004 降臨の儀
音の洪水の中にいるようだった。頭が割れるように痛くて、目が開けられなかった。
「ようこそ。ようこそ」
歓迎の言葉と割れるような拍手。きっとここには大勢の人間がいる。ようこそ、ようこそ、と壊れた人形のように繰り返している。
「お越しくださった。ようこそ、信徒様」
【来た。アレが今回の】
【今回は二人。男と女。右端と真ん中】
耳で聞こえる声と脳に直接響く声が重なって聞こえる。うるさい。うるさい。耳鳴りが酷い。手で耳を覆ってもボリュームは下がらない。
「ここ、どこ?」
「信徒って俺たちのことだよな」
【じゃあ、今ここに並んでる全員が敵】
「あれは夢じゃなかったんだね」
【みんな殺せば私の勝ち】
「てかあの子大丈夫そう? 全然立ち上がらないけど……」
【アイツから狙うか?】
【絶対生き残らなきゃ。絶対】
周囲に人の気配がする。騒めき。多分、他の信徒だ。早く、早く立たなければ。手が震えて上手く力が入らない。ああ、うるさい。気持ちが悪い。
「君! 大丈夫⁉︎」
一際大きく女性の声が鼓膜を叩いた。次いで駆け寄ってくる足音。もう戦争は始まってるのだろうか? 命を狙ってる? さっき聞こえた声とは違う人の気もするけれど、色んな音が混じりすぎて上手く判別ができない。
「大丈夫? 気分悪いの?」
目の前でしゃがまれた気がする。距離を空けようとなんとか半身を起こすと、背中に細い手が添えられた。瞬間、周りの雑音を切り裂くように、女性の声が脳を揺さぶる。
【何かの病気? 顔色が悪い。持病? でも目を閉じてる。眩しくはないと思うけど、何か特殊な能力の可能性。いやさっき耳を押さえていたから聴力の方? とりあえずここは危ない。どこか別の場所に】
案じてくれてるようだった。だけどそれ以上に、今の声に脳みそを叩かれた衝撃で気分がすこぶる悪かった。目が回る。胃液が上がってくる感覚がする。
(だめだ、こんなところで……)
場所を移動したくても、酷い目眩のせいで動けない。雪子さんとのセックスのあと、深夜にトイレで吐いた日のことを思い出す。僕は吐き慣れてるから、余計にまずい。
口を両手で押さえて必死に耐える。冷や汗が止まらない。背筋を走る寒気と、上から降りそそぐ照明の熱さが、余計に酩酊感に拍車をかける。女性が慌てたように手を離した。
「吐く? ちょっと待ってね! 何か」
「ここに出していい」
今度は低い男の声だった。急に掛けられた声に女性がフリーズする。気配が全くなかった。彼女も気づかなかったようで、戸惑っている。
「あの、貴方は」
「……この教会の、まあ、職員みたいなものだ。それよりお前、ここに出していい。潜在魔法の発現に耐えられなくて、こうなる奴は割と多いんだ。みんな慣れてる」
そう言って、無理やり身体を起こされる。熱くて硬い掌が背中を宥めるように上下した。粗暴な科白とは対照的な優しい手つき。だがそれに安堵する間も無く、直接脳に彼の声が届く。
【似てんな、あの人に】
誰のことを言っているのか聞きたかったのに、嘔吐が邪魔をして言葉にならない。意識が遠のく中、一瞬脳裏に浮かんだ映像は、こちらを見て笑う懐かしい父の姿だった。




