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無題.3

 夕方を通り過ぎて、《《彼は誰時》》も通り越して、あたりは真っ暗になった。


 平日の夜を迎えた都市部には、なおも帰宅途中のサラリーマンや優雅な遊び人、居酒屋で夜まで飲んだくれる予定の人など。実に様々な人たちがその空間を埋め尽くしていた。


 僕はその間を、都会人になって数か月の乏しい、衝突回避スキルをもってして、少しの隙間を縫うようにして歩く。なるほど、これは都会人が気難しい顔をして歩いている訳にも納得がいく。さすがにこれは、人が多すぎる。


「この人混みはいつまで経ってもなれそうな気がしないな。これが当たり前じゃない世界からやってきた都会人にとってはなおのことだ。人が住むにはあまりに便利で、そしてあまりに不便すぎる」


 不便と便利、この二項対立の極がこれほどまでに混在した都市は他にないだろうとも思う。便利すぎるがあまり、人が集まりすぎ、そしてそれゆえに生じる不便。都会に鬱屈さを感じる人の多くは、その不便の様々な形態において、少なからず不満を抱いていることだろう。仕事においても然り。お出かけにおいても然り。


 そしてその不満は慣れという、一種の本能的でもあり、社会的な同調圧力でもある性質で上書きをされて、不感の人々を短い歴史ながら、新たに生み出してきた。そしてそれは、日々蓄積されていき、今のこの都市の雰囲気を形成する一つの要因になりつつある……


 ……

 

 ……


 僕は真理と同様に、これでもサブカルを愛してきていて、それなりに世の中を捻くれた視点で眺めてきた過去がある。だから、日常的にこんなことも考えてしまう。果たして、これは僕も真理と同じような『影響』をサブカルから受けているということの証左なんだろうか。


 コンテンツにより思考に影響を与えられている、という状態は果たして僕をどこに連れていってくれるのだろうか。



「ふぅ……。いつもの近代的な映画館の入り口が見えてきたな。映画を見終わって、映画館を後にするときに見える景色がここは最高なんだよな」


 

 旧庁舎跡地の再開発として建てられた、その映画館周辺のあたりは少しではあるが、人が少なくなっていた。僕は、映画館内で待っているという連絡があった四条真理のもとへ……


 そんなことを考えながら……


 気を努めて紛らわせようとしながら……


 歩いていった。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「おつ~」


 僕は映画館の入り口直前になって、真理のもとへ軽い口調で駆けていった。待たせる側がよくする常套手段を使ったまでだ。予定時間の1分前の到着だった。


「おつかれー。なに見る~?」

「ん~。どうしよっか」


 真理は、いつもと同じように、一瞬だけ僕のほうを向いただけで、すぐにスマホの画面へと視線を移した。上映中の映画で目ぼしいものを探しているようだった。


 僕たちはよく、そんな映画の鑑賞をする。事前に決めておくのではなく、とりあえず映画館に集合する。そのような映画館の使い方をしていた。要するに、とりあえずの集合場所という位置づけだった。



「これなんかどう?シリーズものなんだけど。興味ある?」

「んー。中学生くらいのころに新作は見たような気がするけど……。コンプリートしてないからな…」

「じゃあ、これは?怪獣がメタファーとなって街中を破壊しまくる映画」

「前も見たじゃん、それ」

「映画好きにはあるまじき発言じゃない?」

「それ、かなりコアなファンが言うセリフ」

「あなたはコアでしょうが」

「それは真理に付き合ってるからでもある。真理が株主優待の招待券もってなかったら行けてないよ」

「あれ、実はすぐになくなるからね。お父さんがどれだけ頑張っても枚数もう増やせないんだって。これからはクレカの割引くらいしか無理」

「……毎回思うんだけど、お父さん何者?」

「だからそっちの業界の人って言ってるじゃん」



 真理はいつもと変わらない調子で、僕と談笑をする。なにも咎を感じていない様子である。



「ねぇ……なにか僕に言うことない?」

「えっ、いきなり何?」

「…………」



 僕が真剣な顔をしているのを真理は、少し戸惑った様子で見つめている。そして、何かを悟ったような顔をして、こう言った。



「あ、わかった。あなた、欲求不満なんだ。しょうがないなぁ~。今日はあなたのアパートで寝てあげるわ」

「……なんだそれ」

「だから、寝てあげるよって」



 僕は少しだけ気分が悪くなった。映画の上映前ということもあって、あの話題はしばらく持ち出せそうにない。いまするにはあまりにも分不相応な話題だ。だから、とても、もどかしい。



「二日しか経ってないのに欲求不満になる男か。どんだけ、性欲に飢えてんだよ」

「違うの?私とヤっているときのあなた、ほかの誰よりも気持ちよさそうよ」

「ほかの誰よりも?」

「…………例えようのないくらいに、快感に溺れた顔をしているという、レトリックよ。なによ、その顔」

「いや……なんでも」

「はいはい。じゃあ、今日はあなた、なんだか優柔不断だから怪獣映画で決まりね。いい?」



 真理は少しだけ面倒くさそうな顔をしている。傍から見れば、僕は面倒くさい男、メンヘラ気質の男にでも映っているのだろうか。


 実際、真理はどっちなんだ。僕は、さきほどの彼女の発言でより不信感が高まってしまった。


 彼女の発する言葉の隅々まで、自分にとって都合のいい、あら探しをするような感覚だ。


 自分にとって都合のよい?


 これは僕にとって果たして、都合のよいことなのか。もし、それで彼女があの男の言う通りであることが真実であったと判明した場合……


 それは僕にとって都合がよかった、と言えるのか?


 善悪に関わらず、真実が明るみになることは、果たして一概に幸せを人にもたらすものなのか?



(駄目だ。僕はこのまま、彼女とずっと一緒に何もお互いに知りえないままに、幸せな時間を過ごしていたいという気持ちが、ある。でもその反面、彼女を問い詰めたい気持ちもある。真実を知りたい気持ちもある。なんだ、これは。この矛盾した気持ちは……)



「絶対におもしろいから。何回も見る楽しみをお金のない学生のうちから味わう経験は格別よ」

「はは、なんだそれ」

「もう、なんだか、今日は煮え切らない態度ね……。どうしちゃったのよ、あなた」



 疑心が胸を埋め尽くしていく。


 不信、猜疑、懐疑、邪推、疑念、疑惑、不審、不信、疑懼……


 《《概念》》が僕のこころを真っ黒に埋め尽くしていった。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 ……


 ……


 映画。


 劇場の雰囲気。


 客層。


 ポップコーンの咀嚼音。コカ・コ○ラの気泡が弾ける音。


 そのすべてが次第に、轟音のなかへ埋もれていく。スクリーンの先にある世界に吞み込まれていく。


 ……


 ……


 そして今日は。


 怪獣がすべてを蹂躙していった。


 《《何か》》を蹂躙していった。


 そんな映像を、《《みんな》》が見ていた。

 


【To be continued】

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