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第一学年 第一章 第一話

この作品には、暴力・差別表現があります。


何でも許せる人だけどうぞ。

 大小さまざまな四角が組み合わさった妙な形の校舎。しかしどこか荘厳な印象を受ける巨大な建物。その廊下を、メイと名乗った担任の教師と歩く。案内役の男は校門の前で待っていたメイに蒼空を引き渡すとすぐに魔法で姿をくらました。おそらくこの学園へ来るときに使ったのと同じ魔法で帰ったのだろう。

 隣を歩くメイは、緩いカールのボブヘアで釣り目の見目の美しい女性だった。年の頃は二十代後半といったところだろうか。蒼空が見つめているのに気づいた彼女は、少し迷うそぶりを見せた後に口を開いた。

「……この学園について説明を受けているとは思うけど、何か質問はありますか?」

「……いいえ」

 メイはピンと伸びた背筋でまっすぐ前だけを見ている。

 この学園については、全寮制であること、八年制であること、魔法界唯一の魔法学校であること。それくらいしか知らない。本当はもっと詳しく説明されたし資料ももらったが、面倒くさくて見ても聞いてもいない。だが馬鹿正直に、興味がないから詳しく知らないし、知る気もありません。なんて言うわけにはいかないので蒼空は一言「いいえ」と答えた。

 蒼空の心中など知らず、メイは満足そうに頷いた。

「なら、これからのことについて説明します。まず、あなたは歓迎されていません」

 厳しい表情で告げたメイに、だろうな。と蒼空は思う。初めメイと対面した時も、蒼空のことを上から下まで値踏みするように見てきたことから、歓迎されていないのはひしひしと感じていた。

「だから、これは仕方ないことなんです。あなたには申し訳ないと思いますが……」

 瞼を伏せ眉を寄せたメイ。毅然とした態度で冷たささえ感じられた彼女の、初めて見る人間らしい表情に、蒼空は少し意外に思った。歓迎されていないはずの自分に対して「申し訳ない」なんてことを彼女が口に出すとは思っていなかったからだ。

「本来魔法界は争いごともなく、みんなが穏やかに生活している世界です。魔法界の住人は同胞には優しいです。みんな自分が魔法族であることに誇りを持っています。でもあなたは微妙な立ち位置にいる」

 大扉の前に着く。古びてはいるが、細かな細工や装飾からするに、この大扉はこの学園で重要な役割を果たす部屋の扉なのだろう。

 メイはくるりとこちらを振り向き、やはり申し訳なさそうな顔で言った。

「だから周りに同胞と認めさせ、円滑に学園生活を送ってもらうにはこれしかなかったんです」

 メイの話を聞き、蒼空は、なるほど自分は相当面倒くさい立ち位置にいるらしいと察した。歓迎されていないと言っても、せいぜい陰口をたたかれるとかその程度で済むと思っていた。しかしメイの口ぶりからするに、周りに認められなければ、場合によっては学園生活に支障が出るほどの事をされるかもしれないらしい。

 大扉がメイの手によって開かれる。古びた見た目のわりに、開閉時の不快な音はしなかった。

 開かれた扉の先にあったのは、途轍もない大きさの広間だった。整然と並べられた椅子にこの学園の真っ黒な制服を纏った生徒たちが座っている。新入生も在校生も皆、蒼空の方を見ていて広間は静まり返っている。どうやら入学式はもう終わっていて蒼空を待っていたらしい。

 蒼空が現れたのに気づいた教師と生徒が蒼空を見てひそひそと言葉を交わしあっている。生徒だけではなく、教師まで陰口を叩く姿に蒼空は辟易する。

 なるほど、これは相当に面倒くさい。今すぐ回れ右でここから逃げ出したい気持ちになるが、そんな事をしたところで蒼空には既に帰る場所がないので我慢する。

 こんなことなら、保護施設の退所手続きだけでも阻止すればよかった……。

 好奇の視線に晒されながら、メイに先導されて広間の最前まで進む。最前には何人もの教師が待ち構えており、蒼空が近づくと教師たちの顔が強張っているのが分かった。大の大人が小娘に怯えている様に声を上げて笑いそうになるのを蒼空は必死で我慢した。

 最前に着いた蒼空。広間中の視線が集まる場所に立たされて、何をすればいいかもわからないので広間に集まった生徒たちの顔をボーっと見つめる。

 皆、眉を顰めていたり、嘲るように口元を歪めている。刺すような視線が四方八方から蒼空に注がれた。これを認めさせるのは骨じゃないだろうか。

 本当に歓迎されていないと分かる学園の雰囲気に溜息を堪えていると、大量の棒切れ――おそらく魔法の杖だろう――が文字通り飛んできた。宙を漂う杖の群れ。メイがその中から一本選ぶと蒼空に差し出してくる。意図がわからず、差し出された杖を見つめていると、「握って力を込めてみてください」とメイに言われる。

 どうやら認めさせる方法とやらは実際に魔法を使ってみることらしいと蒼空は理解する。

 蒼空は現世界の人間でありながら、魔力を有していることが分かったからここにいる。だが、魔法を使ったことはない。つまり魔法を使うのは正真正銘初めてだと言うことだ。

 まあ、最悪失敗しても良いか。

 蒼空は差し出された杖を受け取ろうとして、動きを止める。何かが違う気がしたからだ。そしておもむろに宙を漂う杖の一群に手をかざした。すると一本の杖が群れの中から飛び出して吸い付くように蒼空の手に収まった。飛んできた杖は、白い杖の周りを水色の結晶が渦を巻くようにして絡みついている見た目の美しいものだった。蒼空はその杖を、きらびやかに光を反射するシャンデリアに翳したり、軽く曲げたりして検分した後、頷いた。

 そして入ってきた大扉の方へ杖を向けた。次の瞬間、杖先からすさまじい勢いと眩いほどの青白い閃光が放たれる。放たれた閃光はうねることなくまっすぐと伸び、派手な音を響かせて大扉を粉々に破壊した。美しかった装飾は粉々になったせいで見る影もなくなってしまった。しんと静まり返る広間。大扉が破壊されたことによって、初秋の生暖かい風が焦げ臭いにおいをのせてぬるりと吹き抜ける。

 蒼空は大破した大扉を見て、今度は杖をくるりと振る。そうすると大扉の残骸が、一瞬のうちに形を成して元の瀟洒で美しい扉に戻る。蒼空は杖を下ろし、満足げに微笑んだ。が、広間が静まり返っていることに気づいて、困惑する。認めさせなきゃいけないとメイに言われたから、なんとなくではあるが精一杯やったというのに、どうしたことか広間の空気は冷え切っている。どうするべきか迷って隣のメイを見れば、あんぐりと口を開けて愕然としている。

「あ、あの……」

 一応魔法は見せたし、もうこれで終わりにしてさっさと席に座りたい。そう思って声をかけたが、メイ含めた教師陣、生徒全員固まったまま動かないので蒼空はとりあえず黙って皆が復活するのを待つことにした。

 杖をくるくるとまわして、空の色を閉じ込めたような色の結晶が、シャンデリアの光に反射してキラキラと光るのをひたすら眺める。暫くそうしているとやっと教師陣が復活したようで、メイに肩を掴まれる。

「ちょっとなに!? あの魔法は! あんな攻撃的な魔法どこで覚えたの!?」

「え……いや、ちょちょっとやっただけで、別にそんな……」

 メイはひどく狼狽していて、顔色も青くなっている。唇を震わせ、怯えているようでさえあった。

 蒼空はそこで初めて、自分が何かまずいことをしでかしたのかもしれないということに気づいた。そんな蒼空を見て、メイは体中の空気をすべて出すように大きなため息を吐いて蒼空に説明した。

「あのね、さっきも言ったように魔法界は平和な世界なの。だから人を傷つけるような魔法は使わないし、そもそも存在しないの。それに、杖があったとはいえ、合図もなしに魔法を使うなんて危険すぎる!」

 一気にまくしたてられ、蒼空は目を白黒させる。どうやら自分は魔法界の常識から逸脱した行動をとってしまったらしい。メイは震える自分の肩を抱き、恐れを隠さない声で言った。

「まるで、現世界の奴らみたい……」

 そう言ってから、ハッと蒼空のことを見てバツが悪そうにした。

「ごめんなさい……」

 現世界出身の蒼空の前では失言だったと気づいたのだろう。気づいたところでもう遅いが。

「いえ。知らなかったとはいえ、怖がらせてしまってすみませんでした」

 どんなに高度で素晴らしい魔法を使っても、この世界には受け入れられないのだと思うと、全力を出したのが馬鹿らしくなってくる。きっと、私が何をしてもここの奴らは難癖をつけて、自分を認めなかったに違いない。そう考えると色々な事が蒼空はどうでもよくなってきて、上手な愛想笑いを浮かべることができた。

「それで、まだ何かした方がいいですか?」

 綺麗に笑って聞けば、メイ含めた教師陣が青い顔をブンブンと横に振るのが滑稽で面白かった。

 

 おどおどとした様子のメイに「では、あなたはセレスティア寮の席へ……」と促される。席に向かう途中ひそひそと「現世界の奴が最優秀寮……?」「いや、でもあんなの見たらそうするしかないだろ……」と囁きあう声が聞こえる。受け入れられはしなかったが、実力は評価されたらしい。

 広間の生徒たちは五つの大きな列を作って並んでいる。おそらく寮ごとに分かれて座っているのだろう。そのうちの一つに案内される。

「どうぞ」

 メイが無地の小さい巾着の中から椅子を出して並べてくれた。小さく頭を下げて椅子に座ると、メイはそそくさと広間前方の教師陣がいる方へと戻っていった。

 まだ先ほどの混乱が若干残ってはいるが、入学式が再開した。と言っても、蒼空が来る前にほとんど終わっていたのであとは先生方からのありがたいお言葉を聞くだけみたいだ。

 教師の話は長い。それは現世界でも魔法界でも変わらないようだ。真面目に聞いてもつまらないのは教師の一言目でわかったので、先ほどメイが使った魔法の仕組みについて考える。あんなに小さい巾着から人が座れる大きさの椅子が出てくるなんて、まったく魔法界は不思議であふれている。

「ねえ、さっきの魔法どうやったの?」

 蒼空が考え込んでいると、左隣から声がかけられる。

「……何ですか?」

 左を向けば、キラキラと赤い瞳を輝かせた黒髪の少年がいた。少年は幼いながらも整った顔をしている。が、蒼空は顔の整った男が総じて嫌いなので、不機嫌を隠さない顔で少年を見た後そのまま前を向いて無視をする。

「あ、俺ブルーノ! さっきも思ったけど、君って魔法だけじゃなくて顔も綺麗だよね!」

 入学式の最中であるため声を潜めてはいるが、ブルーノは興奮を抑えきれない様子で聞いてくる。あからさまに蒼空が無視をしているにも関わらず、無邪気に聞いてくる姿に蒼空は内心で困惑していた。

「……そうですか。ありがとうございます」

 無難にそう返して会話を終わらせようとした蒼空。だが、ブルーノは余程さっきの魔法を気に入ったのか、構わず話しかけてくる。

「君って現世界の人なんだよね? なのにあんなすごい魔法! 俺見たことないよ! ね、君の名前は?」

「………………海野蒼空です」

 答えずに無視していると、じーっと穴が空くほどに見つめられる。その熱烈な視線に耐え切れず蒼空が答えると、ブルーノは顔をパアッと輝かせる。そして蒼空に手を差し出し、花が咲くような笑顔で

「魔法界へようこそ! ソラ」

「……よろしく」

 蒼空は差し出された手をおずおずと握る。できるだけ下を向いて、赤くなった顔が見えないようにして。こんなに温かい言葉をかけられたのは、魔法界に来て、いやもしかしたら現世界にいたとき含めて初めてかもしれない。そう考えるとむず痒い気持ちになってますます顔を上げられなくなった。

「~~~っ! ソラ! 君って奴は、すっごく可愛いね!」

「は?」

 顔も上げられず手を握ったままでいると、ブルーノにぱっと手を離されて抱きつかれそうになる。既のところで避けたが、なんだか感極まっているブルーノに上がった好感度が一気に下がっていく。やっぱりイケメンは嫌いだ……。そう思っていると、前の席に座っていた、ふわふわした長い赤毛の可愛らしい女の子が振り返って聞いてくる。

「ねぇ、なに楽しそうに話してるの?」

 くりくりとした黒目が印象的なその少女は、不思議そうにその目を瞬かせてこちらを見てくる。ブルーノに続いてこの女の子にまでちょっかいをかけられたら堪らない。蒼空がどう答えたものかと思っていると、赤毛の少女の隣に座る、茶髪で人のよさそうな顔をした男の子が、赤毛の少女に弱弱しく声をかけた。

「ちょっと、ベティまで! 後にしなよ……」

「あらサム。こんなに楽しそうにしてるのに後になんてできないでしょ? それに先生方の話はつまらないし」

 赤毛のベティと呼ばれた少女は、茶髪の少年をサムと呼んで悪びれることなくそう言った。

「あなた、とんでもない魔法使うのね。今度私にも教えて」

「ベティ! あんな危険なの何に使うんだよ!」

「え? 使えたほうがなにかと便利そうじゃない」

 二人はもともと知り合いなのか、遠慮なく言い合っている。若干男の子のほうが押されているが。

「君たち仲いいねぇ」

 ベティとサムの言い合いを見て、ブルーノはニコニコとしている。正直蒼空は三人のやり取りについていけていないが、関わる気もないので無視してひたすら空気に徹する。


 その後、あまりにうるさいと、三人と一緒になぜか蒼空も注意され、絶対に近づかないようにしようと思った蒼空なのであった。

 

 愉快で不思議な魔法界での生活が幕を開けた。

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