疑似恋愛
春の陽射しが差し込む放課後の音楽室。
淡い光に包まれて、二人の少女は唇を重ねていた。
「……好きだよ、陽ちゃん」
背伸びをするように、詩帆が声を震わせて囁く。
澪は小さく笑って、彼女の頬に触れた。
「ねえ、もう一回……今度は、わたしから言うね」
「うん……お願い、陽ちゃん」
彼女たちの名は椎名 澪と白石 詩帆だ。
決して「陽ちゃん」と呼ばれる人物ではない。
しかし、この場において、お互い本名を呼ばないことで決めていた。
互いを「陽」と呼ぶことで、寂しさも、罪悪感も、ほんの少しだけ和らぐから。
けれど。
いくら触れても、唇を重ねても、目を閉じても。
そこにいるのは、星野 陽ではない。
細く、長く、苦しいほどの孤独が、胸を満たしていく。
それでも、誰かの温もりを手放すことが怖くて。
何より、陽が他の誰かと結ばれてしまう未来を想像するのが、怖すぎて。
「ごめんね、陽ちゃん……私、ずっと、こんなことしたくて」
「わたしも……ずっと、ずっと我慢してた……」
二人は泣きながら、また唇を重ねた。
それは愛ではなく、痛みの共有。
どうしようもない、報われなさを埋め合うように。
――そして。
「……なにしてるの?」
ドアの向こうから、聞き慣れた声がした。
振り返った澪と詩帆の顔から、瞬時に血の気が引いた。