。国境は毎度、死体の山が出来る。早くに国を出て、門の前で待ち伏せしてる信徒もいるって聞くぜ。右も左もわからないうちに倒しちまおうって腹積もりの奴がな」

「つまり……国を発つタイミングが重要ってこと?」

「それはそうなんだが、下手な小細工をしても無駄だろうな。信徒は数が多いから、通例、三回に分かれて降臨の儀が行われる。お前たちは二回目。既に一回目の信徒達は国を出てるから……」

「そっか。いつ国を出ようが、私達の場合はもう避けようがないんだね」

「ああ。ただ、当然待ち伏せする方にもリスクはあるから、絶対に国境で一悶着あるってわけじゃない」


 話しながら、ドゥルガさんの手がバスケットに伸びた。ふと、その右手の親指の付け根に、肉が引き攣れたような古傷があるのに気がつく。庭師は鎌や鍬も使うだろうから、仕事中に負った傷なのかもしれない。そこだけ皮膚の色が違っていた。


「リスクって?」

「代理戦争の勝利条件は、最後まで生き残ることだ。多く殺した奴の勝ちじゃない。……街で準備するっつったって、精々出来るのは武器や当面の食料を買うくらいだからな。早々にこの国を離れて拠点を得た後、潰し合いである程度数が減るまで待ってから仕掛ける方が、余程安全で効率が良いって話だ」

「たしかにそうだね」

「神から授かった三つの恩恵は、代理戦争において、不利な戦況を一瞬でひっくり返せる非常に強力なファクターだ。特に潜在魔法(スフィア)信徒の願望(ヌル)。この二つは本人にしかどんな力かわからないから、事前情報がない分、戦闘時に大きな影響力を誇る。つまり、これらを信徒自身が使いこなせるレベルに達していない序盤は、それだけで寝首を掻かれやすいし、当然、大番狂せも起こるってことだ。無駄に敵に情報を渡すことにもなるし、無用な戦闘は避けられるなら避けた方が良いな」


 二人の会話を静かに聞きながら、柔らかいパンをもそもそ咀嚼する。僕なら理解に時間がかかりそうな話も、ジンイーさんは直ぐに咀嚼してドゥルガさんと会話していた。


(ジンイーさんは、すごいなあ……)


 僕と同じく新世界に来てまだ間もないはずなのに、もうちゃんと生き残る算段を立てている。


(比べて僕は……)


 知らないことが多すぎて、この状況にもまだ慣れていなくて、与えられた情報の多さに目を白黒させているだけだ。


(他の信徒の人達も、そうなのかな)


 手元に目線を落とす。他の信徒の人達も、みんながみんなこんなにちゃんとしているなら、一人じゃ何も出来ない僕が生き残れる余地は、きっとないだろう。ここよりずっと平和な地球でだって、僕はお金のために自分の性を利用してきたのだ。何も出来ないから、他人に寄生して生きてきた。最低だ。

 そんな僕より、自分で考える力があって、これから敵になる相手でも助けに駆け寄れるジンイーさんの方が、余程、生き残る価値がある。


(死ぬのが怖くない、わけじゃないけれど……)


 いつかこの優しい女性とも戦わなきゃいけないのだろう。その時が来たら、僕には彼女を害することなんて出来るはずもないんだから、潔く死のうと思った。神様には悪いけれど、それが一番良い案な気がした。


「どうした?」


 いつの間にか、二人が話を止めてこちらを見ていた。色の違う二対の瞳に射抜かれて、僕は慌てて顔を上げる。


「気分悪くなっちゃった?」

「無理して食うなっつったろ」

「違います! 大丈夫です!」


 思いっきり頬張ると、「おい、詰まらせるなよ」「サンドイッチは逃げないんだから、ゆっくり食べてね」などと声が掛かる。二人とも、笑うと眉がハの字になるんだなと思った。


「とりあえずこのくらいだな。今日の昼間他の信徒に伝えられてた情報は、お前たちにも同じように伝えたぜ」

「ありがとう、ドゥルガくん」

「後は明日以降、他の奴らと一緒に教育官から聞いてくれ」


 視線を向けられたので、大きく頷いてみせる。その反応が些か不安だったのか、ドゥルガさんは「まあ、気負うなよ」と苦笑した。


「大丈夫。今のは全部、この国を出てからの話だ。教会と街にいる間は信徒同士の戦闘が禁じられているから、例えば今、目が合っても即戦闘、ということはない。これから数日の間は、他の信徒は同じ机について学ぶ……謂わばライバルみたいなもんだと思えば良い」

「……ライバル」

「ああ。だから今、お前たちを脅かすものは何もないよ。安心していい」


 隣から息を呑む気配がした。


(ジンイーさん?)


 振り返ると、彼女は片頬をサンドイッチで膨らませていた。特別変わった様子はない。何かに驚いたような気配を感じたけれど、僕の気のせいだっただろうか。

 目が合って、そっと逸らされる。ドゥルガさんに向き直った彼女は、何かを思い出したように両手を打った。


「なるほど、だからか」

「あ? 何がだ?」

「いや、教会のあちこちでキャソックを来た人を見かけたんだけれど、仕事をしているようには見えなかったからね。何をしてるんだろうって思ってたんだ。彼らは見張りなんだね? 私たちがここにいる間、私闘をしないようにするための」

「ああ、なるほど。ま、そんなとこだろうな」


 俺も教会の内情まではそこまで詳しくねえが、とドゥルガさんが肩を竦める。


「そうかな? 随分色々知っているみたいだったけど」

「さっき話したのは、正直ここでは常識なんだよ。俺もここで働いてるしな。ただ、俺は雇われ庭師だ。教会については大した情報は持ってねえよ」

「そもそも、庭師って具体的には何をしてるの? ここに来るまでに庭園らしきものは見なかったけど」

「あー……庭師っつったが、別に花とか育ててるわけじゃないしな。最近は、専ら教会外の丘の手入れがメインだ。刈ったり、整えたり」


 顎で窓をしゃくられたので、ジンイーさんと二人で見に行ってみる。窓辺に立つと、ベランダの向こう側に草っ原が広がっていた。この教会は丘の上に建っているようで、何もない土と草のゆるい下り坂が延々続いている。僕には見えなかったが、ジンイーさんは、遠くの方に塀があるね、と言った。


「……塀、ですか?」

「うん、そう見えるね。この丘を囲うように一周ぐるっとって感じ。ここから見えるってことは、実際きっとかなりの高さだよ。なんであんな所にあるんだろう。まるで……」


 その先は続かなかった。


「ジンイーさん?」


 彼女は口に手を当てて、何かを考え込んでいた。その表情にはどこか必死さがあった。


(まるで……何なんだろう?)


 確かに教会は誰にでも開けている場所のイメージがあるから、高い塀で囲われていると不思議な感じもするが、僕は礼拝に出たこともなければ宗教的なことに詳しいわけでもないから、特別おかしいことでもない気がする。

 ジンイーさんが黙ってしまったので、助けを求めて、そっとドゥルガさんを見遣る。そして……気がついた。


「!」


 彼のハシバミ色の瞳は、ゾッとするほどの冷徹さを持って彼女を眺めていた。


「……ドゥルガ、さん?」


 思わず、怖いと思ってしまった。口調は荒いが言葉の端に優しさが滲む、笑うとあどけない青年が、今はただ冷酷で無慈悲な人の形をした何かに見えた。まるで、別人だった。


(この人は、いったい……)


 不意にドゥルガさんの視線がこちらを向いた。もう先ほどの、寒気がするほどの冷たい色はなかった。凪いだ目だ。一瞬勘違いかと思ったが、間髪入れず頭を振る。いや、絶対に見間違いなんかじゃなかった。すごく冷たい眼差しだった。何かを探るような。何かを見極めようとするような。


(……僕の知らないところで、もう何かが起こってる?)


 ドゥルガさんは、もしかしたら、ただ居合わせて介抱してくれた親切な人というわけではないのかもしれない。何か目的があってここにいる。多分、ジンイーさん絡みの。


(とりあえず、何か言わないと)


 沈黙を不審に思われる前に口を開こうとして、突然ノックが鳴った。部屋のドアからだ。トントン、と二回。それから、か細い女性の声がドゥルガさんを呼ぶ。


「庭師様。いらっしゃいますか?」


(……様?)


 ドゥルガさんが「どうした?」と肩越しに声をかけると、外の女性が「確認していただきたいことが」と囁く。


「夜のお勤めに関わることです」


 ドゥルガさんが、はぁ、と大きなため息をついた。


「悪いな、お前ら。残りは食っちまってくれ」

「忙しそうだね。付き合ってくれてありがとう、ドゥルガくん」

「ああ。後で食器を取りに来るよ」


 じゃあな、と片手を振ってドゥルガさんは部屋から出て行った。ドアが閉まる直前、ドゥルガさんの向こう側に、耳の尖ったショートカットの女性が立っているのが見えた。小声で内容までは聞こえないが、二人が何かしらの話をしながら連れ立って歩いて行く。

 変な空気になっていたから、僕は少しほっとしてしまった。胸を撫で下ろしていると、ジンイーさんがいつの間にか側に立っていて、


「……二人は行った?」

「え?」

「君の耳ならわかるんじゃないかと思って。部屋の外には、もう誰もいないかな?」


 何かしら、ジンイーさんは僕の力について勘違いをしているのかもしれなかった。超聴覚かなにかだと思われているのかもしれない。否定をしたかったけれど、「じゃあ何なんだ」と言われたら答えようがないことに気がついて口を閉じる。心の声が聞こえているのかどうかなんて、僕にもまだ確証があるわけじゃない。


「多分……」


 煮え切らない僕の返答に、それでもジンイーさんが気分を害した様子はなかった。自分でも部屋の内側からドアに耳をつけて誰もいないことを確認したのち、話があるの、とこちらを見る。


「話、ですか?」

「そう。多分、君と私にだけ関係がある話」

「?」

「ごめん、変な言い方しちゃった。ちょっと私も混乱してて……」


 とりあえず座って話そう、と手を引かれる。その瞬間、ジンイーさんの声が脳を叩いた。


【やっぱり彼はダメだ。信用しきれない。二人で逃げるしかない。逃げるってどこに。いや、とにかくここから離れて、どこかに行かなきゃ。あの塀、かなり高そうだった。ここから逃げられないようにするため? あれを越えられる? どうする? どうしよう。とにかくこの子に伝えないと】


 思わずあがりかけた悲鳴を飲み込んだ。今の声が僕の妄想でないのなら……これは、間違いなく人の思考だ。心の声。触るのが、条件。


「どうかした?」

「……いえ」


 平気です。顔色を変えないように気をつけながら席に着く。向かい側に座ったジンイーさんが、今から信じられないことを言うけど、と前置きをした。


「出来れば、私のこと信じて欲しい。何の根拠もないんだけど」

「はい」

「私と君は……」


 ごくり、とジンイーさんが生唾を飲み込む音がいやに耳についた。机に置いていた僕の手を、彼女の細い手がそっと包む。


「私と君は、多分、今夜殺される」


【相手は信徒じゃない。この教会の、人間にだ】

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